走者への遺言
瓦礫と緑に覆われた街の中心。
オケケは背を地面につけたまま、荒い呼吸を繰り返していた。
雨は止む気配を見せず、葉を濡らし、血を洗い流していく。
かつて戦いを繰り広げた路地は、いまや蔓と根が支配する森のような迷宮だった。
そこかしこに、倒れたエイリアンの亡骸が横たわっている。
胸の傷は深く、もはや動かすたびに肺が焼けるようだった。
オケケは目を閉じ、耳を澄ませた。
遠く、まだ戦い続ける人類の叫びがかすかに聞こえる。
そして、思い出すのは仲間たちの顔。
(……エステバン……あなたが消えたと聞いたとき、胸が裂けるかと思ったよ。
でもね……私たちが諦めたら、あんたの走りが無駄になるんだ。
だから私はここまで走った。)
息を整えようとしたが、咳がこみ上げ、血を吐く。
雨粒がそれを洗い流し、地面に赤い筋を作る。
(……サファル……フリント……ステルン……ブレイク……ラッシュ……
そしてフィリス、まだどこかで走ってるみんな……。)
瞼の裏に、仲間たちの笑顔が浮かぶ。
彼らと共に施設で訓練した日々。汗と涙と、夢を分け合った夜。
(私たちには……親なんていなかった。
でも……だからこそ、あんたたちを家族だと思えたんだ。)
雨音が優しく響く。
オケケは震える手を持ち上げ、空へと伸ばした。
その指先は、まだ誰かの背中を押そうとしているようだった。
「……行け……走れ……。」
かすれた声が、森の中に消えていく。
その言葉は誰にも届かないかもしれない。
だが確かに、彼女は仲間たちに向けていた。
(……私の分まで……走り抜けて……あの塔を……倒して……。)
胸に熱がこみあげ、視界がぼやける。
思い出すのは、孤児院の庭で子供たちに教えた日のこと。
「いいかい、走るときは前を向いて、足を止めないこと。
転んでもいい、また走ればいい。」
あの日の言葉を、今度は自分自身に向けて呟く。
「……足を止めるな……走れ……。」
指先が力を失い、腕が地面に落ちた。
オケケの口元に、かすかな笑みが浮かんでいる。
(……ああ、もう……行け……私の家族たち……。)
雨が静かに、彼女の瞼を閉じていく。
森は風に揺れ、かすかに葉のざわめきが答えるように響いた。
そして、リワン・オケケの息は、静かに途絶えた。




