もう一つの英雄譚
――コンッ――
『〝怠惰貪る大地の落し子〟』
「グッ!?」
――ヒュッ――
『〝風荒ぶる放弄の悪精〟』
「キャァ!?」
――キュィンッ――
『〝憎悪を焚べし神災の焔〟』
「うわァ〜!?」
――ヒュンッ――
――バチィンッ――
「クッ…!」
『惜しいッ、後もう一歩で首を刎ねれたな♪――〝旧き神の奴隷〟』
――ギョロッ――
「ガッ…ハァッ!?」
嵐を纏う人型の化物が、大地から這い出す黒いタールの化物が、狂乱し憎悪を向ける炎の塊が、狭間を割いて現れた屍肉の塊の様な生命が…それぞれ、精霊王を襲う。
――ガリィンッ――
『何番煎じの奇襲だ?…それで殺れると思っているなら笑い草だな♪』
「ッ――」
そんな、精霊王をまるで玩具の如く扱う〝化物〟はその顔のない顔にニタリと笑みを作る様な声を上げながら、〝調停者〟の剣を片手で留める…その言葉に調停者たる〝古き天使〟は沈黙で返してその剣を強く握る…その刹那。
「〝霊樹ノ根〟!」
――バキッ、ベキベキベキッ――
その言葉とほぼ同時に空間に空いた〝穴〟から、何百もの〝根〟がその鋭い先端を此方へ向けて迫る…その根は周囲で戦う精霊王達を包み、その敵対者たる〝四の怪物〟と〝一の化物〟を串刺しにしてゆく。
『――ふむ…〝世界樹〟の〝一部顕現〟…ソレも相当な魔力を贄にしての…そんな馬鹿げた〝術〟を使い、その上でまだ魔力に余裕をもたせるとは…〝零落〟したとて〝元精霊王〟…類稀な〝五属性〟を持って生まれた生まれながらの〝特異個体〟…侮れないなァ♪』
――パチンッ――
『しかし生憎、折角温まってきたこの状況で水を差すのは勘弁願おう――〝神格消費〟――〝焔神〟』
――ゾクッ――
その〝言葉〟…その〝炎〟がこの空間に現れたその瞬間…フィリアーナとギルネーデ…そして世界樹に護られた精霊王の彼等彼女等は言いしれぬ悪寒と〝焦燥〟を抱く。
――コォォォォッ――
『〝灰燼に帰せ、ただ燃える狂気の神よ〟…〝祈りを紡ぎし愚者の呼び掛けにて今、顕現せよ〟』
その〝黒い焔〟が収縮し…ハデスの手がその焔を〝閉ざそうとする〟…その様はさながら〝祈り〟の如くに…。
『〝終局顕現〟――〝焦土ノ世界デ叫ブ者〟』
その手が閉ざされたその瞬間、フィリアーナが〝結界〟を張り、その場に全員が入る事が出来たのは全く以て偶然と言って良い…そして、仮に一人でもこの結界に入ることが出来ずに居たならば――。
――カッ――
「「ッ!?…チッ!」」
『ッ!?』
――ブォンッ――
5人と一人はその場に塵一つ残すこと無く消え去っただろう。
「『おっと!…いやぁ済まないね〝現在〟の!…生憎お前達の方まで気が回らなんだ!』」
「『二度は無いぞ〝過去と未来〟の…次またオレの邪魔をすればお前を〝喰い殺す〟』」
「『お〜怖い怖い♪』」
二柱の神の言葉だけが、その黒い〝熱〟の世界で響く…その先は誰一人と生きては行けない〝焔〟で覆われ、ただ分け隔てられた〝領域〟をその〝焔〟が駆けずり回ッていた。
――ジュゴオォォッ――
『ッ〜〜〜!?』
そしてその…〝神の暴炎〟は隔てられた結界の内側すらもその熱で灼き焦がし、中の生命を内側から焼いてゆく…。
その皮膚は焼け焦げ、しかしその結界を維持する為に意地を通して魔力を回す…ソレが功を成し…その焔は終局を迎え、〝世界から消える〟…。
――パチパチパチッ♪――
『いやぁ結構結構…良くこの攻撃を耐え忍んだッ…流石にコレは予想外に〝面白い〟!…〝無事とは言えずとも全員が生還する〟とは♪』
