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第24話 母と、無謀な挑戦

母には、とりあえず1つの目標がありました。父は、魚が大好きで、肉も好きなのですが、肉は固いのが苦手です。もちろん、誰でも固い肉はいやだと思いますが、それが極端なのです。だから、肉は厳選して買わなければならない。会社経営も成功して、乾物屋の頃より、家計もかなり楽になってきたとはいえ、高価な肉をいつも買うわけにはいきません。


父は、食事にかかる予算とかは気にしない人でしたが、母の気持ちとしては、高い食材を使えば美味しくなるのは当たり前だし、節約したいというわけではないですが、あまり、毎食無駄にお金をかけたくないという思いがありました。ステーキのような大きな肉を使う時以外は、普通程度の肉を買って、肉の繊維を見切って、肉全体に絶妙な隠し包丁を入れます。すると、本当に柔らかく食べられるのです。


それに、料理の仕方で、肉を柔らかくすることもやっていました。しかし、高い肉と違って味は?ということになりますが、その頃には、母はかなり腕を上げていて、どんな食材であろうと美味しく作っていて、その味付けは、実に素晴らしいものでした。おそらく、その頃は、もう父の食に対するハードルを少し越えていたように思います。

食材などにあまりお金をかけずに、感動するほど美味しいものを作ること、これが一つの目標で、徹底して追求したいようでした。


そして、もう一つ母が成し遂げたこと、それは、

母曰く、食事を美味しく食べるためには、嫌いなものや嫌いな食材があっては、それも時々叶えられません。父もグルメ気取りでも、嫌いなものは食べられません。自分も姉も好き嫌いはありましたが、しかしながら、母だけは、この世で嫌いなものはないということでした。


母は、この点について、かなり取り組んでいました。私と父と姉が嫌いな食材を見た目の形を変えたり、その食材の持つ独特なくせを味付けで変えたりして、母が作る時限定ではありますが、家族みんな食べられない食材はほぼなくなったように思います。母の食に対する挑戦は相変わらず、すごいものがありました。


そして、実は、もう一つ。実は、これが、すごい。

ある日、夕飯の時間になりました。今日のおかずの一つは、つくねです。これは、子供も好きなのでよくでてきますが、どうみても父もわりと好きなものではないかと思われるのでけっこう作ります。父がおもわずパクっと食べると、なんだかいつものとは違うような味付けで、父は一瞬止まりましたが、ただ、これも、新しい味付けかと、父なりに納得したようで食べ続けました。それはそうですね、だって、味付けが変わったからといっても、味はいつも、ものすごく美味しいことには間違いないのですから、美味しくないとか、食べるのに躊躇することなどはあり得ません。それを見ていた母は、ちょっとホッとしたような表情をしました。私と姉も、もちろん大好きで、美味しく食べました。


実は、ここが母のすごい料理マジックです。このつくね、実は、つくねではなくて、ハンバーグだったのです。いつもよりも、大きさを小ぶりにして、味付けをほんの少しだけ和風にしてあります。肉の食感は、つくねもハンバーグも似ているので、いつものハンバーグよりもほんの少しだけつくねよりにしてあるとはいえ、これはハンバーグなのです。母の生み出した、父への、和風の洋食料理第一号でした。


つまり、母のもう一つのこととは、これまでの人生で最大に困難を極める挑戦でありました。それは、父に洋食を好きになってもらうことでした。これほどまでに、食にこだわり、味付けや料理法の微妙なことも食べただけでわかってしまう父なのに、洋食が嫌いだなんて、グルメの世界の半分以上は捨ててしまっていると、母は強く感じていました。そこで、これはなんとかしなければと一念発起、母は決心したのでした。それからというもの、時々、和食よりの洋食料理を作り、味に慣れさせていく。


特に、父の好きそうなメニューを作る時は、食材にお金をかけて、父の好みの味付けで洋食に近づけていく、というようなことを研究しながら続けていきました。とにかく、母の1番の苦労したことは、その都度、その料理の洋食感をどの程度出していくかということでした。父が受け入れられない洋食感に達してしまったら、もうその料理は出せなくなるどころか、父に警戒心を抱かさせてしまい、母の計画もばれてしまいます。


私の病気の時の食事療法のメニュー作りもかなり難しいものでしたが、今回は期限がないのと、とにかく驚異的な舌を持っている父が相手ですから、父の舌との人生をかけた大変な戦いだったようでした。でも、この頃には、父がどんな味付けが好みなのか、この味をどうすれば、父が美味しいと感じるようになるかが、手に取るようにわかっていたので、無謀なことではありますが、決して不可能な挑戦ではなかったようでした。そして、長年の甲斐あってか、以前よりもかなり洋食感が強くなってきても完食するようになってきました。だんだん、洋食の味付けに慣れて美味しく感じるようになってきたようでした。


それは、そうでしょう。とにかく、母の料理は本当に美味しくて、時には、美味しすぎて感動すらするのですから、食べにくいとか、多少の慣れない味付けであっても、その驚異的な美味しさが、好みや違和感を越えてしまう。とにかく、その時感じる違和感は、それを超える美味しさで攻めまくるのです。ある時、和風のピザを作り、父に食べさせました。もちろん、ピザとはいいません。なんとか言ってごまかして、みんなで完食しました。父も黙って食べていたので、たぶん無言だったので、とりあえず合格です。こういった研究した調理を繰り返し行なっていく。


母は、これを、実に何十年も続けていったのです。また、この中で、逆の試みも始めました。だんだん、和食風の洋食を慣れさせていくと、今度は、和食メニューの味付けを洋風にする、ということです。和食なのに、食べてみると、なんとなく洋風の味付けがする。しかし、これは、和食なのです。そんな別の方向からの攻め方も考えて試みていました。しかし、こんな微妙な味付けの調整をするなんて、料理を作る時に、味見をしなくてもどんな味になるかがわかってしまう母だからこそできる芸当かと思いました。恐るべし母の料理の腕前、味付けの魔法でした。


父は、母と結婚したおかげで、実は小さなグルメの世界で生きていた自分を広い世界へと解放することができたのです。ついには、家庭料理での洋食はすべて食べられるようになりました。母の作る洋食は、そこまで強く洋食感があるものばかりではなかったせいもありますが、かなり好んで食べられるようになりました。さすがに、フランス料理フルコースに家族で行くとか、そこまでは父は嫌がりましたが、母と私と姉の3人で行くことは構わないから行ってこいよ、とお許しが出るまで理解を示してくれるほどになったのです。ここまでのことは、誰にもできないし、決してやろうとも思わないでしょう。母は、まさに、主婦の鏡でした。


しかしながら、この流れから、思いがけないことが起こっていったのです。

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