第21話 母と、ちょっとだけ父のこと
今回は、前回の母に続いて、ちょっとだけ、父について、書いてみようと思います。
父は、農家に8人兄弟の三男に生まれて、他の兄弟とは違って、家の手伝いをよくサボる父は、両親によく怒られていて、そんな理由で、子供8人の中では1番怒られていたそうです。そのことを悔しく思い、学校を卒業すると、他の兄弟はその土地から離れなかったのに、ただ1人、父だけが、都会に出てきて、祖父の会社勤めをしばらくしたのち解雇になり、様々な仕事を経た中で母と結婚したのちに、どうしても、人の下で働くのが嫌だったことから、自営業をしたい、そして、やはり当時から、食に興味があったので、惣菜も扱えるということで、乾物屋を始めたのです。
しかし、何十種類もの惣菜を1人で手作りは難しく、仕入れて販売するようになり、惣菜の仕入れについての厳選はなかなかのもので、かなり繁盛していたようですが、売れているとはいえ、どうしても、もっと大きく稼ぎたいという野心を持っていたので、乾物屋をやめて、今、実家のある場所に引っ越して、穀類を扱う会社を立ち上げたのです。
乾物屋では、惣菜についての知識があるとはいえ、作ることまでは難しく、販売のみだったようですが、そこを極めたい気持ちは持っていたことで、母にそれを託したようでした。
父は、とても短気であり、頑固で、自分が正しいと思っていることは、断固として押し通すし、大人も子供も関係ないのです。
宮本家の食卓はというと、一応テレビはついていますが、食べている間はそれほどテレビを楽しんでいる人はいません。というのも、父は、子供たちが小さい頃から、食事の時に間違ったことをしていないか見ながら食べているのです。幼い頃など、箸の持ち方など、まだ幼くて持ちにくいにもかかわらず、ちょっとだけ違っても自分の箸の太い方で、子供の手をピシッとたたく。当然、子供は、火がついたように泣き出します。すると、母は、すかさず、
「あなた、子供はまだ小さいんですから、まだ無理ですよ。それに、たたくなんて、かわいそうじゃないですか。」
「何を言う。躾は子供の頃からが1番大事なんだ。それに、痛い目にあうのが1番いいんだ。痛みは、絶対に忘れない。痛いのは、2度と嫌だから、気をつけようとするんだ。おれも、母親から、そうやって育てられてきた。」
父の両親は、徹底したカカア天下で、物静かで穏やかな祖父と、とても短気で手の早い祖母に育てられました。何かというと、すぐに叩く祖母。そして、血筋なのか、父の兄弟の中の三姉妹は、同様に血の気が多く、短気でとんでもない叔母たちで、私たち一家は、遠いことを理由にして、ほとんど交流がありませんでした。この親戚の話しは、とりあえず後にして、父の話しに戻りましょう。
「いいか。箸の持ち方は、日本人として、絶対だ。これがきちんとできてないやつは、日本人としても、いや人間として最低だ。箸をきちんと持てないほど恥ずかしいことはないぞ。」
言っていることは、わからないこともないけども、本当に極端すぎるのです。それにやり方もひどすぎる。一事が万事、こんな感じなのです。だいたい、人の気持ちはあまり考えない。まさに、昔からの頑固オヤジって感じです。これも、やはり、先程の話しの親兄弟の血筋からなのかもしれません。
それに、とてもせっかちで、待たされることを非常に嫌います。いつも、頻繁に外食に行きますが、よほどのことがない限り、あまり待たされると、注文している途中でも帰ってしまうこともあります。それから、家族で外食をして、注文が終わり、料理がきてから、それぞれ食べ始める。みんな同時に食べ終わることはもちろんないですが、父はだいたい先に食べ終わります。すると、すぐに席を立ち、会計をして、すぐに店を出てしまいます。すると、残された家族3人は急いで食事を終わらせて、父のあとを追いかけます。いくらいいお店、美味しいお店に行っても、父と行くと、いつも最後は急かされる。まあ、父は、だいたい自分中心なので、これは普通のことなのです、
そんな父なので、中華街のいつも行くお店などは、父に対して一目を置いている女主人なので、もうわかっていて、時間がかかりそうな時は、サービスに一品出して、時間稼ぎをしたりすることもあります。過去に、有名な牛タンのお店に行った時、なぜか注文した料理が10分おきにやってきて、すぐ食べ終わってしまい、そして、待つ、ということの繰り返しに、父は、
「おいっ、夜が明けちまうよ。」
と、店主に言って、ムッとされ、家族全員で恥ずかしくなり、そそくさと帰った覚えがあります。
そうかと思うと、ある鰻の名店では、父は、とにかく鰻が大好きで、ここにもよく通うのですが、ここは、また非常に待たせる。30分待つなんて普通のこと。それ以上待つことも珍しくなくて、もしかしたら今、鰻を取りに行ってるのかと思うほど。こんなに待たせるのに、父は、ここだけは待つのは平気なんです。本当にわからない。
そして、そんなに、せっかちで、短気な父なのに、囲碁のアマチュア六段であり、釣りが、趣味なのです。どちらも待つことが当たり前のこと。本当に、父のことはわからないのです。
とにかく、このせっかちのせいで、父自身も、損をしたり、痛い目に遭うことも珍しくないのです。
ある時などは、父が車を新車に入れ替えるため、ディーラーを呼んで、車を決めて、発注しました。たしか、納車まで、数週間かかるということでしたが、その我慢ができない。ディーラーの担当者に矢の催促。すると、
色さえ言われたものと違ってもいいというなら、もっと早く納車ができるのですが、という。
父は、頭にきて、
「色なんかどうでもいいから、とにかく急いで持ってこい。」と言う。担当者は、わかりました、と言って帰って行きました。
