夜導く舞踏会
ドロドロとした悪意を書くのは楽しいですね(照れ)
――パチッ…パチッ……――
絨毯が燃える……窓辺のカーテンが燃える……煤けた絵画が、割れ崩れた花瓶が、辺りに散らかっている……其処を何十の人間が、進んでいた……たった1人を殺す為に。
――ギィィッ――
道の先に有る大扉を開き、進む……そんな彼等に、低く、重い声が響いた。
『「空を舞う鴉、大地駆ける猪、隠れ喰らう蛇、陥れる蜘蛛、戦に吠える鬼……皆が皆望み、戦に死んだ……一時の夢に身を委ねて眠った……では私は?」』
――パチッ……パチッ……――
「『此度、私を夢へ誘うのは誰ぞ?…恵まれた愚者か、貧しき賢者か?…人か獣か、化物か…愉悦の音色を奏で、享楽の夢へ導を担い、私の渇き満ちぬ心臓に、熱く微睡む〝癒やし〟の血液を流し込むのは…果たしてお前達か?…コレは〝余興の夢〟であり〝選定の現〟である……俺を満たし得る〝戯遊〟、その為に生まれた狭間の夢』」
「生き残りの敗残兵、幻を見た狂信者……歓迎しよう、また一つ、ゲームの駒は進んだ……踊りの準備は出来たか?」
彼等は……〝ソレ〟を目にし、思わず後退り、息を呑む……。
「よろしい」
――ガチャッ――
黒い鎧、其処から立ち込める〝人の顔を思わせる瘴気〟を。
――ゴンッ――
地面を抉る、分厚く重い大剣を……そして。
「それじゃあ……〝音楽〟を流そうか」
仮面越しに怪しく、爛々と輝く紫の双眸が、彼等の心を縛り付けた。
――ギィィンッ――
「最初はお前か……狂信者」
「お兄ちゃんは私の物……誰にも上げない……私だけの物――」
開戦の狼煙は、黒衣の女の短剣から始まった……短剣と甲冑の篭手が火花を散らす。
「喧しい……去ね」
「キャッ!?」
篭手で短剣を弾き、片手の大剣を振り降ろす……。
――ドォンッ――
大地を砕き煙を舞い上げたその一撃は……その女を一撃で斬り伏せる――。
「漸く見つけたぞ……ミア」
「………お姉ちゃん」
「お前か、聖剣女」
「詳しくは後で聞く……やれ、アーサー」
事は無く、黒髪の女が黒衣の女を抱え、離れていた。
「〝浄滅の光条〟」
それと同時に、光の奔流が、男目掛け肉薄する。
――ジュゥッ――
そして直撃した……だが。
「生憎と、その手の対策は織り込み済みだ」
「無傷……!?」
――パァンッ――
「そして、お前等のそれは些か目に余る……〝深淵の貪口〟」
降り注ぐ鉄の雨を、黒い闇の塊が広がり、食い潰す……。
「お前達がソレを用いるならば、俺も相応の物で抗するとしよう」
影に手を入れ、其処から一つの武器を取り出し、彼等へ向ける男。
「火縄銃!?」
――ガチンッ――
――パァンッ――
爆音と共に射出された弾丸が、高速で飛んでいく……そして。
――ズォンッ――
「「「……は?」」」
一直線に、数人の身体を貫き抉った。
「ヴィルに無理言って造らせた特別製だ、良く効くだろう……それで?」
――ヒュンッ――
「ほぉ……その形でよく動くのう?」
「次はお前か翁……良く来てくれた」
刀を振るう老鬼が、不思議そうにそう呟く……軽快に移動する男のその動きは、鎧の重さをまるで感じさせなかった。
「聖剣の人形、魔剣の狂信者、知を奪う鉄機の兵にロクデナシの剣鬼……だが、まだだ、まだ足りない」
――ザッザッ……――
「ッ!?……転移ッ!?」
ふと、男の姿は消え、玉座の前に現れる……。
「〝百屍:屍人死獣百鬼夜行〟……〝改〟」
――〝百屍:死渇戦魔〟――
現れるは屍の戦士、その手には血濡れた鉄の刃を、その身体には黒い鎧が。
「〝行け〟」
『ウアァァァッ』
そして駆ける、骸の戦士が……鉄の雨を弾きながら……だが。
「〝裁定者の鉄槌〟」
空から落ちる十字の光が、その行軍を消し潰す。
「……本当に鬱陶しい女だ」
「ミアッ!」
「ッ!」
俺が横から現れた女を見た、その瞬間……反対から狂信者が姿を見せる。
――ガッ――
その黒い液体が俺の顔の、仮面を掠め、弾き飛ばす……成る程。
「些か甘く見ていたな」
「なッ!?本当に――」
俺の顔を見て、聖剣女が足を止める……そして。
「お兄ちゃん」
後ろから、女が抱き着いてくる……。
「漸く逢えたね♡」
「……はぁ」
全く……人の話を聞かない奴だ。
――ガチャッ――
「お兄ちゃんの手……久し振りだね♡」
手をソイツの頭に乗せると、女は、その顔を蕩けさせる……全く。
――パァンッ……――
「……へ?」
「お前はもう用済みだ、さっさと去ね」
「――ミアぁッ!?」
頭を失った女の身体が地面に落ちる……そのまま俺の影に沈んだ。
「さぁ、続けようか……ん?」
俺がゴミを処理し、向き直ると、全員が足を止めて、俺を見ていた。
「お前……〝京馬〟…お前の妹だぞッ」
