狩人の視線
夜明け前のアリススプリングス。
フリントはカードケースを腰に戻し、息を整えながら走っていた。
遠くに〈オパール・ドーム〉の丸い屋根が見え始める。
赤土の大地を、風が冷たく吹き抜ける。
(……あと数キロ。だが、この静けさは長く続かない。)
ヘルメットの奥で瞳を細め、彼は走りを続けた。
その視界の外――地球から数十キロ離れた空間に浮かぶ、黒い艦橋があった。
そこに立つのは、エイリアンの司令官。
高い背丈、装甲のような外殻。
しかしその瞳は、決して狂気ではなく、冷静な知性を宿している。
「……あの人間か。」
スクリーンに映るフリントの姿を見つめ、司令官は腕を組んだ。
周囲には無数の端末が並び、シリアルナンバーで呼ばれる兵士たちが報告を上げている。
「司令、塔南西の哨戒群を突破されました。」
「既に二人、彼らは走者を落とした。……だが、まだ人類は諦めていないようだな。」
司令官の口調は静かだった。
エイリアンたちにとって、この狩りはあくまで「スポーツ」。
生存競争の記憶を残すための儀式に過ぎない。
彼らにとって人類は、弱く、しかし興味深い獲物だ。
「では、彼を止めるために、どなたを?」
副官が問うと、司令官はゆっくりと手を挙げた。
天井近くの転送装置が低く唸り、光が差す。
「ネームド――ヴェル・サグリオンを、あの走者の進路に降ろせ。
走者の生死は問わない、狩りが楽しめれば良いわけだからな。
だが、カードキーは、必ず奪え。」
副官が敬礼のような動作をし、転送コードを打ち込む。
光の中から姿を現したのは、異形の戦士。
四肢に黒い刃を装着し、背中には長い鞭状の器官が巻きついている。
その瞳は、他のシリアルナンバーたちよりも強い意思を帯びていた。
「……狩りの時間だな。」
ヴェル・サグリオンは低く笑い、光の中へ消えた。
転送が開始され、地球の大地へ向かう。
その頃、フリントは丘を越え、オパール採掘場跡地の入り口に差しかかっていた。
彼の耳の通信機が短く鳴る。
「……こちら司令部、フリント。索敵に異常なエネルギー反応…… 転送だ。」
彼は足を止めない。
遠くで、砂塵を巻き上げながら光の柱が立ち上がる。
その中心に、ネームドエイリアンが立っていた。
(来たか……。お前たちもまた、自分の役割を果たしているだけだろう。
だが、こちらにも譲れないものがある。)
フリントは小さく息を吐き、腰のカードケースを軽く叩く。
温厚な瞳が鋭く光り、再び走り出した。




