第1話 母とラーメン
先日、TVを観ていたら、若い俳優が自宅でラーメンを作るのに、最近ハマっているという。そういえば、うちも、母親が、自宅で凝ったラーメンをよく作ったなあ、と昔のことを思い出す。
そう、母の作るのは、ラーメンだけではない。母の作る料理は、それはそれは、なんというか、とにかく、すごいのです。
母は、もう80才は過ぎていますが、昔、母が作る料理は本当にすごかった。
母も昔ラーメンをよく作りましたが、とにかく料理は得意で、作る時は3日くらい前から準備をします。精肉店で牛骨や骨髄など取り寄せて、寸胴で煮込むことから始まります。麺は近所の製麺所に注文した特注品で、1番好みのものを母の希望で少し変えたものを指定して注文しているようです。普通に醤油ラーメンの時とチャーシューメンを作ることもありますが、チャーシューメンの時は、それ用にスープも変えるというこだわりよう。
もちろんチャーシューも自家製だし、麺もチャーシューメン用です。なぜ、これだけの手間をかけて、ラーメンを作るのか。そのわけを知るには、時をもっと遡らなければいけないのです。
父は、とにかく食にうるさく、ご飯の炊き方、水加減から始まって、細かいことまでうるさく指摘します。外食をすると、気に入った料理は、とにかく家でも食べたいというわがままぶり。何十年も昔から、中華街に家族でよく食事に行っていましたが、父は、外食ではラーメンを食べません。ラーメンは、母が作るラーメンだけを家で食べるものという変な決まりというか、変なこだわりがありました。
しかし、それは、ラーメンを外で全く食べないという意味ではなく、ある高級な中華街のお店に行ったことで始まったことなのです。
そのお店は、40年前の当時、料理一品に三千円はだすような高級なお店です。父は、本当に料理の味付けにはうるさく、気に入った料理というのは、なかなかありません。
しかしながら、この店でだす、排骨麺。骨つきの豚肉を小麦粉をつけて、揚げたものを乗せた中華そばです。それにすっかり気に入ってしまい、毎回必ず、これを注文します。これ以外は外食でも絶対にラーメンは食べません。それも、この排骨麺も、このお店で出すものしか食べません。しかも、この、最高にはまってしまった料理をうちでも食べたいからと、母に、作り方を覚えて、家でも作れとわがままを言い出しました。
ところが、ついに母は、その高いハードルを越えてしまいました。そして、父も、かなり気に入っていて、自宅でも母の作る排骨麺を食べていましたが、そのお店に行くと、そこでも必ず食べていました。という経緯から、父は他では絶対にラーメンを食べないのです。他のラーメン店には、断固として行かない。父にとっては、その中華そばだけが、父にとっての唯一のラーメンなのです。だから、父にとってのラーメンは、母が自宅で作るものと、中華街で食べる排骨麺でしかなかったのです。
ということから、父と同様に、母も私も姉もそこ以外では、ラーメンを食べることはなかった。
しかし、自分は中学生になり、友人と出かけるようになって、初めて外でラーメンを食べてみて、たしかに美味しかったのですが、意外にも、そこまで美味しく感じなかったのが正直な感想でした。というのは、母のラーメンが意外にも家庭のレベルを遥かに超えていて、お店のラーメンがそこまで、思ったほど美味しく感じられなかったのです、ちょっと、このことはショックでした。もちろん、お店のも美味しかったのですが、母の作る家庭のラーメンよりもかなり期待しすぎてしまったことからの誤算でした。
そして、友人の家に泊まりに行って、友達の家で食事をご馳走になってみて、自宅の母の料理は一般家庭のレベルを遥かに超えていることを、その時、初めて知ったのでした。