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第26話 母と、最後の話し、、、エピソード最終話

時はすぎて、母は50才になろうかという頃、私は大学生になっていた、ある日のことです。うちの会社の事務所に、スーツを着た紳士が訪ねてきました。年の功なら50代半ばくらいの男性で、いかにも貫禄のある感じでした。事務所には、父がいて対応しました。


すると、

「こんにちは。私は、佐藤商事の佐藤透と申します。宮本さんですよね。」


父は、その人のことがわからない。

「そうですが、私はあなたを存じませんが。」

「そうですよね。失礼しました。こんにちはというより、はじめましてですね。私は、あなたが、20代の頃、勤めていた会社(祖父の会社です)の取引先の会社、佐藤商事の当時の社長、佐藤弘の長男、佐藤透で、現在、後を継いで社長をしています。」


それを聞いて、最初、怪訝そうな顔だった父も、少し気持ちがほぐれた表情になりました。

「そうでしたか。しかし、失礼ですが、私は、あなたのお父さんとは一度もお会いしたことはないし、会社の名前も、実は今、聞くまで知らなかった。その2代目の社長さんが、また、こんなところまで、今日は、どんなご用ですか。」


父には、今日、ここに30年振りに父を訪ねてきたわけがわからない。

「実は、あなたの奥さんとは、当時、父を通じてお会いしたことがあって、最近、ふと懐かしくなって、突然来てしまいました。」

「そうでしたか。家内に用が。今、奥にいますから、ここじゃあなんですから、どうぞお上がり下さい。今、呼びますよ。」


大声で、母の名を、何度も叫ぶ父。すると、奥から慌てて出てくる母。

「どうしたんですか。そんな大声を出して。」

父は、母に用事がある時は、面倒くさいのか奥に呼びにいかず、事務所から、よく怒鳴っていた。しかし、その時は特に聞こえなかったのか、いつも以上に大声を発していた。


「この人は、誰だかわかるかい。」


父は、母と会ったことがあるというので、佐藤さんの名前を言わず、当てさせようとした。父は、時々、見た目に似合わず、場をわきまえずにくだらないことをやる時があり、この時も、来客だというのに、母に、そんなクイズを出したという。


「えっ、そんなこと。お客様に失礼じゃないですか。ちょっと存じませんけど。どちら様ですか。」

と、言いつつ、母は、あーっ、という表情に、

「あ、あのーっ。ひょっとして、、、。」


はるか昔の記憶が蘇りそうになるが、名前など、そこまでの記憶ではなく、

「ひょっとして、かなり昔、どこかでお会いしましたか。でも、すみません。お名前までは、、、。」

「無理もないです。食事会で一度お会いしただけですからね。それから、30年以上です。無理もない。」

すると、すかさず、父から

「取引先の会社、佐藤商事の当時の社長、佐藤弘さんの息子さんの佐藤透さんだ。」


驚きの母、

「あらあ、お顔は思い出しました。こんなにご立派になられて。みちがえましたわ。」

「いやあ、あなたこそ、当時とお変わりなく、お綺麗です。」

「とんでもないです。もう、若くもないし、お恥ずかしいわ。」

「せっかく、来てくれたんだ。どうぞあがって下さい。2人で、積もる話しもあるでしょう。」


父は、そう言うと、2人をおいて事務所に戻っていった。

「だけど、ここにいることがよくわかりましたね。でも、考えてみれば、こちらに来られるのでしたら、とっくに来られてもおかしくないのに、どうして今、来られたのですか。また、私とは、たった一度しか面識がないのに、あなたが来られたというのも、正直驚きました。」

「そうですよね。無理もないです。その頃からのことを、最初からお話ししましょう。」


そう言うと、佐藤さんは、遥か30年以上も、記憶を遡り、話しを始めました。そして、以下が、当時の母が家出をする前からの記憶と合わせた話しとなるのです。


 祖父の会社にいた父は、たまたまみた、母のことを一目惚れしてしまい、とりあえず、一度なんとかデートをしたいと思っていました。母は、高校を卒業した頃、大学へと進みたいと希望していましたが、その当時、女性が大学へ進学することというのは、今ほど当たり前ではない時代でした。


