異世界恋愛でしか摂取出来ない栄養がある。
私は異世界恋愛が好き……美しいドレスに高価なレースに、着飾る優雅な貴族令嬢になりたい。
次点で、お姫様でも良い。どうしてかというと、貴族より王族の方が責任重くて大変そう。なんて嫌な計算してしまう、悲しきブラック会社員。
……仕方ないわ。世の中は、ままならない事が多すぎだもの。
それに、異世界では現実世界では絶対に出会えないようなひと目見ることも難しいような、王子様と恋に落ちるのよ。
次点として貴族令息でも良いし、騎士団長でも可。百歩譲って、大金持ちのスパダリっぽい美形の男性なら概ね可。
世知辛い現実を忘れて、浮世離れした愛され物語に没頭出来る……そんな、うっとりとするひと時。
それさえあるならば、私は上司の怒鳴り声にも、お局のモラハラにも、良くわからない嫌がらせを繰り返す同僚からも、意識を外して逃れることが出来る。
あ。そういえば、そんなの居ましたっけ? となるように、高原で新鮮な空気を深呼吸したような気持ちを新たに出来る。
どう例えれば良いのか……私にとってそれは、他の誰かが野菜や肉を食べるような……この汚い世界を生き抜くための、必要不可欠な栄養素補給の大切なお時間。
これがないと、もう生きられない。
現実逃避したいのは、現実が駄目過ぎるせいよ! 私だって普段からドレスが日常着で王子様から求婚されていたら、別にそれを物語で読みたいなんて思わないもの。
別に誰に馬鹿にされてもぜんぜん構わない。私は異世界恋愛が、好きなのよ! 何か文句ある!? 生きるために必要なんだけど!!
そんなこんなで延々素敵妄想して、気がつけば理想を思い描いて居たら、私はいつの間にかしがないOLから、好きだった小説の世界に居るモブ令嬢に異世界転生していた。
転生したばかりの時には確かに驚いたけれど、すり切れるほどに数限りないほど読み返し、私以上にこの小説が好きな人間は、あの日本には居なかっただろうと言い切れるので、順当な転生先であると言えるのだと思う。
……願うことは無駄ではないと、元の世界の子どもたちに伝えたい。今ではもう、伝えられないけど。
私が生まれ変わったのは『ドキッ★婚約破棄されたけれど、何故か王子様に溺愛されました』の世界。『ドキデキ』の略称で親しまれていた大人気小説だった。
そして、私はヒロインシャロンと同い年の貴族令嬢、エステラ・ウェザレル。
小説の中では名前の『エ』の文字も出てこなかったモブなのだけど、彼女とは同じ伯爵令嬢なので、ヒロインシャロンと王子様エイドリアンの恋の行方を、近くで見届けることが出来る! という、最高の立ち位置だった。もう一回言うわ。最高。神様ありがとう。
読み過ぎて紙の本は数冊買い換えるほどに好きだった小説なので、どこで何が起きるかという時系列もそらで言えてしまうほどに把握済だ。
そして、私は今日も今日とて、城のある石塀の隙間からシャロンとエイドリアンの恋を見て楽しんでいた。
シャロンはある誤解をしてエイドリアンを避けていたんだけど、そんな彼女を追い掛け、エイドリアンは必死で説明して抱きしめる……そんな姿を、遠目からしっかりと観察していた。
城の中にある庭園での出来事なので、人目は少ない。けれど、そこで起こる出来事を完全把握している私には絶好の観察スポットだったのだ。
「はー……最高なのよ。本当に……リアル『ドキデキ』最高なのよ」
よだれをたらさんばかりに、私の顔は現在にやけていると思う。でへへ……最高な瞬間を肉眼でありがとうでございます。異世界でも生きて行けます。
「おい……何が、最高なんだ?」
不意に男性の声が聞こえて、私は慌てて後ろを振り返った。
「あ……? あのっ……どなたでしょうか……?」
これまでに見たことのない男性がそこに居て、私は驚いていた。
ひと目見て驚くほどに、美しい男性だ。けれど、生粋の貴族である私の記憶には、見覚えがない……彼はこの国の王族や貴族ではないと思う。
何故かというと、社交が仕事の貴族たちは顔や階級などを真っ先に叩き込まれるからだ。
……けれど、城の中に普通に居て、私の方を不審者だと言わんばかりの態度を見せる高位貴族のような男性……一体、彼は何者なの?
