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第11話 奇跡のスパゲッティミートソース

母は、とてもポピュラーで誰でも知っている料理を、自分なりにアレンジするということをあえてせずに、本当にストレートに何の捻りもなく、真っ直ぐストレートに突っ走って作って完成させる。しかし、それなのに、結果的に、他にはない究極の料理になるというすごい作り方をするのです。


さて、それはどういうことなのでしょうか。まず、取り上げる料理は、スパゲッティミートソースです。この名前は、当時のもので、現在は、ミートソースパスタ、というのでしょうか。しかしながら、これほど、王道な料理で、こんなにストレートな料理法はないので、母の作る、この昔風の料理は、あえて、スパゲッティミートソースという当時のネーミングのままがこの料理にぴったりだと思うのです。


正直言って、料理法はとてもシンプルな印象で、何か母なりの細かいコツみたいなものはあるのかとは思うのですが。缶詰のホールトマトだけを使い、あとは、なんかひき肉とかを入れて、その辺の手順や詳しいことはよくわからないですが、そのあたりから、確か何日もかけて煮込んで作っていました。そして、多分、使う調味料は、凝ったものは使わずに煮込み方や火加減の調整などによって、確か3日から4日で完成したような記憶があります。母が、ホールトマトだけを使うのは、イタリアを代表するトマトである「サンマルツァーノ種」を使っているからであり、味が濃くて、加熱することで旨みが引き出されますが、缶詰にする際に、一度加熱して旨味を引き出し水煮にするのですが、そして、缶詰から開けて、再び加熱することで、最初よりも、さらに旨味が引き出されるというのがこのトマトの特徴です。甘みも強く引き出されるトマトなので、素材の旨味だけで、あまり味付けをせずに作れることが1番だからなのです。


そして、それを初めて、食べた時の記憶があります。それは、今思うと、その初回の感想ではなくて、あとになってからの感想が、本物で、実に衝撃的だったのです。というのは、とても手間のかかった料理なのはわかっていたので、最初からかなり期待してしまったのですが、一口食べて二口食べて、美味しい、確かに、美味しいのですが、思ったほどの美味しさではない、中の上くらいの印象で、美味しくないというのとは違って、100くらいに美味しいのかと思っていたら、80くらいだったというのでしょうか。しかし、それほど美味しくないという言い方でもない。思ったよりも地味だったという表現が、おそらく、ぴったりだったのではないでしょうか。


その初回の感想は、美味しかったよ、とは口では言っても、正直、期待したほどではないというのが率直な感想で、なんだか普通すぎるという感じが拭えなかったのです。


しかし、そのミートソースの本当の実力は、そんなものではなかったのです。それは、数日後のこと、ふと、その時のスパゲッティの味を思い出してきました。ああっ、なんか、試しにもう一度食べてみたいな、と、ふとっ、思ったのです。そのことを母に伝えると、


「わかったわ。じゃあ、今晩、また食べてみる?」


と言うのです。実は、このミートソース、大量に作ってあり、小分けして、冷凍してあったのです。いつもは、母は、料理は、作り置きなど決してしないのですが、これに限っては、大量に作って冷凍庫に入れていたのです。というのは、なぜなら、この料理は、少ない量では作れない。大きな寸胴に大量に作らなければ、目指す味がでないというのです。そこで、一度に食べきれなくても、ものすごく大量に作って冷凍保存します。


さて、夕飯の時間です。解凍したあと、だされたスパゲッティ、再び、一口。なんだか、気のせいか、最初と違うような味わいが、口いっぱいに広がっていきます。これは、この間と同じもの? なんだか、前回よりも美味しく感じるような気がする。同じ味わいなのに、さらに美味しく感じるのです。前回よりも美味しく完食して、終了。


「あっ、この間よりも美味しかったよ。」

と思わず、口からでてしまいました。


「あっ、いや、違う。今日も美味しかった。これ、やっぱり美味しいね。」

あわてて、言い直して、言い訳してしまいました。その時は、こういう煮込んだ料理って、作ってから置いておくと味が馴染んで美味しくなるのかな、カレーみたいに、と思って、自分なりに納得していました。


