偽りの愛を血濡れた君へ、血濡れた愛を化物の貴方へ
――キィィンッ――
「〝万悪の創剣〟――〝虚ノ罪剣〟」
「〝独壊〟――〝禊五身〟!」
――ジュイィィンッ――
黒と白が打つかり合い、その力を混じり合わせ対消滅を引き起こす。
――ゾオォォォッ――
――バチッバチバチッ――
二人の放つ魔力の〝暴威〟は時を追う毎に強大に膨れ上がり――。
――ブチブチブチッッ――
「「ッ!――プッ!」」
打つかり合う度にその安定感を失い不安定な揺らぎを持ち始める……その様を表すならば、それは〝蝋燭の終火〟…燃え尽きる寸前の蝋燭が魅せる最後の煌めきの様だと表せるだろうか。
――ザッ――
「ウオォォォッ!!!」
「……」
――ギギギギンッ――
セレーネの打撃はその精度を一撃の度に鋭く研ぎ、その一撃はセレーネが振るう度に重くなる。
「……成る程」
――ジャリンッ――
「ツッ…!」
「〝煩悩〟…否、〝欲〟を抱く想いの数と質が上がれば上がる程に、その〝器〟の能力を上げる〝業〟か」
――ジャンッ――
セレーネの拳を跳ね上げ、その身を剣で切り裂きながらハデスはセレーネの力を看破する。
「テメェも〝似た様なモン〟だろォッ!」
ソレに対し、セレーネは血を吹き出しながらも怯むこと無くその顔へ殴り掛かる。
――ベキベキベキッ――
その拳を己の空き手を犠牲にしながら受け止め、ハデスは無表情に肯定する。
「――嗚呼、正解だ…面白い物だな、互いの条件は全く異なると言うのに、その力は〝感情〟を起点に生まれる〝似通った〟力だ…運命的と言い換えても良い」
「ッその喋り方止めろ!――むず痒いッ」
しかしそのハデスの様子が気に障ったのか、セレーネがその拳に更に力を込め、ハデスを軽く吹き飛ばす。
――ザザッ――
「――悪いがソレは無理だセレーネ、お前との戦いに〝コレ〟は必要だからな…気に触るのも致し方無いのはそうだがな」
セレーネの怒声に、しかしハデスは無表情にそう言い己の心臓…その胸に減り込んだ〝杭〟に触れて言葉を紡ぐ。
「お前と違い、オレの力を強化する感情は〝空虚〟だ…何一つと感じない穴の空いた心、即ち〝虚無〟と言う人ならざる心を抱けば抱く程…その力は強くなる」
「何だソレ、下らねぇッ!」
「あぁ、本当にな…コレが〝俺〟を救う1つの〝形〟である事が尚の事腹立たしい」
「〝救い〟ダァ?」
――ギリィンッ――
己の傷を治癒したと同時に二人は駆け出し、また超近接での〝切り合い殴り合い〟を始める…その闘争の最中に〝会話〟を交えながら。
「――生まれながらに〝心〟等見えていなければ…己の〝空虚〟に疑問を抱かねば、どれだけ幸福だったのだろうな…無知は罪と言うが、〝知り過ぎる〟と言う事もまた〝罪深い〟物だ」
「シィッ、それでェッ!――ソレの何が〝救い〟だって!?」
「簡単だ…空虚に満たされて、その事に疑問等抱かなければ…〝人の光〟に目を灼かれなければ〝俺〟はただの〝化物〟で居られた、〝化物で居る事〟を許容出来たんだ」
――ギンッガッドゴッ――
「――彼等は生まれながらに〝虹の水槽〟を持っていた、何者の手垢も無い美しいオーロラの様な水槽が…だが、〝俺〟に天から与えられたのは〝穴の空いた水槽〟だけだ…幾ら水を注ごうが底から零れ落ち、穴を埋める事も出来ない〝欠陥品〟…其処に注ぎ込まれるのは〝混ざり合わない油の塗料〟…どれだけ本物に近付けても、どれだけその薄皮の繋ぎ目を綺麗に隠してもその本質は変わらない…そんな〝醜悪〟が煮詰まった様な〝人に生まれただけの化物〟が〝俺〟だ」
「………」
「故に…この〝今の姿〟が、一つの〝救済〟なのだ…〝人に憧れる事すら止めた虚無の化物〟と言う〝今〟が「フンッ!」――」
――ゴスッ――
ハデスがそう言葉を紡いでいたその最中、その言の葉はセレーネの頭突きによって掻き消される。
――ブチブチブチッ――
「ッ――痛ェッ、硬すぎんだろテメェッ」
「ッ…四肢を失くした上での選択ならばまだ分かるが、手足も残っている中でその綺麗な顔を武器にする必要性は無いと思うがな」
「テメェが意味わかんねぇペラ回してっからだろうが!」
