血酔の戦猪
――ズドォンッ――
「おぉ!?――冷てえなぁ!?」
「……チッ」
――ズドオォォッ――
草原と岩山に囲まれた世界で、凄まじい〝破壊音〟が鳴り響くその音はその直ぐ後に空を飛ぶ膨大な土砂と、その中に紛れて空高くへ昇る戦士の屍で満ちていた。
「近付けねぇ…」
「どんなバケモンだよ…」
その光景を見ながら、その場に集う〝守護者〟達が思わずその足を踏む…その身体を恐怖で縫い付けられたように震えさせて。
――ゴトッ――
「――ただでさえ素の攻撃もキツイってのに、凍らされたり焼き落とされたり…冗談キツイぜ…再生能力を鍛えてて良かったよ本気で…」
その視線の先には、己の凍り付いた腕を踏み砕きながら、次の瞬間には再生を終えてその大剣を肩に掛けるバリッドと、相対しながらその凄まじい再生速度に顔を渋くさせる三郎丸とニノが居た。
「バリッドめ、少し見ぬ間に〝化けおった〟な?」
「ん…凄く強い…」
その強さをして〝鬼〟と形される2人のその言葉に、バリッドは少し照れ臭げに否定する。
「そりゃあ〝五百年〟も経つんだから当たり前だろうがよ、俺としちゃ五百年死ぬほど鍛えたのにアンタ等を相手に互角って言うこの状況のが堪えるぜ」
そんな、敵同士だと言うのに仲よさげな会話を締め直す様に、バリッドはまた大剣を構え、二人を睥睨する。
「さて…アンタ等を相手に勝つにゃ俺じゃキツイと諦めて、早々に〝ボスの力〟を使う……ってのも手だが…ソイツァ〝俺の趣味〟じゃねぇ」
バリッドは言葉と共にその〝闘気〟を二人へぶつけ、身体全体を深く落とし…力を込める。
「「ッ…」」
その一連の動きに二人は真剣に〝観察〟し、その次の動作への対応を試行する。
「〝俺で殺る〟…ボスにゃ悪ぃが、〝アンタの力〟は借りねぇ…文句は言わねぇだろうな?」
バリッドはそう独り言ち、己の知る〝主〟の、その問い掛けに対する応えを想像し口を緩ませる。
『構わんとも、やって見せておくれよ?』
バリッドがその言葉を幻聴し…そして、一瞬、数えるも、感じるも一瞬の間に静寂が〝生まれた〟その刹那。
――『ドゴォッ』――
バリッドは、体感にして凡そ一秒の後…己の遥か後方で生じた〝音〟を聞きながら、直ぐ目の前で〝立ち尽くす二人〟に刃を振るった……。
○●○●○●
((…は?))
二人は、今目の前に起きた〝現象〟にほんの一瞬の一瞬…〝思考を詰まらせる〟…。
直ぐ目の前に〝バリッド〟が居る、その刃が己達の首目掛けて振るわれている、その背後では砂塵が柱の如く立ち昇っている…ソレは理解した、〝バリッドが一直線で己等の元へ迫って来た〟と。
二人が〝驚いた〟…否、〝動揺〟したとも言い換えても差し支えないその〝感情〟を抱いたのは、〝その一連の動きを己等が認識出来なかった事〟にある。
三郎丸は世界から見ても優秀な〝戦士〟である、〝ニノ〟も三郎丸と優れずとも劣らない〝戦士〟で在る…二人を相手に対等にやり合える存在が片手で数える程度しか居ないと断言出来る程に。
その二人が〝見えなかった〟…。
〝大地を蹴る所作〟も。
〝一直線に迫る巨躯〟も。
〝己等へ振り抜かれる刃のその始まり〟も。
ソレは魔法魔術なんて物では無い、炎が生まれる過程を無視し、〝結果だけ〟を顕現させる様な〝奇っ怪な術理〟では断じてない。
ソレは現実に起こった事。
大地を踏み締め力を込めて。
気張る息と共に大地を踏み砕き。
己等の眼前に〝走って〟来た。
実際にその過程を経ている…ただ、その過程が、己等の認識を凌駕した速さで成されたと言う事に、二人は動揺する。
なまじ今戦う存在との本格的な戦いが少し前の話であったが為か。
二人はその〝動揺〟の原因を理解する。
((油断…!))
ソレは己等にとって付け入る隙と成る物で有ると、二人が常に律して来た〝悪癖〟…他者への過小評価。
ソレを律して来たつもりだった…だからこそ、無意識下にバリッドを〝過小〟に評してしまった。
己等にとっては一月であっても、バリッドにとっては何百年の月日で合ったことを知っていたと言うのに。
しかし、後悔は遅く…その慢心は最早変えようの無い〝今〟に牙を剥く。
――ズドォッ――
そして、バリッドの〝大剣〟は振り抜かれ……二人は〝喪失感〟を感じるだろう。
「「油断大敵…(じゃなぁ)」」
●○●○●○
〝血飛沫〟と共に声が響く……三郎丸とニノの〝肉〟が宙を舞い……そして、空の〝月光〟に被さり…〝落ちる〟…。
――ガシャァァンッ――
切り飛ばされた〝腕〟と、その手に握られていた〝武器〟が。
――ゾッ――
その刹那、バリッドを射抜く〝殺意〟に反射的に大剣を立てる…。
――ギィィンッ――
その瞬間、バリッドの大剣と打つかり合う〝ソレ〟の重さを感じ、バリッドはその勢いに乗り飛び退く…。
――ズザザッ――
「ッ―――……マジカヨ…結構良い所行ってたと思うんだがなぁ?」
そして、飛び退いた先から見た…その殺意の元を見て思わず〝溜息を吐く〟…其処には――。
――ピキピキピキッ――
――ジュウゥゥッ――
切り飛ばされた〝腕〟の傷を、焼き塞ぎ、或いは凍らせて止血する〝隻腕の鬼〟達が立っていた…その目は溢れんばかりの戦意と殺意に燃え、ただ一点の〝敵〟に注がれていた。
「……で?…俺ァアンタ等を本気にさせちまったのかい?」
バリッドは分かり切った言葉を紡ぎ、二人を見る…二人はソレへ肯定の意を示し、それぞれが口に紡ぐだろう…〝己の不甲斐無さ〟と、〝敵への謝罪〟を。
「応とも…しっかりと〝目が覚めた〟わい…手間を掛けさせたのう…〝バリッド〟よ…」
「ん……片腕はその〝御詫び〟…貴方を身くびっていた私達の〝戒め〟…」
――ゾワッ――
そして、膨れ上がる〝血濡れた戦場の空気〟に、バリッドは知ってか知らずか口角を上げ、二人を見る。
「「今、この身に慢心は無く…全身全霊を以てお前を斬る」」
その笑みに、二人の鬼は同じく獰猛な笑みで相対する……その挑発に似た宣言に対し。
「ハッ!――上等じゃねぇか、勝つのは俺だ!」
バリッドがそう啖呵を切り、今再び3匹の〝化物〟の〝闘争〟が始まった。