ソレと同時に崩れ落ちる6人と結界を讃える様にハデスはその声を弾ませて言葉を続ける。
『いやぁ…〝神格〟を魔力リソースに行った文字通り〝神焔〟を良く〝神へ至らない生命〟で断ち切った…〝現在〟の相手をしている〝賢者〟ならば或いはと言う〝術理〟だったのだが…いや、流石は〝魔の最高峰〟…〝精霊種〟の生命だ…感服の極みだよ♪』
――ピクッ…――
「ハデ…す…」
『――止めろ〝リアナ〟…もう肉体を維持する魔力しか残ってないだろう…如何に精霊王と言えどもその魔力で挑むのは無茶だろう…』
「ッ…まだ…!」
『――そうだな、〝生命〟を変換すれば後〝一度〟はオレへ術を差し向けられるだろう…だがそうすれば幾ら〝寿命〟の概念が無いお前と言えども〝死ぬ〟ぞ?…いや、その〝覚悟〟は好物だがな?…』
「ッァァァ…!」
――ビキッ――
リアナが声を絞り出し…魔力を紡ぐ…精霊王の生命を代価に生み出された〝搾り滓〟の集まりが…。
――パァッ――
無常にも霧散し、リアナの脚が砕け散る。
「――ァッ…!?」
『――お前達はもう〝充分〟だ…もう充分〝己の出来得る範囲〟をやり尽くした』
見上げるリアナを、ハデスは〝無貌〟に見下ろす…そして、そんなリアナへ優しく〝伝える〟
『――〝ソレ〟を成す者は…〝自らを捧げる者〟は…〝一人〟で良い…そうだろう?』
そして、その顔をリアナの背後に向けて、紡ぐ。
『〝ギルネーデ〟…準備は?』
その声に、リアナは振り向き…瞠目する。
――パキッ、パキパキッ――
「ッギル!?」
他の精霊王もその光景に言葉を無くし、フィリアーナも悲痛に叫ぶ…何故ならば其処には――。
「『あぁ…態々待ってくれて〝ありがとう〟…コレで、君を〝殺す〟可能性が出来た』」
己の血肉を〝生贄〟に、その魔力を描き陣を成して晴れやかに笑う…ギルネーデが居た。
『〝召喚陣〟か』
「『そう、召喚陣だ…君を殺す〝大役〟は僕じゃない…僕は君に届かない』」
『だから〝託す〟か?…己の未熟を、己の使命を、他所の誰かへ、押し付けて満足気に逝くか?』
「ッ…アンタ――」
「『――そうだとも、僕は僕の使命を成せない、だから〝託す事にした〟…僕の使命を〝人間〟に押し付けた…ソレは愚かな事だろう…笑うが良いさ』」
『あぁ、滑稽だな、愚かだ、馬鹿だ、阿呆だ、無責任だ…そして、そんな〝阿呆〟を赦す者もまた〝阿呆〟だ…だがもっと阿呆な事に――』
ハデスはそう言い、その声を喜色に滲ませて続ける。
『――そんな〝阿呆〟が、オレは大好きだ♪』
「『フフフッ♪…馬鹿踊りに馬鹿ばかりなのは、お似合いかな?』」
『豚に人参程に良く似合うだろうよ♪』
――ピキ…ピキッ…――
「『おっと……それじゃあ、僕は踊り疲れたし〝眠ろう〟かな…フィリアーナ…先に〝向こう〟で待ってるよ?』」
「ッ…馬鹿、馬鹿ッ、〝昔から〟自分勝手に決めないでよ、この馬鹿ァ!」
「『耳が…痛い…ねぇ…』」
ギルネーデはそう言い、その身を朽ちさせてその最後の一片を〝陣〟へ注ぐ…そして。
――パリンッ――
「――御託は要らない」
『あぁ…そろそろ、夢から覚める時間だからな…〝最後の一曲〟にしよう♪』
その陣にたった一人の〝生命〟を送り…その〝魔術〟は崩壊する。
――ザッ――
「『ッ!』」
――ギリィンッ――
そして、ハデスはその身体から魔力を滲ませて笑う。
――ザッザッ――
「シィッ!」
――ザシュンッ――
天使に選ばれた、〝守護〟を持たない〝人間〟の…その〝旧い古い剣〟の切っ先を肌に添わせながら。




