執事の仕事と望まれぬ珍客
「お前も哀れなもんだ……其処の人間に無理矢理作られたんだろう? 支配下の魔物は支配者の命令に逆らえない、支配者が死んだ今、楽に――」
――ブンッ――
「ッ!?グゥッ!?」
「不愉快極まる雑音です……少し口を慎みなさい、下郎」
態々語り掛けるその男に、不死者……否、ベクターは剣を振り抜く……それに反応し、ギリギリで致命傷を避けた男は、苦痛に声を漏らす。
「私は私の意志で主に仕えている、塵芥の貴様等が何を言おうが関係無い、主の敵は私の敵、故に問答は無く……ただ死ね」
「チィ……成る程ね、そこらの不死者とは理由が違うか」
――ヒュンッ――
「温い」
「ッ!?――チィッ!」
――ジャリンッ――
剣と剣を擦り合わせる男が森を駆ける……ステータスの差は夜故に明確にベクターに分がある、しかしギリギリで、ほんの僅かな瞬間で、その人間はベクターの剣を逸らす。
「成る程……そのペンダントですか」
「ハッ、気付かれたか……〝不浄祓いの十字架〟、対不死者に特化したペンダントでな、夜は不死者が最も活性化する時間、コレはソレを打ち消し不浄の大地をこのペンダントの周りだけ正常に戻す――ッ!?」
「フッ!」
言葉を待たずしてまた剣を振るう……忌まわしい事に、その剣はまたしても空を斬る。
「オイオイ、人が説明してるのに随分と風情のない……少しは謹聴してくれよ?」
「戦闘中にペラペラと手の内を明かす等馬鹿のする事でしょう?」
「あ〜……ソレを言われると辛い……ただなぁ」
――ヒュンヒュンッ――
「別に俺一人で此処に来た……って訳では無いんだなぁ、コレが」
「………評価を改めましょう、〝馬鹿な愚者〟では無く〝頭の使える愚者〟と覚えました」
「おぉ、上方修正は嬉しいね、そんじゃ」
その言葉と共にプレイヤーの面々が矢を構える……鏃が仄かに白く光るその矢を、不浄を討ち果たす為の矢を。
「さいなら」
――ヒュンッ――
その矢は囲う様に放たれ、立ち尽くすベクターを撃ち抜く………。
――ドスッ――
………事は無かった。
「オイオイ……オイオイオイィ……どんな〝魔術〟だよ……?」
「魔術では御座居ませんよ……〝執事〟ですので」
男の胸に何時の間にか存在していた剣……その背後でベクターはそう呟く。
コレは主であるハデスですら見たことのない技術……〝気配遮断〟と体術のレベル5へ至った者が扱える歩法〝縮地〟……その合技、気配を消し、音も無く背後へ回り、剣を突き刺した……正しく。
『新たな能力〈神出鬼没〉を獲得』
『新たな称号〈熟練の執事〉を獲得』
「さぁ、残りのゴミ掃除も使用人である私の役目」
……ですが、フフッ、少しはこの全能感に浸っても、主は赦して下さるでしょう。
「精々塵1つ残さぬ様努めましょう」
〜〜〜〜〜〜
「チィッ!?クソッ!?コイツ――ッギャァッ!?」
「く、来るな!?やめ――ガハァッ!?」
「ヒッ!?に、逃げなきゃ――グフッ!?」
森の中を只管に移動する……斬り殺し、首を折り、肉を喰らう……少しはしたないですが致し方有りません、先の戦いで少なからず怪我を負いましたので……まだまだ未熟ですね。
――ドシュッ――
「さて、さて……コレで最後です――」
「オイオイッ!?本気で壊滅してるじゃねぇか!?」
――ゾワッ――
「ッ!?」
一瞬感じた悪寒、振り向きざまに剣を振るった……その瞬間。
――ブチッ――
「グッ!?」
「あ?頭取ったつもりだったんだが……中々良い腕だな……あ、駄洒落じゃね〜ぞ?」
そう言うと突如現れたその大男はベクターの腕を無造作に投げ捨てる。
「ボスから救援要請が来たと聞いて来てみれば……成る程、リクルの野郎が殺られる訳だ……他の不死者より明らかに強え」
「馬鹿な……今は夜の筈」
ベクターは大男を見据え思案する、消して警戒を緩めず……今の時刻は3時、ギリギリで丑三つ時だ、故に今のベクターは最高の状態……それなのに通じなかった……剰え腕をもぎ取られた、馬鹿げた膂力……何の強化も受けていない、素の筋力。
――正真正銘の〝怪物〟――
「ッ!」
そう判断したベクターは瞬時に行動に移した……逃げは悪手、後ろを見せた瞬間殺られる、最善の策、相手に手の内を見せぬ今に最強の必殺を食らわせる。
――………――
「ッ!」
相手の背後に回り、剣を突く………それは。
――バキンッ――
「痛え、な!」
「ッ!?」
剣が割れ、無造作な大剣の横打がベクターの腕ごと斬り飛ばし、大木に減り込ませたと言う結果で終わった。
「今の今まで気配が分からなかった……武器さえ良けりゃ殺れただろうな!」
そう獰猛に笑いながら、ベクターを見下ろす大男。
「折角だ、教えとくか……俺ぁ〝ガラハド〟、〝円卓騎士団〟の戦闘担当…一応βテスターで〝剛撃無双〟の二つ名持ち何だぜ?」
そう言うと、ガラハドは肩に掛けた大剣を片手で振り上げ。
「じゃあな、不死者」
振り下ろした。
――ボキャァッ――
「……は?」
「ウチの執事を勝手に壊さんで貰えるかね? ガラハドとやら」
が、その大剣は、腹を貫く〝手〟によって、受け止められた。
「主……様」
「グハッ!テメ……死んだ筈」
「フッ!」
――ベキッ――
「ゴフッ!?」
誰の言葉を聞くでも無く、無造作に振り払った脚は、ガラハドの横腹を捉え、蹴り飛ばした。
「おぉ〜……何だコレ、丑三つ時ってのは凄いなぁ、本来以上の力を感じるぞ?」
「主様……その身体は……」
ベクターは見た……主の復活を、勿論歓喜は有る、当然と言う信頼も……だがそれらを押し退けて余りある驚愕が、その目には有った……何故ならば彼の主、その姿は。
――蝙蝠の片翼を模した人間の腕が背中に生えていたのだから――
「ベクター、遊び心って大事だろ?」
そう言い嗤う主の顔は、ベクターのよく知る、愉悦と無邪気と、悪意の籠もった、笑顔だった。




