悪魔の掌
――ガヤガヤガヤガヤッ――
「――おいどうなってる、何でハデスが〝イベント〟を創れるんだ!?」
「彼奴があの世界の〝核〟に直接干渉したんだよッ、どうなってんだ彼奴ァ!?」
「おい〝今直ぐ〟ハデスの〝抹消〟を――」
「いや、先ずは〝交渉〟を――」
燦々降り注ぐ太陽とは裏腹に、〝渾沌の夢〟の社員はその腹の中に底しれぬ負の闇を〝抱き〟ながら、元凶へ何度目かも分からない〝怒り〟を抱く。
「おい〝藤原〟!――何で〝ハデス〟が〝権能〟を使ってるッ、制限してたんじゃ――」
――ガタンッ――
「〝黙ってろ〟」
『ッ――!?』
1人が発したその一言に、底冷えする程冷たい声が響き渡る…その声に満ちる悪寒に場は静まり返り、冷や汗と共に顎に手を当て独り言の様にブツブツと呟く〝太一〟を見る。
「間違いなく契約に関わる範囲の〝行動〟だ、何故〝契約〟が発動しない…?」
「どうやってすり抜けた…〝契約の絶対性〟は〝核〟への干渉でも書き換えられない様に〝あの人〟が組み込んだ筈」
「契約のすり抜けか?……」
太一は脇目も振らずに思考を回す…太一の操作するコンソールにはハデスと太一…〝運営〟と繋がれた〝契約〟の繋がりが映し出され、そのコンソール一杯に今の状況と〝世界〟全域に広がる被害予想シュミレートが映っていた。
―――――――
【契約名:世界への不利益の防止】
契約者:〝藤原太一(観測者)〟と〝ハデス(悪性プレイヤー)〟
契約内容:世界崩壊の因子に成り得る〝術理〟の、〝害意による行使〟を禁止する事。
契約違反の代償。
ハデスへの代償:現時点での器の完全破壊及び抹消。
藤原太一及び観測者全員への代償:世界崩壊の可能性の極増、及びハデスとの契約破棄
―――――――
其処に記されたのはハデスと観測者の取引の内容……その文言を彼等は見、そして太一はその目を大きく開き呟いた。
「〝害意有る行使〟の禁止……コレかッ!?」
一人だけが理解し、ソレを裏付けるべくコンソールを動かす太一に、太一と唯一マトモにコミュニケーションの取れる大泉月平はどういうことかと説明を求める。
「どういう事ッすか太一さん!?――今ので何が分かったんスか!?」
その言葉を聞きながら太一がコンソールを動かす…そして、その〝画像〟を運営の巨大なスクリーンに投影し言葉を繋ぎ始める。
「――ハデスはこの日の為に〝全て〟仕込んでいた…契約による〝縛り〟で俺達を油断させ、その油断を突いて〝この状況〟を創り上げたんだ」
「もう少し噛み砕いて下さいッ」
「――……フゥ…すまない、少し熱くなった……説明すると…先ず、ハデスの目的は〝俺達を舞台外〟…つまり〝裏方〟に押し込む事が目的の一つだった…彼奴は、〝守護者とハデス〟が一つの舞台で決着を着ける〝演目〟を作る事が狙いだった……だが、ソレを成すには〝運営と世界及び神性〟達が邪魔だった訳だ…その障害を〝除く〟為に、奴は大分前から動き出していた…」
太一は言葉と共に一つの映像を見せる…ソレは〝四の環を描く大蛇〟の姿。
――――――――
【(パラトゥス・ユスティ・アニモ・トラス)】LV150(MAX)
【永劫ノ魔陣蛇】
【状態:永劫ノ生陣】
生命力:∞(破壊不能)
魔力 :∞(破壊不能)
筋力 :0(行使不能)
速度 :0(行使不能)
物耐 :∞(破壊不能)
魔耐 :∞(破壊不能)
信仰 :∞(破壊不能)
器用 :0(行使不能)
幸運 :0(行使不能)
【固有能力】
〈永劫ノ魔陣蛇〉(永続発動)
【保有能力】
〈全て使用不可能〉
【称号】
〈生きた陣〉、〈永劫の蛇〉、〈その他称号喪失〉
――――――
「1つ目はコイツだ…コイツは遥か昔、五百年前にハデスが四方へ埋めた〝種〟…コイツは五百年と今までその力を増し続け、汎ゆる縛りを化しながらも〝生き続け〟…そして〝無限の化物〟と成って〝生きた魔術陣〟としてハデスの舞台を作る〝礎〟に成った……〝対価の蛇〟として、守護者の利益の内に隠れ潜みながらこの日を待っていたんだ」
そう言い、その大蛇の映像を移し替え…次は地獄にかつて存在していた〝7匹〟の悪魔を映し出す、そして、その地獄の至る所に存在する魑魅魍魎共も。
「2つ目に〝大罪悪魔の吸収〟…障害の一つで有る〝神格達の拘束〟の為に冥府へ行き、そして全ての大罪悪魔の力を収奪した…その膨大な魔力と人智を超えた〝大罪〟の力を手にした…俺達は油断していたんだ…〝契約一つ〟だけでハデスを完全に〝制御下〟に置いたと思い込んだ…そのツケだな」
「――それじゃあ…どうやって〝契約〟をすり抜けたんスか?」
月平が問う、その言葉に対して太一はコンソールを動かし〝ハデス〟の映像を映し出す。
――ブォンッ――
「コレは〝ハデス〟が〝この状況〟を作る少し前の映像記録だ…そして――」
――ブンッ――
「コレがその時の〝ハデス〟の〝感情値〟だ…」
そう言い映し出されるハデスの姿……その姿は楽しそうな笑みを浮かべ、外道な笑みを浮かべているが、その腹の底の暗闇から浮かび上がる感情は〝白く光っていた〟
「……コレが、どうかしたんスか?」
「思い出すのは俺とハデスの〝契約内容〟だ…〝害意を以て行われる強力な魔術の禁止〟…コレが俺とハデスの交わした〝契約〟」
「…ッ!?――まさか」
そして、太一の言葉に漸く理解を得た彼等が瞠目し太一を〝見る〟…すると太一は頷き、ハデスを見て答えを紡ぐ…〝化物〟を見るような忌避と感嘆を込めた眼で。
「――ハデスは〝善意〟で、世界を壊し得る〝術〟を行使している…どういう絡繰なのかは知らんが、まんまと嵌められた…〝害意を持たない術の行使〟は一切の制限がなかった……コレが俺、俺達の〝油断〟だった…」
その言葉と共に太一が席を立つ。
「太一先輩、何処に行くんスか!」
「皆はそのまま現状維持、リソースに糸目を付けるな、ありったけを守護者達にくれてやれッ、俺は…〝社長〟へ報告と〝ハデス〟と話してくる」
そして、太一は運営室の扉を開き外へ出る…すると。
――ピコンッ――
「ッ……相変わらずどんな頭してるのか…」
懐から鳴り響くスマホに手を伸ばし、そしてそのメールの送り主の名を見て冷や汗を流す。
―――――
太一君へ。
社長室は空いてるよ…ソレと、盗撮盗聴はしてないから安心してね。
夢見より。
―――――
其処には、まるで太一の行動を見透かした様に送られる〝渾沌の夢〟…その創設者からのメールが映し出されていた。




