天罰
前回までのあらすじ
生きているような死んでいるような日々を過ごしてきた睦月は、いきなり美少女が家に押しかけてくる。
職場までついてきた彼女はあなたを救いに来たと言い、勤めていたビルを爆破する。
驚いた睦月に対し彼女は求婚を申し込む。
部屋に帰り得体のしれない彼女は睦月に泣きすがり睦月はそれを承諾する。
遊園地に行き、彼女は自分が人間ではないことを睦月に話す。
世界を壊すというわけが分からない目的を知った睦月は衝撃を受け、そのまま
彼女に付き添われて行った郊外の倉庫で彼女は一帯を瓦礫に変える。
驚きつつもその魅力に惹かれてしまった睦月は一緒に生きる覚悟を決める。
次の日携帯から同僚の誘いを受けて飲みに行き、その帰りに爆破したビルに死傷者は出なかったことを知る。
家に帰った後、世界をすぐにでも壊そうとする彼女に対して、「人を殺さない」という約束を取り付ける。
そして、彼女に対して結という名前をつけ、同棲を始めた。
次の日目覚めると彼女はまたキッチンに先に立っていた。
「結、おはよう。」
「はい!あおいさんもおはようございます。」
そのあとは目代からもらった資料に目を通し、退職の準備をする。
会社に向かわなければと思っていたが、今は会社に向かわなくても
退職できるようだ。
目代に感謝の念を送りながら、進めていった。
昼は軽いものを一緒に作ろうと提案すると、グラタンを作りたいと言ってくれたので、
買い出しに出かけた。
雨上がりの町は道路や軒が少し濡れて太陽光が反射して白く光を発していた。
「いつかのタイミングで服を買いに行こう。」
「来てほしい服があるんですか?」
「いや、その服が毎回同じなので不便かなと。」
そこまで伝えたところで彼女の服が全く汚れてないことに気づく、
彼女自身すら汗一つもにじんでいない。そういった時、彼女が人間ではないことを否応なく自覚する。
そうだとしても自分にとっては大切な人になっていた。
「いい服を買って、何か美味しいものを食べに行こう。」
「いいですね!行きたいです!」
繋いでいる手を大きく振る。彼女はいつもこちらが期待している以上の反応を見せてくれる。
あおいさんが決めてくださいね。と笑いかけてくる。
意外と買い出しと調理に時間がかかり、
食べ始めた時にはもう6時になっていた。
グラタンは自分が成形したため形が悪かったが、
それでも味は店を出しているものと遜色がないくらいには美味しかった。
「今日は何を壊しにいきますか!」
片づけを終えて一息落ち着くと彼女がテンション高く伝えてくる。
彼女にとって破壊の行動は抗えない欲求に近いのかと考える。
こちらの了承をじっと待ってる彼女はまるで散歩待ちの犬みたいだ。
「約束は覚えててくれてる?」
「もちろんです。」
「それじゃあ、どこに行こうか。」
結に連れられて電車に乗った先は田舎の方ではなく、都会側に向かっていった。
今日はやめにするのだろうか。そう思うとホッとする自分がいた。
ここでおりましょうと目をこちらに向けられ一緒に降りていく。
今は彼女の猛アピールでスーツを着ているが、
もう少し暑くなっていったらクールビズでいいか検討しよう。
電車に揺られ、地下から出口へ出た先は大きな川にかかる橋の近くで、
仕事帰りの人の群れと車が多く通る橋上を渡っていく。
「ここはどうですかね?」
彼女は歩きながら聞いてくる。
「ここって、人通りが見ての通り多いから無理だよ。」
彼女の突飛な発言に対して自分は約束を持ち出して止める。
橋を渡り終えて、ベンチに腰掛ける。
「夜まで、待ってみませんか。」
彼女は驚くべき提案をしてくる。
自分は止めたかった。
しかし彼女の目的に対し前向きじゃないと悟られたならと恐ろしくなり
人に危害を加えないならと了承した。
「わかりました。」と彼女は鼻唄でも歌っていそうなほどご機嫌になっている。
そうだ。
彼女はあの時はっきりと壊しに来たといったのだ。
その事実が重くのしかかる。
暗闇の水辺で泳ぐ鳥はくるくると回って魚を探す。
「あれ!あおいさん!今はどうですか!」
30分ほど待つと嘘のように人通りが少なくなり、ぽつぽつとしか確認できなくなっていた。
「タクシーが信号待ちしてるので、壊すと巻き添えを食らったり、落ちるかもしれない。」
彼女はそうですか。と足をぶらぶらさせてその時を待っている。
どうか、ここを通る人が絶えませんように。
よし、じゃあしますねと彼女は立ち上がる。
止めようと思ったが言葉が見つからなかった。
瞬間、聞いたことのない轟音と、揺れが響いた。
思わず目をつぶって耐え、
目を開くと荒ぶって揺れる波が見えた。
橋が落ちた。自分は叫び出したかった。
瓦解したコンクリートや鉄の塊がボロボロと見えた。
自分が目撃するのは3回目で、息を呑んで見ていた。
耳が衝撃音を繰り返して思わず顔をしかめる。
彼女はこちらを向いて何か話しているが聞き取れない。
その後、自分の後ろ側でまた音がする。
音自体はそこまでではなかったが、
金属が崩れ落ち、砂埃がこちらまで届いた。
振り向いて確認すると線路が吹き飛んでいた。
呼吸が浅く、体が振動する。
ベンチの上でうずくまる。
彼女は本気で、壊すつもりなのだろう。
実は、心の何処かでこの状況を楽しんでいたのだろう。
可愛い彼女と、絶対的な力を持つ優越感。
今、改めて本当の恐ろしさに気づいた。
隣に座り直し、帰りましょと言ってくる。
だめだ。それは伝えてはいけない。
それでも自分の口は震えながら、伝える。
「やっぱり、やめませんか。世界、滅ぼすの。」