開戦の言葉
雨の路地、瓦礫と火花の匂いの中で、オケケとルド・バルカスは対峙していた。
互いの間を隔てるのは十メートル足らず。だがその空間は、巨大な緊張で押し潰されているようだった。
ルド・バルカスは、刃のような突起を肩に生やしたまま低く笑った。
雨粒が鋼の装甲を弾くたび、金属音がした。
「人間……いや、走者。貴様が七人のひとりか。」
オケケは息を整え、足元を確かめる。濡れたアスファルト、左には倒れた車、右には小さな店舗の残骸。どこも遮蔽物にはならない。
「七人だろうが一人だろうが関係ない。私がここを通すかどうか……それだけさ。」
ルド・バルカスは爪をなぞるように合わせ、甲高い音を立てた。
まるで刃物を研ぐ音。黄金の瞳が楽しげに細められる。
「エステバン、と言ったか。南の走者を斃したのは私ではないが……奴もそう言っていた。通すか通さぬか。それがどうした。」
「……!」
オケケの胸を刺すような言葉。だが表情は崩さない。
体内に熱が溜まるのを感じながら、唇をきつく結んだ。
「……だったら私が証明するよ。走者を舐めるとどうなるかをね。」
ルド・バルカスは一歩を踏み出した。路面がその重さでひび割れ、雨水が揺れる。
オケケも後ずさりせず、低い姿勢を取る。腰を落とし、両手を軽く開き、いつでも踏み込める体勢。
「人間……その目だ。死に損なう目だ。だが、私は……獲物の眼差しが大好きでな。」
「獲物じゃない。――私はランナーだ!」
オケケは一気に地を蹴った。
雨のしぶきが爆ぜ、瓦礫が飛ぶ。彼女の踏み込みは稲妻のような加速を生み、ルド・バルカスとの間合いを一気に詰める。
刃が振り下ろされる。オケケは左へ体をひねり、爪の軌道を紙一重でかわすと、反転して回し蹴りを叩き込んだ。
ルド・バルカスの頬の装甲が火花を散らし、僅かにその体勢が揺らぐ。
「ほう……やるな!」
すぐさま爪が横から襲いかかる。オケケは後ろへ跳んで距離を取るが、着地と同時に再び踏み込み、拳を叩き込む。
拳、膝、肘――彼女の攻撃は連続して繰り出され、鋼の装甲を次々に打つ。
ルド・バルカスは低い咆哮を上げ、尾で反撃するが、オケケはしゃがみ込んでかわし、地面を滑るように潜り抜けると、背後からの肘打ちを見舞った。
衝撃でルド・バルカスの身体が揺れる。
雨と血が混ざった空気の中、二人は互いを見据え、息を吐く。
「いい……この戦いは面白い。」
「さっさと、倒れてもらうよ!」
ルド・バルカスが咆哮し、再び踏み込む。オケケも叫びながら突進する。
雷鳴が轟き、二つの影が激突した。金属と骨がぶつかる音が、夜の街路に響き渡る。