月夜の報復
――ゴゴゴゴゴッ――
凄まじい、それは凄まじい地揺れに、村の人間達はワラワラと家を出、そして見た。
「――ッ!?村が!?」
村を囲う様に競り上がる土塊の壁が、天変地異で無い、意図的な何かの所業を。
「やぁ、やぁやぁやぁ♪どうも〜人間の塵共?」
愉しげに、不愉快そうに、矛盾を含ませるその声色に、村の者達はその声の主を見た。
「あ……悪魔」
「イエ〜ス、破滅の呼び人、誘惑の道化、地獄の住民……その悪魔が、お前達の前に居る、お前達のその罪科を回収しに、なぁ?」
悍ましい羽、竜の尾、鬼の角を生やしたそれが、目を細めて人を見る。
「罪科、俺達に何の罪が――」
――ズバンッ――
「ただの人間如きが、悪魔の領分に脚を入れた、それが罪である」
「キャ「〝黙れ〟」――ッ!?」
言葉を放った男の口から、脚まで、長い槍が貫かれる、ソレに悲鳴を上げる女子供を、男は一言で黙らせた。
「〝無垢な童〟を穢したのだ、理不尽に、憎悪を込めて、罪なき子へ酷い仕打ちが与えられた、屍肉の匂いを纏うソレは、〝俺〟を呼び寄せた」
男は淡々と語る、その言葉に、村の者達は酷く顔を青くさせる。
「貴様等が理不尽に罰を下したならば、我もまた理不尽に罰を下そう」
――ゴポッ……ゴポポッ……――
影から這い出る、黒い狼が、紫の目を月夜に光らせて、十を超える数が村の民を睥睨する。
「〝ゆっくりと味わえ、牙を突き刺して抉り、肉を少しずつ裂き、苦痛の叫びを月夜の贄にせよ〟」
狼が駆ける、産み落とした主の言葉の下に、残虐で、惨たらしい、その夜が、愚かな者達を襲った。
そして約30分が過ぎ去る、血塗られた大地に屍肉が引きずられ、未だ息のある者は脚から少しずつ食い殺され、苦悶に歪む顔で、己の愚行を悔いていた、子供も、大人も老若男女の区別無く、尽くを殺したその後……俺は〝最後の女〟の前に立つ。
「どうだ、痛いだろう、苦しいだろう?……お前の童はその何倍も苦しんだ、何倍、何十倍もだ、この程度で狂ってもらっては困るのだ、余興は楽しく、長く続くべきだろう?」
「ぁ……あ……」
「しかし、幾ら屍に時は不要と言えども、俺個人にとって時間は有限なのだ……だから、クッフフフッ♪」
――『ウアァァァッ……』――
――グチュ……グチャッ……――
「俺の腹の中で、無限に苦しんでくれ♪」
――バクンッ――
――ズズズッ――
瘴気を、血肉を、魂を食らう、喰らう……悪食の犬が、暴食の猪が、蟲が、血肉を、家々を貪り、影が飲み込む……そして。
――……――
土塊の壁が崩れ去ったその場所は、〝何もなかった〟、叫び惑う人も、人の住まう家も、血も、肉も、草木すらも無かった。
「ン〜ン〜……プッ、不味い……ま、屍肉の補充程度には成るか」
蒼く、青く光る月……現実でも滅多に御目に掛かれない、美しい蒼月。
「月夜の原石……さて、どうなるか」
○●○●○●
「ん……んん」
(此処は……何処、温かい)
暗闇の中、温かな場所で、少年は目を覚ます。
「壁………壁?……アレ?――」
「……ん、お兄……」
「――ッ!?」
聞き慣れた、妹の声に反射的に目を向ける、其処には……昔見た、いや昔のように美しい、僕の妹がいた。
「な、何」
「んん……んぅ……ぅぇ、あ、れ?……此処は」
「お目覚めかね、狼の双子」
「「――ッ!?」」
妹が目覚めた、それと同時に僕達に声が掛かる、飛び起きた際には……1人の男が居た。
「半死半生からものの数時間で回復とは……随分とまぁ、高い治癒能力を持っているなぁ」
黒い、黒い綺麗な服を着た、紫の目の黒髪の男が、僕達を静かに、愉しげに見ていた。
「疑問も有るだろう、俺が誰なのか、此処は何処なのか……まぁ、取り敢えずだ、ホラ」
――ゴポポッ――
――フワッ――
男の言葉と共に、黒い影が蠢く、そして
「腹減ってるだろう、飯でも食おうか、デザートも有るぞ、俺特製のな♪」
「「――ッ!?」」
見たこともない、美味しそうな匂いのする御飯が眼の前に現れた。
●○●○●○
――ガツガツガツッ――
――モグモグモグッ――
(良く食うなぁ、凄い食いっぷりだ)
口に肉を運びながら、凄い勢いで皿を平らげる二人を見る……銀髪の赤眼の男子と女子、顔立ちは似ているがその性格は案外似ていない。
「美味いか?」
「ッ……(コク)」
「ッ美味い!」
少年の方は、かなり素直だ……と言っても警戒心は有るらしいが、対して少女の方は……口数は少なく、警戒心の高い……フフフッ。
「うん、そうだな……良し、お前は〝月華〟、お前は〝夜雲〟だな」
「「……?」」
「名前だよ、何時までも少年少女呼ばわりは面倒だ」
静かな月の様な、美しい華を持つ少女、月華。
月を守る様に隠す雲の様な少年、夜雲。
我ながら良いネーミングセンスだと思わないか?思わない?あっそう。
「不満かね?」
「「……名前」」
「……宜しい、でだ疑問があるなら、デザートの序に応えるが?」
「……何で助けたの?」
「お前等が〝使えそう〟だから、暇潰し、そんなとこだな」
「誰?」
「ハデス、しがない悪魔だよ」
「……使えそうって言うのは?」
「俺の部下にする、異論も抗議も受け付けない、コレは確定事項だからな」
……もう無いか?
「ま、今は休め……あぁ、それと」
――ペチンッ――
「コイツ等がお前等の世話係兼護衛兼部下兼暫くの鍛錬相手だから、でベクター」
「コチラに」
「「――ッ!?」」
俺が霊騎士共を呼び、ベクターを呼ぶと双子が目を見開く、相変わらず意地の悪い奴だ。
「当面コイツ等磨いてやれ」
「畏まりました」
「俺はちょいと寝る――」
「あの!」
「――ん、どうした?」
席を立ち踵を返すその時、夜雲に呼び止められる。
「助けてくれてありがとう!」
「……ありがとう」
「……フッハッハッハッ、礼は働きで返せ、精々強くなって俺を楽しませてくれよ?」




