光の面と、通り道
夜明けの風が赤土を巻き上げる。
無数の切り傷の中で、もっとも深手を負った肩と脇腹から、
激しく流れる血が、フリントのスーツをじわりと赤黒く染めていた。
だが彼の脚は止まらない。
荒野を踏みしめるたびに、痛みが鋭く脳に突き刺さるのに――彼は前を見据えたまま速度を上げていく。
「……フリント、応答を。負傷が深刻だ、進路を変更しろ。」
司令部の声が耳元で割れるように響く。
「いいえ……まだ走れます。」
「ここで止まれば、彼女たちに顔向けできませんから。」
短く答えたその瞬間、背後から低く笑うような音がした。
「人間……よくもそこまで走るものだ。」
ヴェル・サグリオンが翼膜を広げ、朝の光を反射して虹のような光を撒き散らす。
その目が、わずかに興味深げに細められた。
「ならば、逃げ道を消してやろう。」
空気が震えた。
次の瞬間、あらゆる方向から光糸が一斉に放たれ、広範囲を覆う。
もはや点や線ではない。面だ。
地平線から立ち上がった無数の網が、フリントの進路を全面で塞ぐ。
(……ついに来た……全面封鎖。その内やるだろうと思っていたが、
これを抜けなければ、〈オパール・ドーム〉には辿り着けない。)
フリントは痛む肩を押さえながら、わずかに目を閉じた。
そして深呼吸をひとつ。
彼の頭の中で、糸の角度、風の向き、脚を踏み出すタイミングが立体的な図になっていく。
(……あの日と同じだ。
パーティーでカードを投げたとき、僕は風と距離を計算した。
今、僕に必要なのはその感覚――いや、それ以上。)
指先に意識を集中させ、腰のケースからカードを一枚抜く。
それは彼の固有能力 ”まるで運命のレールをなぞるような正確な軌道演算”《プレシジョン・パス》 が
最も輝く瞬間だった。
脳内で全ての軌道をつなぎ合わせ、唯一通る道を描く。
フリントは瞳を開き、静かに呟いた。
「……ここだ。」
次の瞬間、カードが光糸の網に向かって放たれた。
弧を描きながら、一本、また一本と糸を断ち切り、小さな穴を生む。
フリントはその隙間を見逃さなかった。
赤土を蹴り、傷だらけの体を低く構えると、一気に加速した。
糸の網の間をくぐり抜け、背後で爆ぜる光を感じながら、さらに速度を上げる。
「……っ、まだ、止まらない……!」
脇腹の痛みに歯を食いしばりながらも、彼の瞳は強く光っていた。
翼膜を震わせるヴェル・サグリオンが、その走りに思わず息を漏らす。
「……ほう……面をも抜けるか。やはり、貴様……面白い。」
だがまだ、彼は追撃の手を止めてはいなかった。
新たな光糸が空に舞い、朝の光がきらめく。
フリントはさらに息を整え、心の中で小さく妻と娘の名を呼んだ。
(妻、娘……待っていてくれ。必ず――届かせる。)
赤土の荒野に、再び力強い足音が響いた。




