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灰の街で

 昼下がりのマーケットだった。

 乾いた風が吹き、砂を巻き上げて、私の売る布の上に赤茶けた粉をかぶせていた。

 客は少ない。皆、空模様を気にしている。

 そのとき、遠くの空に、不自然な影が現れた。


「なんだあれは……?」


 誰かがつぶやいた。

 次の瞬間、空が裂けた。

 雷鳴のような轟音と共に、巨大な黒い柱が雲を突き破って降りてきた。

 私たちは目を疑った。大地に突き刺さるように塔が立つ。

 まるで神話の遺物が現実に顕現したようだった。


 だが、それはただの始まりだった。


 塔の根元から、影のようなものが這い出してくる。

 人の形に似ているが、長い爪と曲がった背、光る瞳。

 言葉を発することなく、ただ獲物を探す獣のような気配だけを纏っている。


 最初の悲鳴が上がった。

 市場の出口へ走る若者が、影の尾に弾き飛ばされ、石畳に叩きつけられた。

 骨の折れる音が、耳に焼きついた。


「逃げろ! 逃げるんだ!!」


 誰かが叫ぶ。

 私も反射的に走り出した。

 後ろで荷車がひっくり返り、果物が転がる。

 老女が転び、叫び声をあげた。


 影の一体が近づいてくる。

 金属を引きずるような音がする。

 私たちは生き物の本能で悟った――あれは人間ではない。


 背後で爆発音がした。

 砂煙の向こうに、別の影が飛びかかるのが見えた。

 若い兵士が銃を構えるが、撃つ間もなく胸を貫かれる。

 赤い液体が砂に吸われ、すぐに乾いていく。


「こっちだ、こっちへ来い!」


 私は声のするほうへ走った。

 しかしその前に、金色の瞳と目が合った。

 影のひとつが、まっすぐこちらを見ていた。


 足がすくむ。

 市場の布が風にあおられて、視界を遮る。

 その布が裂けて落ちたとき、影はもう目の前にいた。


 鋭い爪が振り上げられる。

 時間が止まったように感じた。

 逃げられない。

 胸が冷たくなる。

 目を閉じ、死を受け入れた。


(ああ、終わるんだ……こんなところで……)


 耳鳴りがして、世界が遠くなる。

 だがその瞬間、風が変わった。


 突風のような音が後ろから響き、影の体が弾き飛ばされた。

 砂煙が舞い、私は思わず目を開いた。


 そこに立っていたのは、ひとりの大男だった。

 太い腕、鋭い視線。

 肩越しに、彼の背が空を切り裂く。


「……ここから先は、俺が引き受ける。」


 その低い声を聞いたとき、私は初めて――

 生き残れるかもしれない、と思った。



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