第十六話
六角義賢の負傷は、確かに軍の士気を削った。しかしなお残る兵力は圧倒的で、亀山城の防備など、長く持ち堪えるものではなかった。
その折、明智光秀は大胆にして奇策を取った。ガラシャを、使者として柳生軍へ送ったのである。
諸将は眉をひそめたが、光秀の狙いは明白であった。
柳生軍の矜持と義心に訴え、これ以上の流血を避けんとする。
彼女ならば、武将の理屈を凌ぐ言葉を紡ぎ出すだろうと。
夜半、松明が揺れる中、輿に乗せられたガラシャが柳生軍の陣営に迎え入れられた。
対するは柳生宗矩、その眼光は冷たくも鋭く、ガラシャの一挙一動を計るように見据えた。
「わたしがこれを行うのは、お前たちのためではないことを知れ、と主なる神は言われる。イスラエルの家よ、恥じるがよい。自分の歩みを恥ずかしく思え」
澄んだ声が夜気に響く。ガラシャの言葉は、剣の斬撃にも勝る真摯さを帯びていた。
一方、柳生の武士たちはざわめいた。敵将の娘を人質にする好機と見る者、女人の潔さに心を動かされる者。そして一部の隠れキリスト教徒‥。
宗矩は黙し、しばし沈思。
やがて口を開いた。
「……その覚悟、確かに見届けた。だが剣は情に折れぬもの。明智殿に伝えよ。亀山の空は、尚も血の色を欲しているとな」
翌日、昼前には亀山城陥落。明智軍は柳生軍に取り込まれた。
しかしガラシャは追放された。




