初めての世界破壊
前回までのあらすじ
生きているような死んでいるような日々を過ごしてきた睦月は、いきなり美少女が家に押しかけてくる。
職場までついてきた彼女はあなたを救いに来たと言い、勤めていたビルを爆破する。
驚いた睦月に対し彼女は求婚を申し込む。
部屋に帰り得体のしれない彼女は睦月に泣きすがり睦月はそれを承諾する。
遊園地に行き、彼女は自分が人間ではないことを睦月に話す。
世界を壊すという目的を知った睦月は衝撃を受ける。
遊園地の帰りまで手を繋いで帰る。けれど自分の心中は穏やかではなかった。
世界を壊す…?中学生の妄想みたいな言葉だが、彼女にはそれができるわけないとは一蹴できない力がある。
「本当にできるんですか?」
「できますよ。じゃあ今とりあえずここを壊しますか?」
「え、それは…」
冗談です。とは言ってくれないようだ。
「いまから、寄り道してもいいですか?」
駅を通り過ぎ、暗闇を歩く。街灯が所々に見えるだけで、ほとんど地面が見えない中を進んでいく。
左に黒い濁流のような海を見ながら歩いていく、隣の彼女はまっすぐ道を間違わないよう進んでいく。
そのまま近くの工業地帯を抜けて、深い黒の海がひらけた場所に出る。
ここで待ってください揺れが起きたら逃げててくださいねと言われ立ち止まる。
薄い月明りに照らされた暗い道を歩いていく。
コンクリートで作られた岸に一人立ち振り返る。
「見ててくださいね。」
こちらを向きながら手を左右に広げ海に落ちる。
ぼちゃんと鈍い音を立てて視界から消失する。
慌てて駆け寄ろうとするが、黒い波に虹の輝きが混じり、止まる。
揺れが起こり、慌てて敷地外まで下がる。道まで走ってきて振り返ると倉庫が光る。
虹色の揺らぎのような細い刀が出たと思うと倉庫が音とともにバラバラに瓦解して崩れる。
黒い影が揺れ動くとおもちゃの用に崩れていった。
少しして、月の光に当たって瓦礫の上に立つ一人の少女が見えた。
近くまで駆け寄るが少女は動かずにいる。
突然振り向いて、ぴょんぴょんとはねながら向かってくる。
「見てました!?見ましたか!どうでした!」
瓦礫が散乱し足場が悪い中でも軽快な足取りでこちらに向かってくる。
興奮しているのか抱きつくような勢いで向かってきた。
「すごかったですよ。」
「そうですか!えへへ。」
こちらに顔を寄せてくる。
「これでわかってくれました?」
「私なら睦月さんを守れますよ。」
手を伸ばす。彼女の頭に触れる。
きっと彼女は先ほどの俺の顔を見て、目的が達成出来るかどうか不安になったのかと誤解したのだろう。
だからここに俺を連れてきたのだろう。
「ありがとうございます。」
きっと彼女は自分の有用性を示したかったのだろう。
彼女は嬉しそうに目を細める。
心からの笑顔を向ける彼女に対し気づいたら言葉を発していた。
「朝は言葉にできなくてすみませんでした。」
改めてと彼女の眼を見て伝える。
後戻りができない恐怖が脳裏に移る。それでも今はどうしようもなく伝えたかった。
「俺と結婚して、夫婦になりませんか」
彼女が何であるのかはもうどうでもよかった。
ただこの子の傍にいたいと考えていた。
「はい…はいっ!」
彼女が抱き着いてきて自分の胸に顔をうずめる。
ほんのりと甘い花の香りがした。
飛び出たパイプや建材の瓦礫から目を背けるように目を閉じ彼女の頭を撫でた。
帰ってすぐに今まで来ていなかった眠気が来てしまった。
自分が気づかない内に相当堪えているようだ。
彼女はそそくさと服を脱がしてくれた。
すみません。ちょっとだけとベッドに横たわった。
家にあるものはなんでも使ってもらって構いませんからと言いながら目を閉じた。
次の日、朝に目覚めたときにはもうキッチンから音が聞こえていた。
「おはようございます。すみません結局寝てしまって。」
「おはようございます!もうすぐできるので待っててくださいね。」
狭いキッチンで鍋とフライパンを使用して手際よく作っている。
しかし、自分の冷蔵庫には何も入ってなかったはずだ。
「朝、どこかに買い物にでも?」
「はい、近くにスーパーがあったので、買ってきました。」
料理中にも関わらず、こちらを向いて話してくれる。
二人でギリギリなキッチンで彼女の作業を見守る。
「何から何まで、ありがとうございます。」