「?…意味の分からない言葉とは?」
「五月蝿えッ、取り敢えず打ん殴る!」
「――殺し合い何だからそうなるだろうな」
――プツン――
「……」
「…おい、良いのか?…感情を鎮めるとお前の術は機能しないぞ」
ハデスはそう言うが、セレーネはただ沈黙し…静かに煮え滾る溶岩の様な怒気を纏いハデスへ拳を振るう。
「……コレは…成る程、〝性質〟が変わったな…」
その拳を受け止め、ハデスは己の腕にじわりと広がる痛みに目を向けると、其処には焼け爛れた掌が映っていた。
●○●○●○
「――この攻撃も中々に厄介だが、コレではオレを殺し切れんだろう?」
〝ソイツ〟の言葉が耳に触れる…その声がただ鬱陶しい。
「…何を怒っている…いや、怒り自体はお前の業を機能させる上で搭載されて然るべきだが、その〝怒り〟違う〝怒り〟だろう?」
「五月蝿えよ馬鹿野郎が」
私はハデスの言葉にそう良い拳を振るう…ハデスの困惑の顔が見て取れる、しかしソレ以上に〝増す〟ハデスの〝力〟が尚の事私の怒りを買う。
「巫山戯んなよテメェ…!」
「巫山戯る?…巫山戯て等いるものか、オレはお前を殺す為に今、全力で相対しているだろう…出なければこれ程の〝代償〟は払っちゃいない」
「ッ――黙れ!」
――ゴスッ――
「ツッ…どうした、お前らしくもないぞセレーネ…普段のお前ならば此処からオレを仕留める為に次の手を出していただろう」
「何が〝救い〟だ…何が〝化物で居る事を許容する〟だ…らしくねぇのはテメェだろうがッ」
〝ソイツ〟の言葉に怒鳴り返す…本当に腹が立つ…何が全力だ…コレなら…。
「本気を出す前のテメェの方が断然マシだ……ッ!」
――ゴッ――
「私の知ってるテメェはッ!…今のテメェみてぇに〝死んじゃ居なかった〟!」
「…表面はそうだな、中身を満たすソレは奥の奥まで〝染まる〟事は無かったが」
――ジャリンッ――
「――お前が何を〝抱いているか〟は理解している…だが、ソレは〝止めておけ〟…〝俺〟では〝お前〟のソレに応えることは出来ない」
「ッざっけんな!」
――ヒュンッ――
「ッつぅ…!」
「――巫山戯ちゃ居ない、確かにオレはお前を〝好いている〟…お前の様な〝存在〟を尊敬し、敬愛し、愛おしく思っている…ソレは〝憧れ〟であり、〝俺〟がお前へ、〝お前達〟へ抱いていた物だ…だが、如何にそう思っていたとしても、〝俺〟の心は欠片の作動もしなかった…〝お前達が好きだ〟、〝だが俺にはお前達を真の意味で愛せやしない〟…どんなに身振り手振りで示そうが、どれだけ上手く演じようが腹の底に、渦巻く〝空虚〟は変わらない」
セレーネとハデスが互いに言葉を紡ぎながら、その剣戟を苛烈に強める…そして。
――ドォッ――
〝黒〟が〝白〟に覆い被さり、抑え込む…ハデスの身体を這い回るその呪詛の紋様は百足の様に蠢き、そのはその持ち主の魔力を吸い、〝鋭く〟、〝強く〟成る。
「――お前の〝愛〟に応えてやれない」
「ッ――ァア!!!」
ハデスのその言葉に、セレーネが地面を蹴り、渾身の力を込めて殴り掛かる…。
「――ソレは悪手だろう?」
その拳が届くその直前に、ハデスの顔の直ぐ其処で拳は止まる。
――ポタッ……ポタッ……――
「――勝負有り…か?」
「コフッ…!?」
己の剣から伝う、その生温かいセレーネの温もりを感じながら、暗闇に染まった瞳は胸を貫かれて口から血を吐き出すセレーネを映す。
ソレは誰が見ても分かる〝致命傷〟、心の臓腑を貫かれ、セレーネの拳がグラリと落ち――。
――ガシッ――
ハデスの〝胸倉〟を掴んだ…。
「ッ!」
「油断すんじゃねぇよ、この馬鹿ッ!」
驚くハデスへ、セレーネの拳が飛ぶ…。
――ドゴッ――
「下らねぇ事ばっか抜かしやがって!」
――ビチャッ――
「何が〝偽物〟だッ、何が〝救い〟だッ…私の知る〝ハデス〟はこんな〝空っぽ〟な奴じゃ無かった!」
――ドゴッ――
「偽物だろうとずっと手を伸ばして居たッ、テメェみたいに〝下らねぇ力〟を使おうなんざしちゃいなかった!」
――ビチャビチャッ――
「偽物!?――〝だから何だよ〟ッ、テメェはそんな〝物〟で止まるタマか!?」
