大いなる悪魔の前座⑯
――ブシャアァァァッ――
噴き出す血飛沫が俺の視界の全てを赤に染める……鉄の匂いに甘い味が舌と鼻を染め上げる。
困惑か?…当惑か?…恐怖?絶望?…いいや、コレは〝歓喜〟だ。
この感触も、この痛みも、何一つ感じ取れない〝無心の斬撃〟も…朱に染まった己の眼でも良く見えるぞ。
――バキッ――
「――随分と、遅い登場だ…役者が遅刻をするなんざ在ってはならない失態だぞ?――いやいや、謝るな、その必要は無い…今の俺は酷く気分が良い」
未だ見えぬ…しかし、確信を持って〝目の前〟の男を俺は見る。
「――〝あの日〟の再現とは、中々粋な事をしてくれるじゃないか……〝ギルネーデ〟?」
血が引き剥がされ、己の首は胴と繋がれ、眼前の男を見る……姿形は変わっているがその身から感じる〝無心の心〟と、その魂は誤魔化せない。
「やぁ…久し振りだね、ハデス君?」
目の前の男はそう言い、その剣を軽く振るう…そして、その手に握られていた〝アモルスィの魂〟に力を込め…魂の中から瘴気も意思も全て抜き取り、天へ還す。
「あの精霊娘はどうした?…愛想でも尽かされたか?」
「ハッハッハッ、まさか、ちゃんと働いてくれてるよ♪」
「まぁ曲がりなりにも元〝精霊女王〟何だ…その力は依然として健在か?」
俺の言葉にギルネーデはその顔を僅かに見開き感心した様に告げる。
「良く分かるね…それも君の〝眼〟のお陰かい?」
「いいや?…ただの推測だよ……俺のちょっとした妄想の様な物さ♪」
「是非聞きたいね」
先程、己の首を刎ねられた、刎ねた相手とは思えない程に和気藹々とした空気を醸しながら地獄で二人は談笑する。
「単純な話だ、〝五属性〟の魔力を内包した精霊が単純な上位精霊と考えられる筈がない…そして、そんな希少な力を持つ精霊が何百年と生きていて魔力の〝大きさ〟に変化がなかった……即ちソレは単純に魔力の限界値が其処なのか、〝秘匿〟しているかの二択だが……事魔力の集合体、自然の具現の精霊が魔力において他の種族に劣る筈がない…つまり、あのフィリアーナは秘匿せねばならない程の〝膨大な魔力〟を内包した精霊で有る……っと考えたんだが…どうかな?」
俺はそう言い…形だけは笑顔なその男へそう問うと、ソレは余裕下に返答する。
「――流石♪…正解だよハデス君…やはり君の頭の回転は恐ろしいね」
「そう褒めるなよ♪――」
――ヒュンッ――
「さて?…そんな先代精霊女王で有るフィリアーナと対等な関係を持ち、挙げ句この五世紀の間名を変え姿を変えて常々放浪し、態々日出にまで〝観光〟に来たお前様は一体何者なのか?」
――パキッ…パキキッ…――
「おや?……奇妙だな?……私の背からお前へ共鳴する様に〝翼〟が現れたぞ?……コレは一体どう言うことなのだろうか?」
――と、此処まで巫山戯るのも終わりにして…そろそろ残り少ない〝役者〟の紹介と行こうか♪
「ッコレは…どういう状況かな?」
「やぁプロフェス…いやぁすまないね、今丁度遅刻した役者が来た所でね♪――それじゃあ丁度良いし、君達にも紹介しようか♪…」
私はそう言い、この場に出揃った彼等全てに聞こえるよう声を張り上げ口上を述べる。
「彼の名は〝ギルネーデ〟…君達も知っているだろう?…そう彼だ、〝五百年前〟…僅か一握りしかいなかった〝Sランク冒険者〟のその一角を担っていた男、その本人だ」
そしてその言葉に湧き出す疑問が、彼等彼女等の口から出る前に私は再び言葉を紡ぐ。
「エルフでも獣人でもない筈だ、なのに何故か彼は五百年の時を経てこの場に居る…姿形に声を変えて、まるで己の正体を隠し通す様に……では教えてやろうか、〝コイツの正体〟を♪」
俺はそう言い、ギルネーデへ攻撃を振るう。
「〝堕ちし明けの明星〟」
空高くへフェイディアを投げ、そして巨大な隕石を召喚する。
「かつて善良で有った古の王国、古の時代…人と神との繋がりがより密接であった時代の〝生き証人〟」
空を煌めく破壊の凶星に四人は空を見上げる…このままならば用意に回避出来るだろう……だから、こうする♪…。
「ッ!?――ヒッ、此処…何処ッ…!?」
『ッ!?』
四方八方に散らされるように、男女関係無く人間達が現れる…その人間達は目の前に存在する化物達を見て腰を抜かし、恐怖に固まる…空から依然として迫る凶星に気付かずに。
「お前達〝天使〟が生まれるよりも早く…お前達の遥か前にこの世に生まれた〝第一〟の天使にして、偉大なる王と友誼を結び片翼を与えた〝存在〟」
その場所に立ち尽くす彼等を四人が四方に散り人々の中心で技を使う。
「―――〝無垢の盾よ〟」
守護者達が各々別々に技を使い人々を護る中、同じくギルネーデも力を使い、その姿を変える。
そして、その隕石は大地を穿ち…一度静寂が世界に訪れる。
「――彼の者こそが人ならざる世界の守護者、〝善悪の調整〟を担う信仰を持たぬ〝片翼の天使〟…この翼の真の持ち主だ」
静寂の中で、俺の声だけが響き渡る……隕石の衝突、ソレによる世界を埋め尽くす粉塵の中…守護者達はその男の真の姿を認識する。
――バサッ――
ソレは〝一つの片翼〟…己の生んだ粉塵の世界でその姿を惑わさず、多くも無く、たった一対の片翼だけの姿。
その姿は不完全だが、しかし…どんな天使達よりも一際強い威厳と神聖さを生み出し、己の下に居る、小さく弱い〝生命〟を護っていた。
「さぁ世界の〝調停者〟にして、この俺を殺す為に現れた〝邪魔者〟よ……漸くこの地、この場でやり合う機会を得たな♪」
俺はそう言い、その忌々しい姿と腹立たしい力の持ち主へそう言い笑みを作る。
「さて……それじゃあ紹介も済んだ所だ♪」
闘争の空気を纏い始める俺達…その目が俺を捉え、そして瞬きした瞬間。
「先ずは一発…〝積年の恨み〟を喰らえ♪」
転移により音も無く接近し、その顔に思いっ切り拳を叩き込む……。
「俺の〝宝〟に余計な手を出そうとした報いだ♪」
吹き飛ぶソレへそう言い肉薄しながら、俺は開戦の狼煙を上げた。




