第9話 母と、父の好きなもの
母は、ある時、父に、何が1番好きなのか聞いたことがあります。それは、今後、その好きなものを多く作っていくということではなくて、父が求めているものを一度具体的に知りたいという気持ちで、意を決して聞いてみたのでした。
しかし、父の答えは、
「俺には、そんなことは、わからない。考えたこともない。今、食べたいものが、好きなものだ。今、食べて美味いと思ったものが好きなものだ。そんなこと、お前の方がわかるんじゃないのか。」
なんと、好きなものはわからない。いつも食べたいものは変わるから、答えられない、というのが、父の答えでした。
実は、父は、こんなに回りのみんなが公私共に認めるグルメでありながら、タバコを吸う人でありました。それなのに、料理の味付けや微妙な食材の味を敏感に感じ取ることができたのです。とても、喫煙者の舌とは思えません。これは、本当に父の生まれ持った舌の感覚なのでしょう。おそらく、父が最初からタバコを吸わない人であったなら、さらに、その舌の感覚はもっととぎすまされて、天才的な料理人となっていたかもしれません。
実は、自宅と会社は同じ建物の中にあり、その会社の事務所で、父は、昼間取引先と電話でのやりとりをしたり、会社を訪れる取引先の人とやりとりをしていたのですが、あることに気づいたのです。
毎日、様々な取り引きをしていても、日によって、忙しさも違います。すると、忙しい日とそうでない日は、タバコの本数もかなりの差がでてくるのです。つまり、忙しい日は、タバコを吸う本数も少なく、暇な日は、やたら本数が増えるのです。
そして、会社は夕方5時半には、ピタリと仕事は終わり、父だけ入浴を済ませ、7時には夕食になります。私も姉も、それまでには帰宅して、家族全員揃って7時に夕食になります。自営業でありながら、こんなに早い時間に、それも家族全員が揃って、毎日夕食をとる。これは、知り合いや友人から大変珍しいと言われていました。
母は、父の鉄則通り、おかずは必ず5品用意しますが、食事の用意は30分で5品をあっという間に作っていました。その時によって、ものすごく手の掛かるおかずであっても、だいたい1時間はかかりません。いつも、あまりに早いのでどんな作り方をしているのか見たことがありますが、たとえば、肉を焼いている時のほんの1分ほどの合間に、別のおかずを作っていたり、他のおかずのための下ごしらえをしていたり、揚げ物の揚げている30秒ほどであっても、その間ただ待っていることはないので、止まっている隙はありません。なんという手順の良さでしょうか。
この次は、どれをどのくらいやって、その間、別のおかずを1分間こうするなどというように時間に隙間なく、手順をあらかじめすべて頭に入れている上で最後まで終えるのです。えーと、次にどうするかとか、そういう動作は見当たらず、もちろん調味料や、味付けの量などは、以前お話ししたように味見をしないでできるので、途中で味見をしながらの味の調整もないので、味付けは一度でドンピシャリ決まります。なので、時間はどこまでも短縮できるのです。
さらに、揚げ物や焼くものもそのおかずによって、どのくらいの時間かもだいたいわかるので、作業の流れは見事にスムーズなのです。そのせいか、母から、料理を教わるのは初心者にはハードルが高すぎて、ある程度までできる人でないと、とてもついていかれないのです。姉もけっこう料理は上手でしたが、母から習うのはなかなか上級者向きで大変だったようです。
たとえば、ここで、この料理は、こういう処理をする、ということがあるのですが、それは何のために行なうかをよく理解できないとやり方を間違えたり、充分にできなかったり、ということが手順の中であるようで、素人のやり方を超えていると、姉はよく言っていました。
いよいよ、夕食ですが、家族全員元々そうなのですが、父も、食事の量はあまり多く食べません。本当に、全員少食で、自分はある程度の年齢まで気がつかなかったのですが、他の家は、うちの2倍以上は食べるので驚きました。うちは、ご飯の炊く量からして、人の家の半分以下でした。