「……俺に名前を聞くならば、そちらが先に名乗るべきだと思うが?」
……これは、ただ者ではない。
高圧的な物言いや、繊細な刺繍のある豪華な衣服が見えて、私は慌てて立ち上がった。
「大変失礼致しました。私はウェザレル伯爵ヘンリーの娘、エステラと申します」
正式に名乗り上げながら敬意を表すために、私はカーテシーをした。
パッと顔を上げると凜々しく整った容貌の中にある、赤い瞳と目が合った。真っ黒い髪に、黒を基調とした服を着用している。
あら……どこか禍々しい雰囲気を持つ男性だ。なんだろう……ここから逃げ出さねばと、誰かから警告されているような……不思議な気配がした。
「俺は、ブライアン・ドライデンだ」
……はい! 『ドキデキ』の代表的な悪役、ラスボスだったー!!
こんな偶然……あり得ない……あり得ているけど。不気味な悪役ブライアン、こんなにも美形な男性だった!
「あっ……ブライアン殿下っ……申し訳ございません」
彼はエイドリアンの叔父にあたる王弟で、王族ではあるけれど、現王である兄に憎まれていてあまり城には居ない。
実はこの後すぐにブライアンが無実の罪で投獄されてしまう事件があるのだけど、私は獄中の拷問などでボロボロになってしまい包帯でぐるぐる巻きになり、ミイラのようになった恐ろしい姿しか見たことはない。
まあっ、素敵……こんなにも、美形な王弟だったんだ。
えっ……やだ。ブライアンったら、好みのタイプかもしれない。
私は正直曇りのない正統派王子様より、少し影のあるタイプが好きなのだ。
実はエイドリアンもブライアンや彼の手の者により多くを失い、今後影のあるタイプになるのだけど、今は明るく爽やかなだけの王子様という印象。
だから、私の好みで言うと、現在は断然ブライアンだった。
「ああ。こそこそとのぞき見していると思えば、信じがたいことに、伯爵令嬢なのか……あまり、不審な行動を取っていると、変な噂が立つ。見つけたのが俺で良かったが、今後は気をつけるように」
しかも、優しいー!! 注意と共に『今回は特別に、見逃してやる』って言ってるー!! 素敵ー!! 抱いてー!!
……そうだった。ブライアンは兄王に嫌われていて、投獄された上に片目や色んなものを失うことになるんだけど、その憎しみはまず兄王の息子エイドリアンに向かった。
だって、兄王だって最も愛する息子を喪えば一番悲しいでしょって事なんだけど……。
「あのっ……ブライアン殿下」
「なんだ」
立ち去ろうとした寸前、私はブライアンに声を掛けた。
「私……ブライアン殿下の、お妃に立候補したいです! はいっ!」
「……はあ?」
私は真っ直ぐ右手を挙げてお妃になりたい意思表明をすると、ブライアンは腹の底から出したような声を出した。
何よ。失礼な……私は花も恥じらう年頃の、そこそこ可愛い貴族令嬢なのに、喜ぶところでしょー!!
◇◆◇
王弟に当たる王族なのに、ブライアンには婚約者は居ない。居ないというか、不遇の立場にある彼には用意されなかった。
彼の母は偶然前王の目に留まった踊り子で、王の子を産んだ後も放置されて、妃内の虐めで亡くなってしまった。その中でもブライアンは逞しく育ち、今では辺境を守る騎士団長にもなっている。
本来なら彼の身分を考えれば王を守る近衛騎士団団長にもなろうというものだけど、ブライアンを嫌う兄王の企てで彼はいつも冷遇されていた。
そんな腫れ物のような立場にある男性と結婚したいと思う女性も少なく、ブライアンは二十五歳になっても未だに独り身。
今は八つ年の差があるけれど、私もOLをやっていた現代世界の年齢を考えると、ちょうど釣り合う。
となれば、異世界恋愛ものの醍醐味……好きだったヒーローを救う展開になるのでは!?
