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第16話 母と、従業員の昼食

当時、父の会社は、従業員が6人いて、昼食は母が作っていました。他にも、父と母、それから母の妹と家事をするお手伝いさんが勤めていたので、10人分の昼食を用意していたのです。


当時は、出勤は土曜日までが一般的で、日曜日だけが休み。つまり、週に6日、母は昼食の支度をしっかりとしていたのでした。自分は、高校卒業 まで金曜日までは、丸一日授業があり、土曜日だけは午前だけの授業で帰宅して、みんなと一緒に昼食をとっていました。


実は、うちの会社は、従業員にまで、なぜ昼食を出しているのかというと、それには、こういう理由がありました。父が会社を立ち上げた当時は、いくら小さな会社といえども、1人ではなかなか立ち行きません。そこでちょうど職探しをしていた母の弟に、父は声をかけました。その時、会社には母の妹も勤め始めていて、他人は1人もいなかったので、母がみんなの昼食を作ると言い出しました。


とにかく、料理をするのが好きな母は、いつものように、がっちり作り、昼食といえども手を抜きません。


それを食べた叔父は、

「いやあ、姉さんの料理は、すごいとは聞いていたけど、本当にすごいなあ。こんな美味しい料理は食べたことないよ。こんな食事なら、お金払ってもいいよ。これから、毎日食べられるなんて、嬉しいよ。」

と、絶賛していました。


その後、会社も軌道にのり、従業員も増えていきました。

そのメニューはというと、父の鉄則通り、5品のおかずで、それぞれに小皿にとって食べるという、最早、夕食とまったく変わりありません。


その後、ますます会社が軌道に乗り、6人に増えた従業員は、全員男性で、下は25才から上は40才までの人たちで、それは、食べること食べること、大盛りで何杯もおかわりをします。母も、たくさん食べるので気持ちがいい。作る張り合いがある、と言って、昼食だというのに、毎食腕を振るっていました。それで、ここぞとばかりに、たまに中華街で覚えたメニューを入れたり、色々なお店から、コピーして宮本家の味に作り上げた絶品料理の数々を入れてみたり、昼食なのに、大サービスです。


たとえば、昼食だというのに、うちの定番の排骨麺なども出すこともありました。それを最初聞いた時、若い男性にラーメンじゃ、とても足りないんじゃないかと思いましたが、とんでもない。その他に、チャーハンが大盛りで、おまけに餃子もスープもついてくる。おにぎりなど出すこともありましたが、もちろんおかずもたっぷりで、唐揚げやコロッケなどの揚げ物などのオンパレードです。


毎回、様々なメニューで、とんかつ、ハンバーグ、しょうが焼き、などなど。


自分も、週に一度土曜日だけでしたが、こんなに美味しいの、夕飯並みでいいの、と思うほど、美味しくて、また他では食べられない母の特製料理の数々には、従業員を始め、母の妹やお手伝いさんも舌つづみを打っていました。そして、母も嬉しくて、たくさん作り、時には、残ったおかずをパック詰めにして、従業員にもたせたりしていました。


そんなある時、父が、従業員6人全員を事務所に呼び出しました。


すると、

「君たちに、話しがあるのだが、今月いっぱいで、事務所でだしている昼食をやめることにする。でも、そのことで、みんなに負担をかけることはしない。毎食の昼食代として、1,000円を支給することにするから、それで食事代にしてほしい。」


ちなみに、今から何十年も前の話しですから、当時、定食をお店で食べると500円くらい、ラーメンなどは300円から400円、という相場からいえば、かなりの金額でした。この金額だと、昼食をちょっといいものを食べても必ずお釣りがきます。それだけ、会社で負担しても、父はそろそろ、従業員のまかないをやめたいと思っていたようで、これには、また従業員が増えたら、キリがないということで、特に、母の負担を減らそうということではなかったようでした。


6人は、少し驚いていたようですが、了解しました。しかし、それから、数日たって、父に、ぜひ話しを聞いてほしいということで6人揃って事務所にやってきました。そして、6人のリーダーが、口火を切りました。


「社長、実は、まかないの昼食のことですが、どうか、このまま続けてもらえないでしょうか。自分たちは、もはや今、社長の奥さんの作る食事が、毎日楽しみでしかたがないのです。正直言って、うちの奥さんの作る食事なんて、足元にも及ばない。別に、うちの奥さんの料理が下手とか不味いとか、全然そんなことはなくて、普通に美味しいとは思うのですが、社長の奥さんの料理は、とにかくレベルが違いすぎて、美味しすぎます。


ここで食べる料理は、見たこともないものや、普通に外食に行ったとしても食べられないものが、次々とでてくる。もちろん、どこでも食べられる料理もありますが、他のとは美味しさが桁違いなんです。ちょっと大袈裟な言い方かもしれませんが、6人とも、これが食べられるから、余計に仕事が頑張れるんです。もう本当に美味しくて美味しくて、毎日楽しみで仕方ありません。朝から、みんなで、今日は何が出るんだろうって、よく話すんですよ。


それから、午後の休憩の時なんかは、あれが美味しかった、また出してくれないかなとかも話すんです。その楽しみを、私たち6人から奪わないで下さい。毎食1,000円の手当ては、本当にありがたい金額ですが、ここ何日かで6人で話し合って決めました。それを、やめてでも、奥さんの料理がみんな食べたいんです。社長の奥さんが作るのが大変だというなら、おかずの種類を減らしてもらっても、もっと簡単な料理にしてもらっても、なんでも構いません。とにかく、社長の奥さんの作る料理は、どんなものでも信じられないくらい美味しい。なんとか考えてもらえないでしょうか。」

という申し出でした。


実は、これは、母に内緒で、父が勝手に決めたことで、従業員に納得させた上で、母に伝えるつもりでいたようです。


すると、たまたま、聞こえるところにいた母は、すぐにやってきて、

「あらあら、大丈夫よ。私はやめないから、安心してちょうだい。社長は、勝手に決めて、勝手に言ったことだから、そんなことしないわよ。そんなに楽しみにして食べてくれているなんて、なんてありがたいの。ごめんなさいね。社長はひどいわよね。」


すると、父から、

「お前、そんなこと言って、いつまでやるつもりだ。きりがないだろ。」

と言いかけるかどうかというところへ、母の発言がさえぎってしまう。


「そうよねえ。私もいつまでもできるわけじゃないわね。それなら、私からも区切りをつけておくわね。そうね。じゃあ、従業員が50人を超えたら、その時は絶対にやめますから。それでいいでしょ。いいわよね。じゃあ、決まりね。皆さん、明日からも楽しみにしていてちょうだい仕事頑張ってね。では、お疲れ様。」


母は、父の発言をさえぎって、たたみかけるように発言し、全部終わりにしてしまいました。


「奥さん、ありがとうございます。これからも、宜しくお願いします。」


6人は、従業員50人と聞いて、思わずクスッとなるも、改めてお礼を言い、母に頭を下げました、父は、なんだかバツの悪い顔をして、言葉もありません。


結局、会社が父の代で終わるその日まで、従業員のまかないは続きました。その間、従業員の人たちは、うちでも母の料理の話しをよくしていたようで、ある時、従業員の家族も土曜日の昼食に呼ばれて、6人の家族たちみんなで昼食を食べたこともありました。


こんなおもてなしの母ですから、やはり食堂など始めなくてよかった、赤字続きで絶対に閉店していたと確信して、みんなで止めてよかったと、今更ながらつくづく思うのでした。 


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