しかし、また、その後、また、ふとっ、母のスパゲッティミートソースを思い出す。ああっ、なんか、またスパゲッティ食べたくなってきた。

また、母にリクエストです。

「わかったわ。」


なんと、まだ冷凍庫に在庫があるのです。そして、3回目の完食です。

なんと、それは、2回目よりも、さらに、さらに美味しかったのです。

こんなことってある?!そして、その後、また、10日かそのくらい後にまたリクエスト。食べるたびに、美味しくなっていく不思議、というか、魔法のよう。


結局、数か月の間に、4回は食べたのです。そして、4回目?「には、最高の味で、味が頂点に達している気がしていました。決して違う味付けになっていたわけでもなく、まったく同じ料理を食べている感じなのですが、その美味しさはどんどん増していく。ちょっとクセになったような気がします。その、スパゲッティミートソースは、本当に味付けはシンプルであり、そして、じわじわと美味しくなる料理でした。本当に、食べたいが止まらない。


しかし、本当に不思議でたまらなくて、そして、ついに、この料理はどういうことなのか、母にきいてみたのです。すると、

「これは、実は、味付けには、塩胡椒くらいしか使っていないのよ。トマトがメインの料理だから、限りなくトマトの旨味を最大限に引き出して、それを活かした味付けなの。だけど、煮込み方や火の通し方は、ものすごく微妙で難しくて、弱すぎても強すぎてもいけない。とても焦げやすいしね。途中でやり直しもできないし、味の出し方は、素材の持つものから、だしていくだけだから、その繊細な味付けは、一度食べたくらいでは本当にわかりにくいかもしれない。


だけど、そのトマトの素材の持つ本当の美味しさは、絶対に口を通して残るはず。それが、あとからじわじわと思い出されて、その繊細な味付けが少しずつわかってくる。すると、もう一度食べたくなる。だから、3、4回食べてから、その美味しさがどんどん積み重なっていって、やっとその深い味わいにたどり着くのよ。そうしたら、もうただの派手な味付けや、調味料まみれの料理はかなわない。素材だけの持つ深い味わいは、すべての料理を越えるから。そのかわり、一度しか食べる機会がなければ、普通ならなかなかわからないかもね。よっぽど、繊細な舌を持ってなければ一度だけだとわからないから、レストランとかでは普通には出せないわ。プロの人たちには一度でもわかると思うけど。」


そんなマジックのような料理って、あり得る?!結局、宮本家のスパゲッティミートソースは、定番の料理になり、その後、大量の作り置きは、いつも冷凍庫に常備してありました。しかしながら、冷凍から戻す作業もその特別なやり方があって、そこを含めて、母の料理なんだなぁと思いました、


その後、結婚して、実家から母が色々と送ってきてくれる中、あのミートソースが送られてきて、久しぶりに、あの、スパゲッティミートソースを食べました。実に、10年以上も食べていなかったのですが、一口食べただけで、あの、何回も食べて、やっとたどり着いた究極の美味しさが、ふっ、と一瞬でよみがえる。実に、感動的な味です。もちろん、妻もすっかり虜になりました。一度、妻の実家でもその話しになり、妻の両親も興味津々。ある時、母が妻の母と電話で話す中、その話題になり、その後、早速、妻の実家にも送られてきました。それから、だいぶたってから、たまたま自分は妻の母と電話で話すことがあり、 


「そういえば、実家のお母様から送って頂いたミートソースなんだけど、正直言って、最初は、美味しいけど、そこまで気にしてなかった。だけど、何回か食べてるうちに、みんなではまっちゃって、もうなんだか無性に食べたくなってしまって。もうぜんぶ食べちゃったの。あれ、ものすごく美味しいわね。最初はそこまでじゃなかったのに、何回も食べてると、どんどん美味しくなる、本当に不思議。あっ、お母様には、このことは言わないでちょうだいね。催促してるわけじゃないから。ただどうしても言いたかったのよ。美味しく頂きました、とだけ伝えてちょうだい。最初は、そんなじゃなかったのに、今じゃ病みつきよ。お母様の料理って、すごいわね。いったいどうなってるのかしら。」


それを聞いて、まさに、してやったり、と思いました。それを母に伝えると、嬉しそうに、

「大丈夫。また作って送るから。」

その後も、うちと、妻の実家には、定期的にミートソースが送られてきて、みんなではまっていました。


そして、その後も、このような素材だけの味を引き出した料理が数種類ありましたが、もう本当にくせになって食べたくなるもので、今でもその味の記憶が残っていて、とても懐かしい。しかし、こういう料理って、主婦が家庭で作るのは、とても難しい。不可能に近い。プロの料理人の域でしょう。本当に、料理って、実に奥深いと、いつも母の料理から、改めて感じたものでした。

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