「なんでですか!私はあなたの奥さんなんですから。」
もっと頼ってくださいと笑う彼女は何一つの心配事も不安もないように笑いかけてくる。
自分は顔を洗おうと洗面台に向かう。シャワーを浴びなければ。
携帯を覗くと、どうでもいい通知や不在着信の中にメッセージが入っていた。
相手は会社の同僚で、内容はどこかで会えないかと一言だけだった。
まさか、彼女の存在がばれたかと考え、その場に立ち尽くす。
夕景が染まった駅のホームは暗く、そこにいる人々の顔も心なしか暗く見えた。
仕事では何度も世話になったので、やめることだけは伝えたいと会うことにした。
そしてもし、あの場面を見られたのであれば。
その時、バレていたらどうするのだろうと考えた。
口留め?いや、そんなに小さな出来事じゃない。
自分は分岐点にいるのだと思った。
自分だけ私服とはいかないため、ネクタイを締め、スーツで行く。
友達に会ってくると彼女には留守を頼んだ。
改札付近で見つけた彼は、誰が見ても仕事ができそうな風貌で、こちらに気づくと軽く手を上げた。
「おー、久しぶり。」
といっても二日ぶりだけどな、と歩きながら続ける。
ワックスで固めた髪と整った顔立ちは初夏の暑さを吹き飛ばすように笑う。
「久しぶり。目代。」
個室を取ってあるからとついていった居酒屋は温かみのある木と暗めの照明がついている見るからに高そうなところだった。
「夏なのにうちの冷房は27度にしろってうるさくてさ、この前高木が直接文句言いに行ったんだ。」
「そしたら戻ってきたときにたくさんのお菓子持って帰ってきて、みんなで今度はそいつに文句言ってさ。」
俺はただ頷く。一通り話し終わった後、目代は俺に問いかける。
「会社、どうすんの?」
「やめようかな。」
「そっかーー。」
目代はオーバーに後ろの椅子に倒れこみ、天井を向く。
「こってり絞られてたもんな。助けに入れなくてごめんな。」
「いやいや、俺が問題だし。向いてなかったってだけだよ。」
最初はみんなも心配してフォローや助け舟を出してくれていたが、頻繁に怒られていたせいでいつの間にかそれもなくなっていた。
店員が元気よく入ってきて、二つのビールを運んでくる。
チンとグラスを合わせてそれを目代は豪快に飲んでいく。
あぁーと声を出し、「この一杯のために生きてる。」
誰も言わないほどのべたべたなフレーズを言い俺は吹き出してしまう。
目代は満足そうに笑った後、机に目を落とす。
「でもやっぱ、睦月が辞めんのは寂しいな。」
「また、飲みいこう。次の会社が決まったらとか。」
目代はそれいいなとグラスを傾け、もうほとんど小金色の液体は残ってない。
「そういえば。」
「爆発のニュース見たか。」
突然言われて体の動きが止まる。ばれていたのか。あの時、まさか見ていたのか。
目の前のほとんど飲んでないビールを見て答える。
「見てない。」
「そうか。」
少しの沈黙の後、目代はバッグからフャイルをだしてこちらに渡す。
「これは?」
「退職の時に必要になる手続きとか、申請したらもらえるお金とか調べてまとめといた。」
感謝を述べてプリントの束をぺらぺらと捲っていく。
その資料のわかりやすさと内容の濃密さに驚いた。
「なんかお前、元気になったか。前向きというかい良い顔してるよ。」
言われていままでの会社の自分を振り返る。ほとんど仏頂面で怒られないことだけ考えていたような気がする。
それからはほかの同僚がどうしているか、上司の愚痴、将来の展望を語り、時間がたち名残惜しさを感じつつ帰ろうとする。
結局、心配は杞憂だったようで話していくうちに動揺していた心臓は落ち着いていた。
雑踏のなか暗い道を街灯頼りに進んでいき、ビルや駅前の光がひときわ眩しい改札で立ち止まる。
「じゃあ、またな。」
軽めの別れを済ませようとしたが、目代は一度視線を下に向ける。
また会おうなと言う俺に対し、彼はまたこちらを見る。
「ああ、またな。」
「そういえば」立ち去ろうとする俺に対し、思い出したかのように話しかける。
「あの事故、爆発のやつな。あれ死人ゼロだってよ。多少怪我した人はいたみたいだけど。」
振り向く俺に対して後ろから手を振り姿を消す。
帰りの電車はかなり空いていて、疲れた顔のサラリーマンがじっとスマホを見ていた。
ガタンガタンと揺れ動く電車の中で自分の心は安堵感で一杯だった。