私は『本当に良いのか?』と何度か確認するお父様から、正式に縁談を打診してもらい、うきうきとして彼の返事を待っていた。
エイドリアンが好きだったと言えば好きだったんだけど、エイドリアンはヒロインシャロンと結ばれて欲しいの。公式カップルの邪魔はしたくないという、私の『ドキデキ』オタク心による希望。
シャロンに生まれ変われば良かったんだけど……正当ヒロインの邪魔をしてまでは、モブと結ばれてはいけない気がする。
「……本当だったのか?」
「何故……嘘をつく必要があるんですか?」
ブライアンの邸に訪れた私は、二人きりになり見つめ合ってそう問われ、質問を仕返した。
ブライアンは小説の中では悲劇のラスボスではあるものの、今はただの無愛想で不遇な王弟だ。私と結婚して頂いても、大いに構わないのでよろしくお願いします。
「わかっていると思うが、俺は今の陛下に嫌われている。今だ生きながらえているのが、不思議になるほどだ」
ブライアンは淡々とそう話し、ああやっぱりブライアンは自分の境遇は、把握しているのだと私も思った。
悲しい事だ。彼が何をしたという訳ではないのに。
私はエイドリアンとシャロンのカップルは好きだけど、あの二人は運命の二人なので、何がどうなっても結ばれることは確定している。
それに、主役二人は、確実に幸せになる。
エイドリアンは未来の王だし、シャロンは身分違いでもない伯爵令嬢だ。
私という不確定要素により、ブライアンがラスボスにならずとも、お互いが運命を感じているので、気がつけば勝手に結婚していると思う。そう言い切れる。
けれど、ブライアンに関しては、小説の内容を知っている私の助力なしでは、不幸になることは確実なのよ!
私にしかブライアンは救えないの!
不幸になるはずだった彼を幸せに出来るという満足だって、ここで得ることが出来るのだ。前世不幸だった私も幸せになります。ありがとうございます。
「それは、別に構いません! ブライアン殿下は私では不満ですか?」
「……そうとは言っていない。後になって話が違うと言われれば……ああ。了承しているなら良いんだが」
ブライアンは目を一瞬泳がせて、口元に手を当てた。
嫌がっていない? 嫌がってはいないよね? これは、私はありだという事ですか?
言い掛けた言葉は、話が違うと言われれば辛いという事です……? 私、そんな事絶対言ったりしないんで心配しなくて、大丈夫ですよー!!!
興奮して思わず鼻息荒くなってしまうところを、私は必死で我慢した。今は一人で部屋で、小説を読んでる訳ではないのよ!
いけないいけない。ここは人前だから、自重しなくては……鼻息止めたら息が止まりそうになって、私は何度か深呼吸した。
「私はっ……ブライアン殿下とっ……結婚したいです! 辺境での暮らしも、まったく問題ありません。大丈夫です!」
なにせ、前世は四畳ワンルーム三食コンビニ飯だったもので! 貴族っぽい暮らし出来るなら、何処でも大歓迎です!
「……君が良いなら、良いんだが……俺は王族とは言え、権力も何もない。兄王が在位中は冷遇されるだろう。それでも?」
「それでもです!」
力強く頷いた私に押され負けた様子で、ブライアンは微笑んだ。
その笑顔が……かっ……可愛い。これまで少し影のある表情だったけれど、もう堪らないくらい可愛い。結婚式の日が待てない……。
「そうか。本人がそこまで言うなら、構うまい。俺は一週間後には辺境に戻らねばならないんだが、また帰って来る時に婚約の話を本格的に進めよう」
「……っ……!! いえ!! 私、一緒に行きます!!!」
私は慌てて、手を挙げた。
だって、それって確か、ブライアンが陥れられるあの事件……エイドリアンを暗殺しようとしたと仕立て上げられる事件ではない? 時系列的に言うと、そうなのよ!!