そこで、祖父は、女性は学問なんて必要ないと日頃からの口ぐせで、その上、女性は頭が良くなると、ろくなことはない、とまで言う、心底、女性蔑視をしていました。もちろん、進学の費用などの問題ではなくて、ただ進学させないの一点張りで、母は、卒業後、何もせずに、また、何か家事などを教え込まれることもなく、退屈な日々を送っていました。


そして、そんな生活の中、父は、たまたま、祖父に用が会って、時々会社に来た母と会い、デートの申し込みをしたのです。ところが、どこに行くにもお抱え運転手付きの車でしか外出をしていなかったので、父とデートをするかどうかを決める以前に、外の男性とデートすることなど不可能だったので、そのように理由を話して、丁重に断ったのでした。


 しかし、父は、自分とデートをするのが嫌で、そんな言い訳をして断ったのだ、と思い、決してあきらめないと決心して、時々、会社に来る母を見つけては、デートの申し込みをしていました。しかし、母は、もともと父には興味はないし、何回も会いにくるので、どうしようかと思っていたところ、その、たまたま会っているところを社員の1人に目撃をされて、そのことが祖父の耳に入ることとなったのです。それを聞いて、祖父は、母がおとなしく家にいると思ったら、会社に来ては父と会っている、と勘違いして、また、まだ未成年で何も知らない母に、父がちょっかいをだしていると激怒してしまいます。


そして、祖父から、すぐに呼ばれた父は、改めて母との交際を申し出ますが、さらに祖父の怒りを買い、解雇されてしまいます。そして、母も父と会社で密会をしていたと怒られますが、いくら誤解だと話してもわかってもらえません。そのことを機に、母は祖父に対して反発するようになり、祖父も母につらく当たるようになりました。


そして、祖父は、母を、このままここにおいてもろくなことはないと思うようになり、多くの取引先の会社の社長さんたちから、ぜひうちの嫁にと言われていたこともあるので、もう嫁がせてしまおうと勝手に嫁ぎ先を決めてしまったのです。そして、いきなり、祖父に呼ばれた母は、もう結婚相手は決めているから、来月、嫁に行けと宣告されたのです。


 突然、勝手に結婚相手を決められて、急に嫁げと言われた母は、その祖父のあまりに、その身勝手な発言から悲しみは頂点に達して、もうここにはいられないと、後先を考えることもなく、家出してしまいます。


 そのことを知った祖父は、嫁ぎ先の取引先の会社の社長に会い、謝罪をすると、その社長から、それなら、警察に連絡をして、捜索願いを出しましょうと提案をされますが、うちの会社に変な噂がたつのを嫌い、それだけはなにがあってもやめてくれと頼みます。それに、自分の父親の言うことも聞けない娘は、もううちの娘ではないと、取引先の社長さんに伝えて、娘が嫁ぐ話しは、もうなかったことにして、警察だけはやめてくれと改めて言ってきました。


 そして、ちょうど、そのひと月前に、会社の食事会で、佐藤商事の当時の社長、佐藤弘の長男、佐藤透さんが、母と初対面で会う機会がありました。母は、まだ大学卒業を目前にしていた若い頃の佐藤透さんと初めて紹介されて少し話しをしましたが、その時、佐藤さんは、母に一目惚れをしていたのです。そして、食事会以降、佐藤さんがなんとか母と再会を願っている最中に家出されてしまったのです。母が家出したことを聞いた佐藤さんは、やはり警察に頼みましょうと祖父に話しをしますが、相変わらず、あれはもう娘ではない、と、警察にも行かないし、探さないでくれ、と佐藤さんにも強く言いました。


 しかし、母に一目惚れをした佐藤さんは、会社に内緒で母の行方を探します。そして、改めて、戻ってくるように説得をして、自分との交際を申し込もうとしたからなのです。すると、数ヶ月後、やっと行き先をつきとめて、父の家に行ったことを知ります。そして、やっと父の家を見つけて、早速訪れますが、外から、甲斐甲斐しく家事をする、もうすでに父の元に嫁いでしまった母の姿を見たと言います。母の行先もわかり、訪問までしていましたが、決して探すな、と言われていた佐藤さんは、祖父には、母の行き先が見つかったことについて話すことはできませんでした。しかし、警察には行かなかったとはいえ、実は、こっそりと母の行方を探していた祖父は、その一方で、とうとう探し当てることまではできませんでした。ここは、本当に運命のいたずらなのでしょう。


