俺のアパートに幽霊(男)が出るんだけど、怖いんじゃなくてめんどくさい。
この小説に目を留めてくださりありがとうございます!
俺は、そこそこ名前の知れ渡っている動画配信者チームの一人だ。
やっていることはダンスだから、そっち方面に興味がある人しか知らないし、流行りのゲームとかモッパンとかしないから万人に受けているわけではないけど、ダンスを観に来てくれる純粋なファンとツンデレなアンチに囲まれて、生活に少し余裕があるくらいの暮らしができるまでになった。
動画配信を始めたおかげで、少しだけではあるが地域のイベントなんかに呼ばれてダンスを披露できる事も増えてきた。
今日も、名古屋でデパートの広場で踊ったあと、30分ほどメンバー全員が自己紹介がてら少し話すイベントを終えて帰宅したところだ。
イベントは想像以上に人が来てくれていたし、打ち上げで食べた名古屋の焼き肉が割と美味しくて大満足で帰宅した俺は、いつものように鍵を開けてアパートへ帰ってきた。
「たでぇまぁ。」
「おかえり。」
ちなみに、俺は一人暮らしだ。
なのにお帰りと聞こえてくるのは、ストーカーとか、彼女とかではなく、幽霊的なのが住み着いているせいだった。
「疲れたでしょ、お風呂入れるようにしてあるよ。」
これでこいつが可愛い女の子ならラブコメが始まってもおかしくないのに、残念ながら男だ。
そう、俺は実質見ず知らずの男と同棲している。
しかも、その幽霊が幽霊か疑うほど良いやつで、お祓いとか引っ越すとかまで踏み出せないでいた。
俺はつかれていたのもあって、幽霊に軽く礼を言ってから風呂へ入ることにする。その前におみあげを渡したら、「そんなの良かったのに。」なんて言いながらも、嬉しいのを隠そうともしないでリビングへ走っていった。
足はないのに、足音は走っていていつも不思議だ。
風呂へ浸かると、今日の楽しかった記憶が蘇ってくると同時に、幽霊の鼻歌が聴こえてくる。
相当、おみあげを気に入ったらしい。
そのうち鼻歌ではとどまらず、歌詞付きで歌い始めるし、絶対に作詞作曲幽霊であるとわかる意味不明な歌詞と単調な音だった。
俺は、一人の時間を一人でゆっくり過ごしたい派だ。
誰かとルームシェアなんか、本当は絶対に嫌だし、ストレスが普通よりかかる方だと思う。
でも、俺より前からこの部屋に住み着く?取り憑く?事をしていた幽霊にとっては、俺のほうが上がり込んできた新参者だし、幽霊は俺に害をなす気は無いから、俺のプライバシーやプライベートは大切にしようとしてくれていることが伝わっていたから、そこら辺のやつとの同棲よりずっとストレスは少ないだろうとも思う。
この幽霊はこうやって機嫌が良ければ歌うし、幽霊なのにトイレに入ってることがあるし、皿洗いの途中で手を滑らせ皿を割るなんてことをするので、幽霊が取り憑いてるというよりは、知らない男との同棲が近い気がしていた。
でも、幽霊だからか体は冷たいし、たまに何も無い壁とかじっと見つめているし、軽いいたずらしたりはしてくるから、怖っと思うことも多少ある。
それでも、生気を吸われてるとか、運気を落とされてるとかは全然なかった。
多分、悪霊的なものじゃないんだろう。
風呂から上がると、リビングのソファーに寝そべっていた幽霊が俺に気がついて、ゆっくりと移動する。
俺が疲れているから、ソファーを譲った気なんだろう。そういう優しさがあるやつだった。ソファーの上でお土産の包装紙をビリビリに破ってそのままにするような大雑把なやつだけど。
「今日のイベントは、動画にする?」
「まぁ、20分前後のダイジェスト的なやつにはしよっかなとは思ってる。」
「オッケー。」
幽霊は、俺のカバンから勝手にビデオカメラを取り出してパソコンに繋げ、映像を編集し始める。
この幽霊は、機械に詳しい。
動画の編集も俺より詳しく、慣れていた。センスは独特すぎるから、過度な編集はしないと約束させているけど、分からないことを聞けばだいたいすぐ教えてくれるし、最新の機械にも詳しくて、買うか迷っている客に説明しているのかと思うほど事細かに分かるまで教えてくれる。
俺が途中聞いてなくても、それに気が付かずに喋り続けるし、気がついたら少し拗ねるのでめんどくさいが、毎回毎回その態度を貫くので、やっぱり根っからの良いやつなんだろう。
この世は、いい奴が生きにくいらしい。
死因を聞いたことなんてないけど…。
でも、こんなに生き生きと?作業しているこいつを見ていると、自殺するような奴にも思えない。
人を恨んでる素振りも全くないから、殺人とかでもないと思う。
なら、どうして成仏的なことをできずにこのアパートにいるのか。
俺は本人に聞きもしないのに、ぼんやり考えながらソファーに体を沈めた。
さっきまであいつが占領していたのに、温もりがない。
俺にはそれが心地良いから、いい奴ではないんだろう。
「デパート〜買うものがいっぱいデパート〜結局買わずに帰るよデパート〜〜」
また、意味も何もない歌を幽霊が歌い出し、不覚にもふっと笑ってしまった。
そのまま目を閉じ、適当に幽霊の歌に合いの手を入れながら意識を睡魔に任せた。
鍵を閉め忘れても幽霊がかけてくれるし、ソファーで寝てもいつの間にかタオルケットがかけてあるし、朝無理に起こされることもないし、彼女じゃないから気を使わなくて良いこの生活を、慣れとも相まって俺は気に入ってきている気がしていた。
「寝ちゃったよぉ〜またソファーで寝ちゃったよぉ〜体を痛めちゃうのに寝ちゃったよぉ〜〜」
ワザワザ歌にしてくるめんどくせぇ幽霊は、歌いながらタオルケットを取りに行く。
問題は、彼女ができたらこいつをどう説明するかだ。
今のところ、その予定はないけれど。
主人公(男) 動画配信サービスにグループでダンス動画を投稿している。最近そこそこ知名度が広がってきて、時間の変わりに忙しさとお金を手に入れ始めた。幽霊に対しては害をなされないうちは別に何しててもいいくらいの認識。
幽霊(男)アパートの一室に住んでいる幽霊。妖怪ではなく幽霊。半透明だし足が目に映らないので幽霊だとわかるが、ホラーに出てくる感じの幽霊とは違い、暗い印象はない。
幽霊なのにいっぱい食べるし、トイレにも籠もる。でも何か出している形跡はない。