そして、その言葉通り、数日後に車が届きました。
ところが、その車、色は赤、見事な、真っ赤な赤、だったのです。さすがに、父は、ぐうの音もでない。いつも父に文句ばかり言われていたディーラーの担当者にやられてしまったのです。
その後、父は、取引先に行くと、今、車が修理に出していて、仕方なく娘の車で来たんですよ、と、いつも言い訳をしていました。しかし、車の車種は、どうみても、社長が乗るような高級車です。とっくに、バレていたと思いますが、さすがに我慢も限界で、半年ほどで、新車に入れ替えていました。
それから、父は、負けず嫌いなところがあって、誰でも勝つことばかりではないですし、仕方ないこともありますが、その内容によっては負けるととても悔しがって、なんとかしようと気持ちを奮い立たせることもあります。そういったエピソードがありました。
父がまだ若い頃、とにかくパチンコにハマっていて、しかし、いくらやっても、いつもは勝てない。勝つことがあっても、結局、通算では負けてしまい、いつも悔しい思いをしていました。でも、色々と聞いていると、どうやら父は、博才が全くないようでした。
そのことを、いつも悔しく思っていた父は、なんとか取り返してやろうと色々と考えに考えたようで、ある一つのいいアイデアを考えついたのです。それは、何かというと、当時、パチンコ店では、パチンコの球の汚れを取り除き、磨く作業がとても大変で手間がかかっていたということでした。そのことに目をつけた父は、あるものを考案したのです。それは、丸い大きな皮に左右に取っ手をつけたもので、真ん中にパチンコ球をたくさん入れて、取っ手を両手で持ち上げて、両手を上下に動かします。すると、たくさんのパチンコ球をいっぺんに簡単に磨くことができるのです。これを父は、売り込みに行き、商品化して、とても好評でかなり売れたということで、負けたぶんは取り返したと豪語していたようです。負けたぶんを取り返したのはよかったですが、結局、自分は、パチンコで取り返すことはできないと気がついたのですね。けっこう、こういうことを考えることは得意だった父らしいエピソードでした。
母も、負けず嫌いなことがあって料理を極めてきたし、この父のように、具体的な内容がそれぞれ違ってはいますが、負けず嫌いなところは、母と共通しているところだったように思います。
食に関しては、妥協せずにこだわりを見せる父、自分ではこだわっているとかグルメだとは言わないのですが、様々な言葉の端々にこだわりを匂わせてきましたが、素材にこだわり、味付けにこだわり、ソースにこだわっていたのに、実は、ステーキに醤油をかけて食べるのが、1番好きだったようです。
あんなに、ソースがどうのこうの、味付けがどうのこうの言っていたわりには、実は、醤油でステーキを食べるのが1番だなんて、父のことをグルメとして尊敬している知人たちには、とても言えない恥ずかしい話しです。
しかし、兄弟は、父のことを嫌っていました。それは、なぜかというと、同じ兄弟なのに、お前たちは情けない、おれのように成功してみろ、と、会う度になじっていたからなのです。それなのに、時々、叔父たちは、うちにきていました。それはなぜかというと、父は、いつもうちで行く中華街の名店へ連れていき、叔父たちに御馳走するので、それを目当てでやってくるのでした。その一方で、父は、こんなもの、お前たち食べたことないだろう、とか、いつもさんざん言いたい放題で、本来ならば、叔父たちは、気分悪く、帰りたくなるはずの状況なのですが、、、。
実際、8人いる兄弟たち、自営業を起こした人も何人もいますが、何人も失敗続きで、1番成功したのは、父のみ。そのことを父は情けないと、いつも会うとしつこく言うのです。しかし、叔父たちは、いつものことだ、と聞き流していて、それよりも、絶品中華には勝てません。叔父たちは、ご馳走様をたくさん食べてご満悦。一方で、父は、女主人の、父を下にも置かない対応を、叔父たちに見せてご満悦。この場では、父と叔父たちそれぞれ楽しみ方は違えども、みんな1人残らず楽しんでいる。約半年に一度行なうこの会を、父も叔父たちも、とても楽しみにしているのです。そこでは、母と姉と私の3人だけは、父の、叔父たちへの上から目線の態度が何とも言えず恥ずかしくて、穴があったら入りたい心境でした。父と、父の兄弟たちは、だいたいが仲が悪いのですが、料理のおかげで、互いがうまくいっている感じで、なんだか、どこまでも料理がからんでしまうのかと、父らしさを感じてしまうのです。
ここまで、書いたあと、これでは悪いことだらけだったと思いましたが、実は、父の1番の欠点は、やさしい感情ややさしいと感じられる行動を決して人からわからないようにしていたことです。どのようなことかというと、男子たるもの、やさしいなどと思われては、そんな女々しいことでどうする。やさしい男子など、そんな男子などこの世から捨ててしまえ、やさしいなどは、女に任せていれば良い、男たるもの、怒ること、厳しいこと、怒鳴ってこそ、男である。それこそ、男らしさである。やさしいなどと思われては、男として、情けない。恐れられてこそ、男としての威厳が保たれるのだ。
こういう考えが、あって、父は、わざとやさしさを隠し、人に対して、あえて厳しい言葉を選ぶ。とても、勘違いだらけの、かわいそうな人でした。でも、その一方で、人一倍家族思いだったのは、私たち家族だけが知っているのです。これを、直接、父に伝えたら、もしかしたら殴られたかもしれません。おそらく、父の欠点は、多くはなくて、唯一このことだけだったのかも知れません。




