堕ちて戻りし戦乙女
(このままじゃ…死ぬ!)
眼前の視界を埋め尽くさんばかりに広がるその〝血の噴水〟を見ながら、ミアは…否、その場から落ち行く守護者の皆はそう心の内で死を予見する。
(どうする、どうする、どうするッ…こんな馬鹿げた濃度の呪いなんて解呪する事すら出来ないだろう…!)
(魔力はもう皆消耗し過ぎている…何かを成すにしても魔力が足りない、供給する時間も無い…!)
逸る鼓動、頬を伝う冷や汗…刻々と迫る〝衝突〟…何一つ考えつかない有効打…。
本能から感じ取る、迫る〝死の気配〟に皆が顔を引き攣らせる…その時。
――ズオッ――
守護者達を真っ黒な〝何か〟が包む……ソレが何なのか、守護者達が理解するよりも早く――。
――ドボォッ――
「『ッ〜〜〜!?!?!?』」
声にならない〝化物〟の悲鳴が響き渡る……そして。
「『〝自らを盾に仲間を〟護るか…良い判断だ、その行為は間違いではない…』」
――ビキッ――
ハデスの声が響き渡ると同時に、その黒い……〝ジャバウォック〟の身体は粉々の塵に変わり、そして宿主たる〝ビーク〟を真っ黒な痣模様に染めて遥か空へ放逐する……。
「『〝登り〟は凌ぎ…〝降り〟はどうする?』」
地面へ降り立ち…私達の方を見ながら笑みを作るハデスの声に空を見る…。
「…あ」
その空高くには、さっきジャバウォックが身を挺して防いだ〝死の噴水〟が空に広がり――。
――ザァァァァッ――
そして降り注いだ……〝呪いの雨〟が。
――ポタッ――
その滴に肌が触れた…たったそれだけで己の身体が鉛の如く重く成る。
――ポタポタポタッ――
滴が触れる度にその身体に黒の斑点が生まれ、それは見る間にその侵食を成し遂げる…。
――ドサッ――
「グゥッ…!」
「『肝心な時に詰めが甘いのはどんな存在でも変わらんなぁ?』」
膝を突き、苦悶に悶える守護者達へ…真っ黒な黒靄に身を包みながらハデスの声が響き渡る。
「ハァ……あの規模の肉体構築はやはり魔力消費が馬鹿にならんな…しかし、その甲斐あってか…いや違うな…ほんの少しのオレの方が上手だったか?」
そしてその黒靄から姿を現しながら、ハデスはクツクツと嗤い守護者達を睥睨する。
「魔力は無く、打つ手も無く、己の身は毒されてゆく…これ程の窮地で尚もお前達は〝足掻く〟事を止めない…その〝眼〟がその証明だ」
――ガッ――
ハデスは嗤う…その手に、〝ビーク〟の亡骸を手にして。
「この舞台の最初の脱落者は〝お前〟だな♪…〝致命と悪夢の剣〟を持ちし〝献身の英雄〟…しかし神殺しは果たされず、未だ舞台は幕を下ろすことはない」
――ズズズズッ――
そして、そのビークの亡骸から〝黒い瘴気〟の痣を吸い尽くすと、ビークの亡骸は塵となって消える。
「――さて、〝英雄〟諸君…君達は依然ピンチの真っ盛り、しかしその不倒の精神をオレは〝知っている〟…故に」
――パチンッ――
『ッ…!』
ハデスが言葉と共に指を鳴らす……その直後、ハデスの背後の〝巨大な蛇〟の骸はその身体を瘴気に変えて、守護者達の周囲で真っ黒な〝刃〟と成り立ち並ぶ。
「――〝手加減〟はしない…私の〝玩具〟よッ、この窮地でお前達はどう〝対処する〟?」
言葉と共に、ハデスの生み出した瘴気の刃は守護者達へ牙を剥く……動く事も出来ず、その場で呪へ侵されつつ有る彼等彼女等は抵抗しようにも身体を動かす事は出来ない…ただ。
――パチンッ――
「ッ――フフフフッ♪」
