赤土を裂く脚
夜明けの光が、ようやく地平線の向こうを染め始めた。
フリントは息を整える暇もなく、赤土の荒野を駆け抜けていた。
背後で糸がうなる。ヴェル・サグリオンが翼膜を震わせ、空中から無数の糸を射出した。
瞬間、フリントは足を踏み出す角度を変えた。
糸の一本が彼の肩をかすめ、装甲を削る音が響く。
ここに来るまでに、何度も攻撃を受けてきた体には、無数の切り傷が残り。
そのすべての切り傷から、血が流れ出ていた。
(狙いが鋭い……いや、こちらの呼吸を読んでいる。速度を変えなければ捕まる。)
フリントは地面のわずかな起伏を目で追い、呼吸を整えた。
丘の斜面を横に切るように走り、さらに身体を沈める。
次の瞬間、右側から伸びた糸を肩を捻ってかわす。
背後で砂が爆ぜ、火花が散った。
「逃げることだけに命を懸けるか、走者よ。」
ヴェル・サグリオンの声が風に混じる。
フリントは振り返らず、落ち着いた声で答えた。
「……あなたの狩りを楽しませる気はない。僕は――届けるために走るだけです。」
淡々とした口調。しかしその胸は高鳴っていた。
距離を稼がねばならない。
彼は地面に視線を落とし、ふと視界の端に大きな岩を見つけた。
(風を読め。岩の陰を使う。)
フリントは進路を修正し、岩の右側を回り込む。
背後から糸が追いかけてくる。
岩を縫うように糸が絡みつき、岩塊が切り裂かれる。
破片が飛び散るが、その一瞬の遅れでフリントは数メートル先へと抜け出した。
「ほう……なかなかの判断力だ。」
ヴェル・サグリオンの翼膜が強く震え、砂嵐のような音が響く。
さらに多くの糸が空中に解き放たれた。
フリントは息をのみ、体を低くして地面を蹴った。
足裏に伝わる砂の柔らかさを感じ、膝を使って一気に速度を上げる。
(ここで怖がったら終わりだ。恐怖を、推進力に変えろ。)
大学のパーティーの夜、カードを投げるときも同じだった。
緊張はある。しかし角度と風を読み、力を込めれば、必ず的に届く。
今も同じだ。目的地にカードキーを届ける。ただ、それだけ。
「……僕は仲間の中では、最弱かもしれない。けれど……」
フリントは小さく笑い、さらに加速した。
「最弱でも、走り続けることならできる。」
その瞬間、背後の糸が砂煙を切り裂きながら追いかけてきた。
しかしフリントはすでに次の岩陰へと飛び込む。
夜明けの荒野に、彼の足音と呼吸だけが響いていた。




