第7話 母と、友人の母
中学生の頃、同級生で、いつも母の作ったおかずを取りにくる友人がいました。彼は、いつも母のおかずを絶賛してくれて、羨ましいと言っていましたが、彼はお母さんに、母の作るおかずをいつももらっていることを話すと、いつももらってばかりで申し訳ないから、今度夕飯をご馳走するから、私に自宅にきてほしいというのです。
しかし、彼自身は、本当は、恥ずかしいからきてほしくないというのです。そして、その理由を聞いてみると、彼のお母さんは、とても破天荒な人で、彼の家の食事の内容は、実に変わっていて、驚きを隠せなかったのです。
まず、彼の家の朝ごはんですが、その朝食は、メニューがとんでもなくて、今朝何食べてきた?ときくと、普通なら、パン食か、ご飯なら卵焼きやのりや納豆、そんな感じですが、彼の家は、なんと、すき焼き、とか、天ぷら、ステーキ、カツ丼など、普通に夕飯で食べるメニューなのです。彼の家は、両親とも、朝はこれから1日しっかり頑張るために1番栄養をつけないといけないという主義だそうで、きちんとおかわりまでして、がっちり食べることをモットーとしているのだそうです。
むしろ、今日一日終わって、あとは寝るだけだから、夕飯は軽いものでいいというのです。ある時などは、今朝何食べた、と聞いたら、なんと焼き肉だったというので、まさに開いた口が塞がらない。しかし、実は、彼が本当に困っている問題は、朝食ではなく、料理のことでした。
彼が言うには、お母さんの料理は、まあ普通よりはまあまあ美味しい方だと思う、ということなのですが、変わった料理が多くて、例えば、中でも変なのは、焼きそばチャーハンというもの。麺を短く切って、焼きそばにしてご飯と合わせて炒めるという、見た目が真っ茶色だし、短く切った麺とご飯の混ざったものがなんとも見た目が気持ち悪い。味はけっこういけるらしいのですが、ご飯と麺が混ざったものが、ちょっと違和感のある食感で慣れるまでは、率直に美味しいとは言えないらしい。
そんな、彼のお母さんの創作料理が、なんだかいまひとつのものばかりの不思議なものだそうで、自分がお邪魔したら、どんな目に遭うかわからないから、きてほしくないというのです。
実は、他人の家庭料理は、これまで一度も食べたことがないのですが、美味しくないのかもしれないけど興味深いし、母も、ご馳走になって感想をぜひ聞きたいというので、行くことにしました。
いよいよ、土曜日に午前で授業が終わり、一度帰宅して、着替えたのち、彼の家へ。なんだか、思っていたよりも、洋風のお宅で、彼の家は都内に近いので、やはり都会っぽいなと思いながら、お邪魔しました。
なんか、気さくな感じのお母さんが出迎えてくれて、
「いらっしゃい。よくきたわね。なんだか、いつも息子がお昼をご馳走になっちゃって悪いわね。なんか、お母さんって、お料理すごくお上手なんですってね。いつも息子から、毎日、食べたものの報告をきいてて、いつもその話しばっかりで盛り上がってたのよ。羨ましいわ。あたしも食べにいきたいわよ。」
矢継ぎ早に、まくしたてられて、恐縮して、こちらは、言葉もでてきません。
「ど、どうも、おじゃまします。」
夕飯まで、ひとしきり彼の部屋で雑談。
そして、いよいよ夕飯です。彼の家族が全員、勢揃いで、お父さんとお母さん、それと彼と妹がいました。さてさて、どんな料理がでるのか、怖いもの見たさもあり、ドキドキして、食卓につきました。
すると、大きな盤台が真ん中に。大人数人分のお寿司です。そして、手作りの唐揚げに、煮物にサラダ、あとは、インスタントのお吸い物は、お椀にインスタントのお吸い物の袋がそのまま入っていて、笑いました。これが、お母さんの破天荒なところでしょうか。
意外に手作りのものは少ないのだなと思いましたが、あとで知ったのですが、一般的に、人がきた時の食事のおもてなしというのは、このように、お寿司とかピザのようなお店のものをメインにして、少し手料理を添えるというのが、けっこう定番らしいのです。まあ、手間もかかるし、味の面でも間違いないですからね。納得しました。
手料理を期待していたので、肩透かしといったところでしたが、まあ、お寿司なら味は間違いなく、美味しく頂きました。他の手作りメニューは、まあ普通でした。食事の最中は、母の料理の話題ばかりとなり、自分のことはほとんど話題になりませんでした。それに、この食事会の本当の目的は、彼のお母さんがいつも彼から聞いている、母のおかずについてで、例えば、お弁当の唐揚げや天ぷらが、時間がたっているのに、どうしていつまでもサクサクしているのかとか、天ぷらや揚げ物が油っぽくないこと、入っている炒めた野菜がしなっておらず、サクサクしているのはどうやっているのか、温かくないと絶対に美味しくないものがどうして冷たくなってもそんなに美味しく食べられるのか、などなど、その他、お母さんから、たくさんの質問の嵐でした。すると、お寿司をご馳走になりながら、時間の半分くらいは、質問をメモをとるのに忙しかったです。どうやら、これが1番の食事会の目的だったようでした。
あとは、家では母はどんなものを作るのかとか、ほとんどがうちの料理の話しです。
食事が終わって、デザートは買ってきたケーキで締めくくると、食事会も終わりです。
「また今度いらっしゃい。」
そう言われて、次はあるのかなと思いながら帰りました。
帰宅して、感想を待ち兼ねた母は、メニューの内容にちょっとがっかりしていましたが、たくさんの量の質問には、喜びすぎてテンションが上がり、その夜は、その質問コーナーの母の答えを書くのに疲れました。というのも、自分は料理のことはまったくわからないことと、母はこういう説明がとんでもなく下手なのとで、なかなかかみあわず、聞き方も書き方も難しい。
とんでもなく、すべての回答が終わり、改めて驚いた点で、ちょうどよく食べ頃になる時間を計算した上での作り方や火の通し方など、少し手間のかかることもあり、いやはや、母の料理のすごさは、わかってはいましたが、改めて驚かされました。これは、ただの才能ばかりではなく、本当に努力のたまものだと思い、日々のお弁当に、もっと感謝して食べようと思いました。
後日、その回答を、これは秘伝だからお金とるよ、と冗談を言いながら彼に渡すと、とても恐縮しながら喜んでいました。そして、彼のお母さんは、それを見て、その驚きは、相当なものだったようで、とても手間のかかるものもあり、全部は、真似できないと言っていたそうです。しかし、それを聞いた母は、料理を美味しく作るには、とにかく手間が第一よ、と言っていました。