脱走
そしてまた牢屋に戻され、飯を食らう。
斗一が来て数日後。飯を終えて深夜。
今日は眠る気はなかった。
「起きてるか? 斗一?」
「はい。戦ったせいか興奮してるみたいで」
「今から脱出しようと思う。もちろんお前も一緒にだ、斗一」
「どうやって?」
「こうしてさ」
俺は服を脱いで鉄格子の下部分に括りつけてこすり始める。
実はここへ来た翌日から、こっそりと少しずつ小便を鉄格子の根本にひっかけていた。
この薄暗い地下では錆びていることに気づく者などいなかった。
「これで・・・・・・」
鉄格子とはいえ、長期間腐食させれば脆くなるのだ。
荒い布の服でヤスリがけのようにゴシゴシと削り、鉄格子を蹴飛ばした。
「やべっ」
思ったより格子が勢いよく外れ、床にぶつかり大きな音を立てた。
ガラン、ガラン
半裸のまま暗がりに身を潜め、誰か来ないかを待つ。
(誰も来ないか?)
俺は抜き足差し足で牢の鍵を吊るした入口まで向かう。
(よし!)
それでカチャリと斗一の鉄格子の鍵を開けて、俺は服を着てから入口に戻る。
同じく、ボロボロの服を着た斗一も戸の横に並んだ。
「・・・・・・もし外に他の人が居たら?」
「そんときゃしょうがねぇ。でもこんだけ音立てて見にこねぇのはおかしくね?」
「まあ。そうですね」
「行くぞ」
ゆっくりと戸をこちら側に開ける。
音もなくスゥっと戸は開いた。
上の階へと続く石階段は10段ほど。
こちらも、地下と同じように光る石が埋め込んであり、真っ暗ではない。
いつもは首輪を嵌められて昇降しているが、今日は自由だ。
「・・・・・・たぶん誰もいねぇ」
先に地下から脱した俺は小声で後ろの斗一に声をかけ、上がってくるよう手で合図する。
ここはただのなんの変哲もない小屋だ。
木と石でできた小屋。
物置き小屋ですらない。牢獄だけの小屋。
簡素な閂が付いていたが、今は何もされていなかった。
「どうします?」
「前に海辺が見えた。船もあったと思うから、それで逃げよう」
山へと糞便を捨てに行ったときに、遠くに青いものが一面広がっていたのを覚えていた。
夜明けまで何時間あるのかわからないが、できるだけ遠くへ行きたかった。
ボロボロの服を着た男2人があてもなく夜道を行く。
しばらく歩いても、すれ違う人も何もない。
「俺たち以外死んでんのか?」
「そんなことはない、とは思いますけど。明かりもない深夜では普通なんじゃ?」
虫の音も動物の鳴き声もしない。
「おぉ、看板あんぞ!」
木製の立て看板には、何やら読めない言語と矢印らしきものが書かれている。
「どれかに海とか書いてねぇか?」
全然わからない。
「何言ってるんですか? 右にロンチカ湾って書いてあるじゃないですか」
「は? 読めないが?」
ミミズがのたくった、よりは少し記号かな? 程度しかわからなかった。
「もしかして、字が読めないんか俺」
「そうじゃないですか? 僕がいてよかったですね」
(マジか)
斗一と離れたら生きていけんかも。
歩くこと数時間。
無事に海辺までたどり着いた俺たちは、小さな帆船を見つけた。
その帆船は簡単なロープでつながれているだけで、今の風向きならばすぐに沖へと出られるだろう。
「もし、海の先に島とかが無かったら?」
「考えんな」
「でも・・・・・・」
「うるせぇな。とりあえず行くしかねぇんだよ。一生奴隷より自由を求めて死のうぜ」
まぶしい朝焼けの中だった。
そういってロープを解いて帆を張り、出航したのだった。
沖へでて数時間が経過した。
「帆船の動かし方なんて知ってるのスゴイですね」
「俺のやってることなんて大体が映画の真似だぞ」
今までうまくいったのは全てぶっつけ本番。
深く考えず、見たことあるものの真似をしていただけだ。
(よくここまでうまくいったもんだ)
船の荷物置きに樽に入った飲み水が2本あった。
釣り用の船らしく、乾いたパンくずと釣り竿一式、ナイフもあった。
「これで釣りして飯にも困んなそうだし、しばらく死なないだろうがよ」
血に濡れたボロ服を海水でよく洗って乾かす。
全裸になったところで俺たち2人の空間だ。
「なぁ、ここで俺たちの名前でも決めねぇか? 新しい名前を」
「いいですね。これから始まるって感じで」
「よっしゃ。俺はこれから・・・・・・サム! サムって名乗るぞ!」
「じゃあ僕はトニーですかね。斗一の次なのでトニー!」
(サムとトニーか。悪くねぇな)
夕暮れの海の上。
だいぶ風も凪いできて進まなくなってきた。
「・・・・・・寝ましょうか」
「だな」
そうやって船で漂流生活をすること2日。
(陸だ。陸が見える!)
コンパスも無しで風任せに出航した以上、元の位置へと帰ってきてしまった可能性もあるが、ひとまず陸地が見えてきた。