また、それにも増して、月に何回か、父の食事の量がさらに少なくなる日があります。それは、昼間、仕事が忙しくなかった日のことなのです。つまり、父のタバコの量が増えて、少し食欲がなくなっている。母も、そのことには気づいていて、夕方近くになると事務所の灰皿を確認して、極端に喫煙の量が多い時は、おかずの内容などをそれに合わせて調整していました。それと、その日には、もう一つ準備することがあります。
ある日の夕食の時間、父は、あまり食が進まない。早くに食事を切り上げて、テレビに見入っています。私と母と姉の3人は、普通に食事を済ませると、後片付けをして、3人は順番に入浴すると、母は台所で、少し用事をしています。
テレビを観ていると、時間も10時を過ぎた頃、父が、
「おい、茶漬けでも食おうか。」
すると、母は、待ってました、とばかりに、
「今、準備しますね。」
そう答えると、ものの10分もたたずに、準備が出来ました。
そうなんです。タバコの量が多かった日は、夕食の進まなかった父は、必ず遅くなってから、お茶漬けを食べるのです。
母は、事務所にある灰皿の様子を見て、だいたいの予想をつけて、そのための支度もしておくのです。その時のおかずは、5品はいりません。3品くらいで、いつも作るような凝ったメインのおかずではなく、佃煮とか、あとは箸休めのようなおかずと、母の得意とする絶品の漬物です。
ここまでの用意はかんたんですが、そのお茶漬けのお茶の入れ方が難しい。濃すぎても薄すぎてもいけない、熱すぎてもぬるすぎてもいけない。
食卓に準備ができると、父の表情がパッと明るくなります。母がご飯をつけた茶碗に、お茶を注いでいきます。
お茶が満たされるや否や、父は、すぐにお茶碗を取り、まずはお茶をほんの少しだけ、ずずっと飲みます。ふうっ、とため息をついて、ほっとしたような表情になると、おかずをとりながら、ザクザクとお茶漬けを少しかき込みます。
そして、一度手を止めて、一休み、ほっとしたような表情に続いて、美味い、という顔をして、こんな嬉しそうな父の顔を見たことはなかなかありません。そして、毎食の時にはないくらいの早いスピードでお茶漬けを平らげます。そして、また、ほっとしたような、実に満足げな顔をして、食事が終わります。
父は自分では気がついていないようですが、母は、これが父の、何よりの大好物なのだと気がついていたのでした。昔、大正、昭和の時代に、天皇陛下のために宮内庁の総料理長を務めた秋山徳蔵氏が、料理長としてそこまで昇り詰めた人なのに、1番好きなものは、妻の作るお茶漬けだというのを聞いて、正に父も同じで、やはり極めると1番シンプルなもの、原点に行きついてしまうというのがとても不思議で、自分のヨガ研究でも、結局、何万種類という数多いヨガのポーズで1番大切なのは、死骸のポーズだと気がついたことと、とてもよく似ていて、それが究極の妙と感じています。
父は、自分が多くの外食先から母に学ばせた料理を、食べているのですから、それはそれで美味しく食べているのですが、この、夜食のお茶漬けは、ただの、味以上の何か満足感を得られるもののようで、父がこだわりにこだわって見つけたお茶の葉で入れたお茶漬けは、味だけでなく、何か心までリラックスさせる、父が究極的に好きなものなのでしょう。
しかしながら、このお茶漬けは、なぜかタバコを吸いすぎて、食欲がわかなかったあと食べることがほとんどで、決して毎食の食事では要求されないという不思議なメニューで、それ以外で食べるのは、せいぜい一年に2、3回なのです。また、この、父が好むお茶漬けに、母がたどり着くのも大変だったようで、父の合格点をもらってから、このように時々食べるようになったのです。なんとまあ、本当に、父の食についてのこだわりは、面倒臭いのか、とてもついていけない。私と姉が、そう母に言うと、母は、ただ笑うだけでした。