その時には、ブライアンが完全悪役だと思っていたけれど、彼も兄王に陥れられていて、数々の悪事を重ねてしまっていたのではないかとエイドリアンは何年も経って気がつくのよ。
しかし、ここで私が防いでしまえば、エイドリアンとシャロンも幸せになるし、私もブライアンと幸せになります。皆、問題なく幸せになるのよ。ありがとう。
「しかし……君はまだ婚約していない状況だ。その状態で、俺と数日旅をするというのも……どうだろうか」
私の強い主張に、ブライアンは戸惑っているようだ。
わかる……わかるよ!! きっと今までブライアンの傍に居たのは上品な貴族令嬢ばっかりなのに、現代肉食女子みたいな事をされると戸惑いますよね。
けれど、ここはブライアンの未来に直結する話なのだ。身を引く訳にはいかない。
「私たちは、将来的に結婚するのです。旅行するのが未来の旦那様であれば、何の問題もございません。噂を流されようが、そのお相手がブライアンであれば責任を取ってください」
私が真面目な顔をしてお茶を飲めば、ブライアンの顔は目に見えて赤くなった。こんなことを言ってしまうとなんだけど、なんだか可愛い……私が居るわという気持ちになる。
「そっ……そうか。エステラがそこまで言うのなら、俺は別に構わない。出発する時は迎えに行くので、準備を調えておいてくれ」
「わかりました」
私はにっこりと微笑み大きく頷いた。こうはしていられない……ブライアンを救うために、私は時間を一秒でも無駄には出来ないもの。
◇◆◇
私はとある『暗殺者』が、王家の影を始末しているところを確認していた。
多数対一だとしても、黒い影は飛び回り、周囲の敵を薙ぎ倒す。
けれど、彼は殺しはしない。当分動けなくするかもしれないけど……『ドキデキ』の後半に出て来るサブキャラ、殺せないのに暗殺者一家の居るテレンスは、人並み外れた身体能力を持ち、誰よりも戦闘が強い。
長年特別に訓練されたはずの王家の影だって、易々と片付けている素晴らしい手並みには驚くしかない。
だから、エイドリアンと離ればなれになったシャロンを救ってくれたりもするんだけど……今は私のブライアンを救って欲しい。
ここで攫われてしまえば無実の罪で獄中で拷問を受け、すべての尊厳を踏みにじられるのよ。
別に無償労働と言う訳でもないし、ブライアンの窮地を救えるのなら、宝石のひとつやふたつ……安いものだわ。
任地である辺境に戻っているブライアンは、油断して攫われてしまい、気がつけば犯罪の証拠の残るアジトに放置。
そこに踏み込む、王都の騎士団。罪名は、王太子エイドリアン……王族殺しを企んだため。
獄中で人が変わってしまうほどのむごい拷問。酷いよね。半分とは言え、同じ血を受け継いだ弟なのに。
けど、ブライアンが攫われなければ、それは絶対に起こりえない。私がそれを全部防いでしまうので、王様は地団駄踏んで悔しがると思う。
私は王様の弱みだって握っているもの。いざとなれば、それを出すまで。
「エステラ……ここに居たのか。馬車から離れれば、危ないと言っただろう?」
夜間、私は人知れず護衛してくれるテレンスのお手並みを拝見していたんだけど、馬車の近くに焚かれた火からかなり離れてしまったようだ。
「……ブライアン様」
「ここは危ない……早く戻ろう」
危なくはない。だって、私が全部ブライアンが陥れられそうな罠は事前に取り除いておきますので。
それは、一生……言わないけどね。
「ええ。大丈夫です。ブライアン様が一緒なら、きっと大丈夫ですね」
だって、『ドキデキ』の世界、すべてを知り尽くしていると言っても過言ではない転生者に、弟ブライアンを狙う兄王が敵うはずなんて……ないんだもの。
私がにっこり微笑めば、ブライアンはまだ慣れない笑みを浮かべて頷いてくれた。
Fin
私の作品、看板勇者が『つぎラノ2024』にノミネートされております。良かったら活動報告、もしくはページ下部ご覧くださいませ!
お読み頂きありがとうございました。
もし良かったら、最後に評価していただけましたら嬉しいです。
また、別の作品でもお会いできたら嬉しいです。
待鳥園子