名を持つ刃
黒い塔の頂上、透明な壁越しに地平線を見下ろす広間がある。
そこはエイリアンの作戦司令室。
光沢のある床に、幾何学的な文様が淡く光り、静かな空気が張り詰めていた。
司令官ヴェル=ターハは、手元の立体映像を眺めていた。
そこにはサファル・アリムバエフの姿が映し出されている。
荒野を駆け、仲間を救い、〈ハルダラ民家〉を目指すその人影。
その動きを見て、背後の副官が低くつぶやいた。
「人間の走者……やはり、面白い。No.732とNo.611は交戦中だが、彼を止められそうにありません。」
その名を持たぬ兵士たちは、胸に埋め込まれたシリアルプレートで識別されている。
だが彼らはただの機械のような存在ではなかった。
彼ら自身にとって、番号は誇りであり、役割を示す名札だった。
そして彼らは自分の意思で戦い、命令を選び取る。
彼らは理性的だ。
仲間を無為に死なせないよう、戦術を議論する。
人間のように欲望を暴走させることもない。
だが――人類とは根本の価値観が違った。
「彼らは自分たちを殺しに来ているのではありません。」
「……ああ。狩りだ。」
副官の言葉に、ヴェル=ターハは薄く笑った。
「この遊戯は我らの文化だ。狩猟本能を忘れぬための儀式。
地球人の倫理など我らには関係がない。」
そう語る声に憎悪はない。
ただ、遥かに進んだ文明から幼い種族を見下ろすような、冷ややかな余裕だけがあった。
ヴェル=ターハは周囲を見渡す。
整然と並ぶシリアルナンバーの戦士たちが、彼の言葉を静かに待っている。
どの顔も理性的で、冷静で、誇りを宿している。
「お前たちの努力は称賛に値する。だが……」
ヴェル=ターハは映像のサファルを指差した。
「あれは、名を持つ者が相手をすべきだ。」
沈黙が落ちたのち、奥の暗がりから大きな影が歩み出た。
四本の腕を持ち、肩から鋭い刃を伸ばしたネームドエイリアン――
ルド・ヴァリクスである。
黄金の瞳が一瞬だけサファルの映像を見つめ、彼は唇の端を上げた。
「私が行こう。」
副官が問う。
「ルド・ヴァリクス……よろしいのですか? 彼ら人類は――」
「我らを恐れ、憎む。だがそれは理解している。
我らも彼らを害したいわけではない。
だが我らの狩りを拒むのなら……容赦はしない。」
その声は感情に乏しい。
だがそこには、確かに自我と誇りがあった。
ヴェル=ターハは頷き、床の紋章を起動させた。
青白い光が広間に広がり、ルド・ヴァリクスの体を包み込む。
「行け。あの人間の走りを、終わらせてやれ。」
転送の光が閃き、ルド・ヴァリクスの姿が消える。
その背を見送りながら、シリアルナンバーの戦士たちは誇り高く直立した。
彼らにとっても、この儀式は自分たちの文化を映す鏡だった。
地上の砂嵐の中に、やがて青い閃光が走る。
ルド・ヴァリクスが、次なる“獲物”の前に降り立った。




