約束
前回までのあらすじ
生きているような死んでいるような日々を過ごしてきた睦月は、いきなり美少女が家に押しかけてくる。
職場までついてきた彼女はあなたを救いに来たと言い、勤めていたビルを爆破する。
驚いた睦月に対し彼女は求婚を申し込む。
部屋に帰り得体のしれない彼女は睦月に泣きすがり睦月はそれを承諾する。
遊園地に行き、彼女は自分が人間ではないことを睦月に話す。
世界を壊すというわけが分からない目的を知った睦月は衝撃を受け、そのまま
彼女に付き添われて行った郊外の倉庫で彼女は一帯を瓦礫に変える。
驚きつつもその魅力に惹かれてしまった睦月は一緒に生きる覚悟を決める。
次の日携帯から同僚の誘いを受けて飲みに行き、その帰りに爆破したビルに死傷者は出なかったことを知る。
帰ってきた後、玄関先まで出てきてくれた彼女に服を褒められた。
よくあるただの黒いスーツだが、彼女にはかっこよく映るそうだ。
このくらいいつでも着てあげますよと言うと、二人で出かける時はその服でいてほしいと言われた。
予想外の返答に面食らったが、飽きるまでは着てあげたいと思った。
「そういえば」
自分のジャケットをかけながら彼女はこちらに振り返る。
「もう遅いですが、今夜はどうします?」
「何をですか?」
「んーと、聞き方が悪かったですね。今日は何を壊しに行きますか?」
沈黙が流れる。
どれだけ可愛くとも、大切な彼女であろうとも、彼女は世界を壊しに来たと言っていた。
昨日からこの考えから逃げるようにしていた。
彼女は自分の目を見て俺の返答を待つ。
安堵していた電車内の自分を思い返す。
彼女と一緒にいたらいつかきっと大量の死傷者を作ってしまう。
いや、きっとすぐにでも死人がでてしまう。
汗がしみたシャツが背中に当たる。
「とりあえずは、シャワー浴びてきてもいいですか?」
彼女がいつの間にか風呂を沸かしてくれたようで、少し熱いくらいのお湯につかりながらしわがでてきた自分の手を見つめる。
俺は何をしているのだろうか。一人になった瞬間に言いようのないわだかまりとして襲ってくる。
まず、彼女は人ではない。そして目に付く建物を壊すほどの力を持ち、破壊を目的にしている。そしてきっと人間も例外ではない。
深く頭を回そうとすればするほど深い不安やわだかまりに阻止される。
あれだけ苦しんでいた会社のことも、もはやどうでもよかった。
俺は、どうするべきだ。彼女は止めたい。だが、そのことを伝えた瞬間に犠牲者の一人目になってしまうのではないか。
彼女は俺のつぶやきから世間を憎む俺を知った。だからその俺が目的を否定したらどうなるだろうか。
警察に電話をかけてみようかと考えたが、何をどうやって説明するのだろう。
うまく伝えられたとしても、これからの人生はどうしたらいい。
会社も辞めて生きがいもなく、一人で生きていくのだろうか。
何より、彼女に対して何よりも自分が惚れていることを自覚している。
それでも、止めなければならない。
立ち上がる勇気が出ず。とても長い時間風呂に入っていた。
体を拭き、服を着て髪を乾かす。
部屋に戻ると椅子に腰かける彼女の姿が映った。
こちらが何か言いかける前に彼女が動いた。
「アイスありますよ!一緒に食べましょう。」
冷蔵庫から袋を二つ出し、こちらに一つ渡してくる。
「ありがとうございます。」
ベッドに座り、それを開封する。
2メートルもない距離に少しの緊張が生まれる。
彼女はそれを取り出し、少しずつかじるように食べ始める。
ほんの少ししてよほど美味しかったのか無邪気に食べ進める。
彼女に伝えなければならない。
彼女に続けてかじったアイスは少しの甘味と冷たさを感じた程度で、ほとんど味がしなかった。
木の棒を袋に入れ、ごみ袋に捨てる。
そのまま目線と頭を下にする。
少しの迷いと葛藤を抱えながらも、口を動かした。
「世界を壊すのは、いや、どうか人だけは殺さないでくれませんか。」
自分でも小さくて聞こえないほどの声量で懇願する。
彼女の顔を見ることができない。
「いいですよ、じゃああなたがいいと思ったものから壊していきましょうか。」
「でも、それだと少し難しくなりますね。」
彼女は答える。
顔を上げて彼女を見る。手を口にあてて考え込むような動作をしている。
彼女と目が合う。彼女は微笑む。
「もうこんな時間なので、今日はやめておきましょうか。」
夜12時から1時くらいには寝た方がいいですからと言う。
歯磨きを終えてベッドに入る。
ベッドは1つしかないため彼女を入れる。
彼女にベッドを明け渡そうと思ったが、彼女は全力で拒否されたので彼女と一緒に寝ることにした。
「睦月さん。好きです。今、私は幸せです。」
そういって笑いかけてくる彼女は、誰よりも魅力的に見えた。
ベッドで少しの間見つめていると自分がどうしようもなく彼女に惚れ込んでいることを自覚する。
「俺もです。きっと、あなたがいなければ今この世にいませんでした。」
きっと彼女のためなら何でもできる。
しかし、誰かを殺したくはない。
体を起こし彼女の方を向く。
「君の名前は結。」
彼女がびっくりした顔をする。
「約束事によく使われる言葉で、添い遂げる誓いと約束を表す言葉です。」
「自分はあなたと添い遂げます。だから人を殺さないと約束してくれませんか。」
彼女はゆったりと起き上がった。
「結、ゆい…私は結です。睦月結です!」
彼女が急に動いたかと思うと、いつの間にか抱きしめられていた。
彼女に手を回し、頭を撫でる。
「素敵な名前をいただいてありがとうございます。」
「人は殺しません。だからずっと一緒にいてください。」
自分は彼女の頭をなでながら、できるだけ彼女と一緒にいたいと強く願った。
小さな暖色の電気が光る中彼女の顔が少し照らされている。
「顔を上げて。」
結が顔を上げる。自分が顔を近づけ、目を瞑り唇を合わせる。
顔を離し、いつの間にか彼女も閉じていた目を開く。
突然我に返り、自責の念がこみ上げる。すみませんと謝ろうとした時、
「…嬉しいです。」彼女は笑う。
自分はもう一度愛の言葉をささやき、目を閉じた。