プロローグ
1989年、七月。
パリのアルシェ・サミット。各国首脳と科学顧問が一堂に会する会議室は、突如として震えた。
天井を割るような音がしたかと思うと、異形が現れたのである。
光沢ある鱗、長くしなる尾。
黄金の瞳が、まるで幼子を見下ろすような侮蔑を帯びていた。
その生物は奪い取った通訳ヘッドセットを装着すると、澄んだ声で語り始める。
「人類よ。
我らは〈ケレス・ハント〉の民。
我らは宇宙を旅するため、己を遺伝子で改良した。
飢えを捨て、争いを捨て、効率のみを残した。
だが──ひとつだけ、我らはあえて残した。狩猟の本能を。」
ざわめきが起こる。
代表の一人が震え声で問い返す。
「なぜ……そんなものを……?」
異形は牙を見せ、笑った。
「我らのルーツを忘れぬためだ。
狩りの鼓動を胸に刻むことこそ、我らが我らである証。
だが、狩猟本能は時折、我らの社会を狂わせる。
だからこそ……地球を選んだ。」
議場の空気が凍りつく。
「恐れるな。我らの狩りは“スポーツハント”だ。
無意味に皆殺しを望むわけではない。
ルールあるゲームを、競技を、我らは求める。」
スクリーンのように壁面に映像が浮かぶ。
大地を駆ける人類の姿、そしてその背後に迫る彼らの影。
「ただ狩るだけでは、面白くもあるまい。
故に人類よ、貴様らには技術を授けよう。
我らの知識を分け与え、貴様ら自身の力で我らと戦わせてやる。」
場内がざわめきに満ちる。
異形はその声を楽しむように続けた。
「授けるは二つ。
一つ、遺伝子操作によって超能力者を作る術。
一つ、貴様らの肉体を限界以上に強化する装甲──パワードスーツ。
この二つで、貴様らは狩りに耐える戦士を生み出せ。」
数人の首脳が言葉を失い、椅子に沈み込む。
だが異形の言葉は止まらない。
「ただし、条件がある。
超能力者は、作った瞬間から戦えるわけではない。
成長を待て。貴様らの技術で、戦いに耐えられる年齢になるまで育てよ。
その時こそ、狩りを始める。」
通訳機が無機質な声で繰り返す。
「狩りの開催は、遺伝子改良された超能力者が戦える年齢に達した時点とする。」
異形はゆっくりと尾を振り、最後の一言を告げた。
「その刻が来れば、我らは大地に降り立つ。
獲物となるか、獅子となるか。選ぶがいい、人類よ。」
黄金の瞳がひときわ鋭く光った。
そして、異形は粒子の光となって消え去る。
議場に残されたのは、凍りついた人類の顔と、やがて轟くことになる未来の足音だった。
──こうして人類は、極秘裏に「ランナーズ計画」を始動させる。
彼らは親を持たず、培養槽から生まれ、訓練と教育を受けて育てられた。
七人の名もなき子供たちが、のちに「ランナーズ7」と呼ばれることを、まだ誰も知らない。
前の話が終わったので、新しい小説を始めます。
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