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第4話 母と、天才的な舌

私の実家のあるところは、中華街にも車でかなり近いところにあります。

そもそも、父は、会社を小さいながらも経営していて、様々な穀物を扱っていて、中華の調味料も扱っていました。


そして、中華街の多くのお店にも中華調味料を卸していたことから、私が生まれる前から行きつけのお店が2軒あり、中華街には月に何回も家族で外食していました。その中でも、1番の行きつけのお店は、前々回書いた、排骨麺をだす名店で、家族4人でも、一食3、4万円はかかる。うちは、かなりの常連で、特に親しくしていた女主人には、時々、デザートをサービスしてもらったり、中華街の駐車場の駐車券をたくさんもらったりと、けっこう親しくしておりました。


しかしながら、ある時、こんな事件が起こりました。料理を注文して、父の頼んだ、いつもの排骨麺がやってきました。食にうるさい父は、そのお店で、食事が終わったあと、事あるごとに、この料理はもっとこうした方がいいとか、こういう料理をやった方がいいとか、本当にひどい時などはこの料理はまずかったとか、ひどい余計なアドバイスというか、けっこう失礼なことを言うので、家族は気まずい思いをしたものです。


しかしながら、この日は、排骨麺のスープを一口二口飲むと、すぐさま、女主人を大声で呼びました。


「おーい、ママさん!ちょっと来てくれーっ!」


私と母と姉は驚いて、また、なにか、クレームでもつけるのかな、それも、今日は、食べ終わってからではなくて、まだ料理が全部来ないうちに、とは、やれやれ。


父の排骨麺がきただけで、呼ばれた女主人は、あせりながら、やってきました。


「おいっ、今日は、いつもの料理長はどうした。なぜいつもの料理長はいないんだ。」

すると、女主人は、その発言に驚き、焦りながら、

「あらっ、ごめんなさい。実は、今、中国に帰っていて、その間、副料理長が代わりにやってるのよ。でも、料理長とほぼ同じ味がだせるからと、料理長から安心してまかされているのよ。でも、どうして変わったのがわかったの?」


すると、父は、

「そんなもの、一口食べれば、料理人が変わったことくらいすぐにわかる。ここには、みんな、料理長の絶品料理を遠くから高い金を払って食べにくるんだぞ。それをこんなごまかしをするなんて、どういうことだ。俺は、こうして言ってやってるが、他の人たちは、そうはいかんだろう。一口食べて、料理の味が変わったと気づけば、店には何も言わずに来なくなるだろう。料理長が帰るまでに、みんな、来なくなってしまうぞ。それでもいいのか。」


「本当にごめんなさい。急いで連絡して、すぐに戻ってくるように伝えます。本当にごめんなさい。これから、気をつけます。」

「わかればいいんだ。こんないい店が、こんなことしちゃいけないぞ。これにこりて、味にはもっと気を使ってくれ。たのむぞ。」


父と女主人が話している間、私は、試しに排骨麺のスープを飲んでみましたが、まったく味はいつもと同じでした。姉も試したいと言いだして、スープを飲みましたが、やっぱり同じよね、という。しかし、母がスープに手をつけると、

「これは、いつもの味じゃないわね。」

と、とんでもないことを言い出しました。


「ただ、別に、味が落ちたわけではなくて、いつもとちょっとだけ味が違うだけだし、いつも食べてる人が、味の違いがわかっても、文句を言う人はいないでしょう。お父さんは、きっといつもの味付けの方が好きなだけで、これじゃない、と言いたいのよ。この違いがわかるなんて、めんどくさい舌よね。それに、他の人たちは、たぶん食べても誰もわからないと思うわ。」


父にひたすら謝って、困ったような顔をした女主人は、そそくさと厨房に戻って行き、しばらくして、料理を一品持ってきて言いました。


「本当に、ごめんなさい。せっかく、食事にきてくれた早々に、嫌な思いをさせてしまって。これは、私から、お詫びの気持ちなので、どうか召し上がって下さいね。本当にごめんなさい。」


すると、母は、

「大丈夫ですよ。父も悪気はないので、ただわがままなだけですから。私も、今、食べてみましたけど、やっぱり味が違うわね、あっ、でも大丈夫。全然、美味しいですから。気にしないで下さいね。」

「奥様、いつも、かばってくださって、ありがとうございます。でも、奥様にも、味が違うのわかったのですね。すごいです。信じられない。これがわかったなんて。私も言われて、さっきスープを味見してみたけど、あまりわからなかったです。経営者がわからないなんて、恥ずかしい。」


すると、父が、食事の手を止めて、

「そうだ。経営者が、この程度の味の違いがわからないなんて、失格だろ。」


すると、母が、それを、さえぎって、

「もういいじゃないですか。ママさんも、これからは気をつけるというのだから。それに、ママさんは、料理人じゃないんですから、仕方ないわよ、経営者は、料理を作る係じゃないですからね。そうでしょう。」

「まあ、それはそうだが。もっと、勉強はしてほしい。」

「そうですね。もっと勉強しますよ。」

「お父さんだって、そうは言っても、その排骨麺、そのまま食べてるじゃないですか。不味いわけじゃないでしょ。」

「いや、せっかくだから、もったいないから、食べてやってるんだ。この味は、ダメなんだ。」

「まったく、どこまでも頑固なんですから。ママさん、大丈夫。そこまで、嫌なら絶対に食べませんから、これは大丈夫。」

「ありがとうございます。でも、ご主人の言うことは、本当に勉強になりましたよ。これからも、宜しくお願い致します。」

「まあ、せっかくだから、これからも来てやるか。」


母は、呆れ顔で、すまなそうに、ママさんに頭を下げるのでした。

ところが、この話しには、実は、さらにもっと驚くことがあって、母が排骨麺を最後に食べたのは、おそらく何年も前で、父よりもはるかに前だったのです。何年も前に食べたのに、その微妙な味の違いがわかったということです。ということは、実は、母の舌は、父を超えているのかもしれない。


この時から、女主人と店の料理長の、父に対する見方が俄然変わり、一目置くようになりました。そして、率先して、父に料理のアドバイスを求めるようになりました。うるさいながらも、父のアドバイスは、的確なものだったので、最初は嫌な顔をしていた女主人も、父の的を得たアドバイスに感服して、ついには、新しい料理を作ると、その試作品を必ず父に食べてもらい、感想とアドバイスをしてもらい、作り直してから、新メニューにするということになっていました。父は、それをとても楽しんでいたようでした。今なら、そんなうるさい客は出入り禁止になったと思いますが、やはり時代を感じますね。


そんなことから、中華料理のレパートリーもどんどん増えていきました。


それに、他のレストランや飲食店でも、その要求は繰り返されていき、父は、いい気になって、時々、明日は東高飯店の、牛肉の味噌炒めにしてくれ、とか、いいように母に要求していました。


こうして、母は、父の身勝手な食のこだわりによって、気がつかないうちに、料理の腕が常識を超えたレベルへと上がっていき、ただ料理を作ることだけでなくて、味に対する感覚なども磨かれていくのでした。そして、その特訓は、母にとって、必ずしも嫌なことではなくなっていくのでした。


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