――ゴスッ――
「私の〝愛した男〟はッ!…テメェはッ!…こういう時は何時も〝嘲笑ってた〟だろうが!」
――ビチャッ――
殴るセレーネの拳に、真っ黒な〝血〟が飛び散る…そう感情のままに叫ぶセレーネはその強い瞳をハデスへ向ける…そして殴り続けるセレーネ…だが。
――ドッ――
「畜生……折角の戦いが台無しじゃねぇかッ…巫山戯んなよ…」
その力が弱まり、セレーネがそう小さく叫ぶ…その〝悲痛〟の声を。
「なぁ、おい…ハデス……テメェにとっての私はッ、〝この程度〟の存在だったのかよ…」
セレーネが、その言葉と同時に…その力を失ったのかフラリと倒れる……その瞬間。
――ズオォォッ――
「ッ!?…ギルネーデッ、テメェ…!?」
「悪いねセレーネちゃん…けど、もう〝決着〟は着いただろう?」
セレーネの背後から、凄まじい魔力の奔流が迫り…ギルネーデの放つ、〝聖なる力〟の奔流…アーサーの〝ソレ〟に良く似た〝光条〟はセレーネ諸共、ハデスを呑み込んだ。
「ッ巫山戯――ッ!?」
セレーネが叫ぶも、それは既に遅く…ただ、〝光条〟は無常にも二人を焼き尽くす。
――………――
残されたのは、塵芥も無い…ただ消し飛んだ〝大地〟と、焼き尽くされた空気の熱波だけ――。
「――嗚呼、本当に愚かだな」
『ッ!?』
……の、〝筈〟だった。
――ズオォォォッ――
「〝己〟の情け無さには本当に不快感が募る…」
「ハデス…」
光が〝黒〟に消し飛ばされる……その渦巻き膨れ上がり、〝嘶く黒〟の渦の中を守護者達は目にする。
「大事な〝パートナー〟を楽しませる事も、〝パートナー〟の務めで有ると言うのに…夢に熱を入れすぎ、失念していた…済まない、セレーネ」
倒れ込むセレーネを抱き抱える様に、セレーネを見つめ返す…〝欺瞞の表情〟を。
「赦してくれ……とは言わない、お前の一夜を台無しにしてしまったんだ…永劫に恨む事を受け入れる…だが、一つだけお前へ問いたい…」
その顔は、無表情なさっきとは打って変わり…幾らかの人間味を増した顔をしながら、セレーネへ問う。
「〝お前を愛して良いのか〟?…この私が、〝化物〟の私が…心に抱けぬこの同仕様も無い〝欺瞞の心臓〟から、この枯れ果てた乾いた声で、〝お前を愛する〟と言っても…」
ハデスはそう言い、セレーネを見る……セレーネはその瞳に浮かぶハデスの〝戸惑い〟を見て黙る…。
――………――
沈黙が支配する、この空間に、ハデスはただセレーネを見る……その瞳を揺らして、その様はまるで…年端も行かない〝童〟の様に忙しなく、そのハデスの〝様子〟にセレーネはその身体の余分な力を抜き――。
――チュッ――
「〝愛しているさ〟…例え〝偽物〟にしか成れないお前でも…私は〝お前が大好きだ〟」
孤独の王に、〝接吻〟を交わした。
「…………そうか……そうか……なら、〝俺〟も、改めてお前へ…セレーネへ伝えたい」
ハデスはそう言い、セレーネを強く抱き締め…セレーネの瞳を見て紡ぐ。
「俺も、お前を〝愛している〟よ」
そう…人工の〝愛〟を纏い…セレーネへ口付けする。
「――嗚呼、本当に…今更ながら悔やんでも悔やみきれないな…叶うなら、やり直してしまいたい」
「嗚呼、私もだ…けどまぁ、良いさ…やっと〝アンタ〟に伝えられたからな…♪」
――パキッ――
「――あぁ、もうお別れかァ……どうせならもっと、テメェを〝味わえば良かった〟…おい」
「ッ何だ――」
セレーネの言葉にハデスがセレーネへ言葉を紡いだその時。
――ズブッ――
「ッ!…お前…」
「どうせ〝死ぬ〟なら……最後まで〝旦那〟の役に立ちてぇのが、〝妻〟の生き様ってもんだろ?」
セレーネがそう言い、その身を〝朽ち果てさせる〟……。
「…フッフフフッ……本当に、お前は〝変わらないな〟…何処までも〝俺〟を魅入らせてくれる」
――バクッ――
「――良いだろうとも…〝愛する妻〟からの御膳立てだ、〝最後まで身勝手〟にやらせてもらう…〝特等席〟で見ていてくれよ、〝セレーネ〟?」
その言葉と同時に、黒い〝瘴気〟が完全にハデスへ吸収され……そして。
ハデスと〝守護者〟は…再び相対する。