 そして、その後、30年からの時が過ぎて、佐藤さんは、母を訪ねてやってきたのです。


「あの食事会で初めてお会いして、実は、私は、あなたにお会いできたのが本当にうれしかったのです。」


「私も、あの時、佐藤さんにお会いできて、とてもうれしかったです。高校を卒業して、私は父から、進学もやめさせられて、どこかに勤めることもできない、友達もいない、外出するにも運転手付きの車に乗って、行って帰るだけの往復で、毎日、息が詰まりそうでした。そんな中の会社での食事会での、久しぶりに年の近い佐藤さんとのお話しは、時間がすぎるのも忘れて、とても楽しい時間を過ごしましたわ。」


「私は、実は、あの時、あなたに一目惚れしてしまったのです。そして、食事会の後、なんとかもう一度あなたにお会いしたいと、思っていたのです。しかし、あなたは、突然、家出してしまった。私は、なんとかあなたを探し出して、今度こそ自分の気持ちを伝えて、交際を申し込みたかったのです。もちろん、結婚を前提として。」


「でも、本当に、それは、私も残念でした。今、正直言いますと、実は、私も、佐藤さんに初めてお会いして、好意をもってしまったのです。でも、それは間に合わなかったですね。その後、すぐに、私は、父から勝手に決められた相手と無理矢理結婚させられるところだったのです。そんな理不尽なことってありますか。その時、私は、家を出ることしか選択肢がなかったのです。」


すると、佐藤さんの口から、思わぬことが、

「その、結婚相手とは、実は、私だったのです。ある日、父から、突然、来月、あの会社の娘さんと、結婚しろ、と言われて。その頃、来月、自分は、大学を卒業して父の会社に入社する予定で、入社と同時に世帯を持って、次期社長になるために勉強しろと言われました。そして、その話しから、相手があなただと聞いて、本当に驚いて、信じられないくらいうれしく思ったのですが、それでは互いに無理矢理結婚するようなものだから、相手の気持ちもわからずに、結婚するなんて申し訳ない。改めて、あなたに結婚を前提に交際を申し込みたい、そして、交際を重ねて、うまくいけば結婚することになるのだし、そうでなければ、あなたに失礼になると思ったのです。


しかし、父も、あなたのお父さんも、とても聞き入れてはくれず、とにかく来月結婚しろ、とのことでした。そう言われた矢先、あなたが家出してしまい、破談になってしまいました。しかし、今、聞けば、あなたも、私のことを思ってくれていたなんて、、、。」


佐藤さんは、そう言うと、黙ったまま、しばらく上を向いていました。


すると、母は、

「うーん、と、そうですね。だけど、私も、当時は、まだ子供でしたからね。まだ、愛とか恋とかは、よくわかってなかったかもしれないですね。今となっては、もう全然、後悔もしてないし、これでよかったのかもしれないですね。. . . . .。あのう、、、。佐藤さんは、ご結婚されて、お子さんもいらっしゃるんですよね。」


すると、ため息をついて、佐藤さんは、

「はい。妻と、子供は、長男と長女が1人ずつで、長女はこの間嫁いだところです。」

すると、すかさず、

「あらあ。それは、よかった。よかったです。それでは、ちょっと事務所も忙しそうですから、そろそろ失礼してもよろしいですか。」

「ああっ、そ、そうですね。突然、お邪魔してすみませんでした。」

「いえいえ、とんでもないです。今日は、遠くから、わざわざ来て頂いて、本当に、ありがとうございました。」

お互い、急に話しが途切れて、切り上げることになり、

「では、お元気で。」

「では、お元気で。」


お互い、同時に挨拶を交わして、実は、母は、どうして、今頃、急にここに来たのか聞くつもりでいましたが、もう、その気も失せてしまいました。そして、佐藤さんを笑顔で見送った、その母の目には、涙が光っていました。

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