「だから知らんと言っているだろう……お前の言う京馬は俺では無い、俺に家族は居ない、父も母も、身内と呼べる者は誰もな」
「巫山戯「巫山戯ているのはお前だ」――ッ!?」
「全く……既に消えた男の事を何時までも喧しい……良いだろう、一つ〝昔話〟をしてやろう」
俺は俺を睨む女を見下ろし、続ける。
「昔々……と言ってもそれほど古くない昔、人の世に、一つの家庭に、1人の男が生まれた……だが、その家庭は普通ではなかった」
それは凡そ数十年前の昔話、ある男が死ぬまでの。
「独善的な父、自己愛の強い母、それを引き継いだ姉、そんな他と異なる家庭に生まれた男は、やはり普通では無く……それ以上に、異常だった……その男は人の心が見えた、赤い怒りが、青い悲しみが、憎しみの黒が、愛の桃色が……生まれて持った異才、それ故に知った……その家庭が愛したのは姉だけだと……それを知った所で、その男の色は元より空であったがね」
「そんな訳――」
「黙れ、まだ続く……さて、そんな家庭に新たに女が生まれた……だが、その女は男と違い、純粋無垢だった、生まれて直ぐに、確かに愛を与えられた女だったが……何時しかその愛は途絶え、愛に飢える様になった……父は仕事、母は姉を、姉は学業を理由に、生まれた妹へ愛を与えなかった……妹は唯一構い遊ぶ、男へ愛を求め……男は求められる愛を与えた……空虚であるが、しかし全ての色を生み出せたが故に」
そして月日は流れ、事件は起こる……必然の事件が。
「さて、そんな男に妹は依存した……当然だ、愛を与えたのはその男1人、血の繫がりを持った他人、己に全ての愛を与えてくれた兄、その天秤は壊れ、遂にその女はその愛を恋慕に変え、男を襲った」
「男からすれば実験の果ての産物、既に興味は無く、兄妹としてその愛を抑えたが……最後に一つ、興味を抱いた……この状況を他の家族はどう考えるだろうと……そして実行した」
「結論から言えば……〝罵詈雑言の嵐〟だった、父は怒り男を殴り、母は忌避し妹へ仮初の憐憫を抱き、姉は侮蔑し、憐憫を妹へ……その男は笑った、その愚かさに、醜さに、今のいままでその変化に気が付きもしなかった愚か者達が、正義を掲げ男を弾圧したのだから……そうして男は縁を断ち、死んだ……おしまい」
その話を黙って聞いていた女は、その事実に目を見開き、動揺を見せる。
「言った筈だ、男は死んだと、既に消えたと……何度も言わせるな、俺はお前にもあの女にも既に興味が無い、分かったら去ね」
「ッ〝クオン〟さん!」
「ッ!?」
俺の大剣を、アーサーが受ける。
「だよなぁそうだよなぁ、お前はそうするだろう……だからこそ俺はお前が〝嫌い〟だ」
――ゴンッ――
「ヴッ!?」
勇者の腹へ蹴りを入れ、そのまま追撃を始める。
「お前の在り方は別に良い、人の為に、随分と高尚な在り方だろう、俺もそれは認めよう」
「ガッ!?…ゴフッ……」
――ガシッ――
だが、それだけだ……〝心意気〟だけでは、ただの夢見がちな馬鹿でしかない。
――ガシッ――
アーサーの首を掴み持ち上げる、ボロボロの勇者を見て、俺は続ける。
「〝実力の伴わない正義〟だ、聖剣と言う都合の良い外付けの力だけ、お前自身の力が伴っていない、そんな鈍らで、俺を……〝悪〟を殺すに足ると、本気で思っているのか?」
「ガ……ヴッ……」
「そうだ、思っていない……それで良い、〝神の使い走り〟に俺は殺せない」
――ギィンッ!――
「無事か若いの!」
「三郎……さん」
――ブシャアッ――
「鋭いな、流石だ……長い時を積み重ねたんだろう、見事な技、そして己の在り方をしっかりと定めている……〝戦士〟の在り方を」
「気色悪い眼じゃのう……人の内をジロジロと」
「ハッハッハッ、良く言われる」
――ズッ――
「ぬぅッ!?」
「驚いただろう?……気色悪い以外にも、この目は便利だ……〝何者でも無い〟、だから〝何者にも成れる〟」
その動きを翁は……三郎丸は良く知るだろう、自分の動きなのだから、熟達した戦士のお前は余計に理解している筈だ。
「模倣し、己に落とし込んだ……しかし完璧では無い、未熟なお前、未熟な鏡……ならば他で補い〝別の物〟へ」
――グチュッ――
死肉が蠢き、三郎丸へ迫る、死肉で出来た触手を伸ばしながら。
「カァッ……バケモンがぁ!」
「そう、化物だ……ではお前は何だ?」
――パァンッ――
「足止めしろぉ!」
「クッカカカッ♪……そうだ、そうだな、お前達も敵だ……ちゃんと理解してるな」
――ガチャッ――
――ガチャンッ――
――パァンッ――
腕を生やし、装填し直す……そして再度放たれた凶弾は……。
――ギィンッ――
魔力の壁を削り潰れる。
「素晴らしいッ、出来る魔術師が居るなァッ!」
「ヒィッ、凄い見られてるゥ!?」
「さぁ、さぁさぁさぁ!……悪魔の心臓をもぎ取って見せろ!……人間共!」