〝己の生命〟を賭してでもと…賢者は魔術を行使する…呪いに侵された身体で、魔力もそう有るわけでもないと言うのに、バラバラな位置に居る守護者達を〝一箇所〟に転移させる。
「ゴフッ…ア"ー"…サ"ー"ァ"…!」
その代償を受け、身体が朽ち果てる最中…プロフェスは己の眼前に居る〝勇者〟へ叫ぶ。
「ッ――〝聖剣解――」
そして、勇者は賭けに出た…己の聖剣の力を行使し、迫る殺意よりも早く、皆を護る盾を掲げる〝賭け〟に…。
しかし、無常か…或いは当然か…アーサーよりも早く、呪いの〝刃〟は皆へ降り掛かり…その刃が〝肉〟へ喰らいついた――。
――シャンッ――
……〝筈〟だった。
「――ッ!?」
一瞬、ハデスは〝目を疑った〟……何せ、己の放った彼等への〝殺意〟が何の前触れもなく〝消滅した〟のだから…。
「――お前か……〝ギルネーデ〟…!」
しかしその状況を認識したハデスはその瞬間…この〝現象の元凶〟の名を紡ぎ、その〝気配〟を睨む…そのハデスの声と目線に、守護者達も己等の頭上を見上げる……其処には。
「『いやぁ……〝間一髪〟って所かな?』」
その〝両翼〟の巨大な白翼を伸ばし、その手に白い細身の剣を握った〝天使〟が居た。
●○●○●○
「――相変わらず、肝心な時にお前は何時も邪魔をするな?」
――ギィッ――
オレはそう言い、ギルネーデの元へ転移し、斬り掛かる、そして鍔迫り合いながら互いに言葉を交わす。
「君が〝やり過ぎ〟無ければ、僕も君も…〝友達〟のままだったんだけどなぁ…」
「よく言うな、役割を終えた後は殺そうと考えていた癖に」
「それも〝仕事〟だからね…嫌でも熟さないと行けないのが仕事人の辛い所だよ」
「そうか」
――ギィンッ――
――ザザザッ――
鍔迫り合いを止め、ギルネーデから距離を取る…そして、守護者達へ白い結界を施すギルネーデへ言葉を続ける。
「それで?…態々守護者の窮地に現れた天使サマが次の相手か?」
「――コレで良し、暫く其処で回復しときなよ――それと、質問の答えは…残念だけど〝僕〟じゃない」
「…ほぉ?……ならば、誰だ?」
ギルネーデの回答に、オレは続きを促す様に声を上げる…そして、ギルネーデが口を開く……。
「〝彼女〟さ♪」
その言葉と同時に、オレは上空からの〝悪寒〟にすかさず腕を翳す…その直後、凄まじい勢いで落下する〝ソレの脚〟がオレの腕に深く沈み込んだ……。
その、〝存在〟を認識した……その時、オレを見るその〝瞳〟に…思わず呆けてしまった……何故ならば。
――ダンッ――
その、正体は―――。
「〝神落〟…!」
――ズドォッ――
その〝女〟の攻撃にオレは吹き飛ばされ、壁を砕く…しかし、そんな事等今のオレには欠片の〝意味〟も成さなかった……ただ。
「――嗚呼、そうか……そうか♪」
ただただ……今、己の視界一杯に〝映る〟……その〝女〟の事しか、オレの脳には届かなかった…。
「確かに、お前達の好きにしろと言った……ならば、〝裏切る事〟もソレはお前達の自由だったな……なぁ、〝セレーネ〟…」
オレの言葉に、その女は……セレーネはその真紅の長髪を靡かせて、その顔を好戦的な、美しい笑みを覗かせて、オレを見た。
「そう言うこった…文句はねぇよな?」
――ザッ――
「嗚呼……勿論だとも……〝私の愛しい人よ〟」
オレとセレーネが互いに見据え、構える……その光景は、〝五百年前〟のあの日と、良く似ていた。




