大いなる悪魔の前座⑦
――ドドドドッ――
――バリッ――
「何アレッ、船の攻撃躱して装甲無視して食べるとか狡くない!?」
「確かに反則級だッ!」
飛翔する蟲の悪魔を鉛が追う……しかしその攻撃が悪魔の身体を穿つ事は無く、船は徐々にその身体を大地へ近付けていた…。
(どうするべきだ…下の方も追い込まれ始めたか)
プロフェスはそう言い、眼下で守護者を囲い攻め立てる黒い鎧武者と、その奥で楽しそうに笑みを浮かべるその男を見る。
(全く…どんな魔力してるんだ?)
男の身体からは依然湧き出して止まらない膨大な魔力が流れ出し、この空間に染み込んでゆく…この世界を作り、この悪魔へ力を分け与え、地形を一変させる様な術を使ったと言うのに、その魔力に陰りは見えず、それどころかその勢いを増しているような気さえする。
(……今なら殺せるか――)
ハデスの意識が向いていない事を確認し、プロフェスがハデス手を向けたその時。
――ゾワッ――
空高くから凄まじい殺意が放たれ、プロフェスが反射的にその腕を下げる……ソレは偶然だろうか、いや、恐らくは〝狙われていた〟のだろう。
――ガコンッ――
船が大きく揺れる…プロフェスの直ぐ目の前には、地面を大きくヘコませ、ガチガチと牙を鳴らす〝蟲〟の姿が有った……後一瞬…腕を下げるのが遅ければ今頃は蟲の腹の中に収まっていた事だろう……。
「プロフェっちゃん!」
アカネが声と共に銃を放つ、しかしその時には既に悪魔は消え、空高くから己等を睨み付けていた……。
「どうするのプロフェっちゃん、〝エア〟の兵装じゃアレを仕留めきれないよ?」
絶え間なく放たれる弾頭、その分厚い弾幕の中を掻い潜る悪魔を見ながらアカネはプロフェスへ問い掛ける。
「………」
しかし、その問い掛けにプロフェスは答えない…ただ弾丸の雨を避ける悪魔へ双眸を向けて、沈黙する…。
(…何故、〝私を狙った〟…数いる守護者の中で何故もっとも狙い難い私を?)
プロフェスには疑問が浮かんでいた……それはその悪魔が見せた〝不可解〟な行動への疑問。
観察してみれば、悪魔の行動、位置に疑問が浮かぶ…。
(船首の損傷が多い…対照に船尾の損傷は目に見えて軽微だ)
悪魔の攻撃は確かに有る…だが、その攻撃は常に船首…引いては兵器への攻撃が多い……武装解除が目的なのか?…否。
(ならば何故常に空から見下ろしている)
それはその悪魔の行動を常に注意深く見ていたからこその疑問…常に空の上を陣取り、攻撃を躱し…そして、攻撃が一瞬止んだその隙に悪魔は攻撃を仕掛けてくる。
疑問は思考により、仮説と成り、仮説が生まれては消えてを繰り返し、そしてプロフェスの脳に〝確信に至る答え〟を浮かばせる。
「アカネ殿、銃を貸りるよ」
プロフェスがそう言い、アカネの腰から銃を1丁抜き取ると、その銃口をハデスへ向ける。
そして、その引き金を引こうと力を込めた…その瞬間。
――ゾワッ――
またしても空から殺意が降り注ぎ…己の前に蟲の悪魔が降り立つ。
――バキッ――
「ッ!?」
後退り銃口を向けるも、それは刹那に破壊され、破片が己の手を切り裂く…痛みに一瞬声を漏らすも、プロフェスはその顔を勝機の笑みに変えて、アカネを見る。
「アカネ殿…君にとっては残酷かもしれないが、一つだけ…〝悪魔〟を倒し…且つハデスへダメージを与えられる策を思い付いた――」
「――オーケーッ、良いよプロフェッちゃん!」
そして、プロフェスの言葉を待たずしてアカネはプロフェスへそう告げる……そのあまりの早さに一瞬呆けるも、次の瞬間にはプロフェスは感謝と共に頷き、アカネへ耳打ちする。
●○●○●○
「――おぉ…中々ぶっ飛んだ作戦思い付いたねぇ?……良いじゃん良いじゃんッ、やろうよプロフェッちゃん!」
私はプロフェスの考えた作戦を聞き、快諾する……冷静でクールな印象のプロフェスが考えたとは思えないほど、ぶっ飛んだ考えに、私はそう告げると、プロフェスがその黒い瞳を此方へ向けて問うて来る。
「…本当に良いのか?…君が丹精込めて作った船を壊す事になるんだぞ?」
そうだろう……この作戦は簡潔に言えば〝自爆〟だ…それもハデスと言う史上最悪の化物を討つとなれば、この〝船〟以上の適任は居ないだろう…。
「うん、構わないよ?…だってソレが最善で、一番面白そうだし!」
「…そうか」
私の言葉にプロフェスは短く返す……プロフェスが念押ししてしまうのも分かるよ…だってこの世界では〝物に意思が宿る〟事は珍しくとも有り得ない事じゃ無いから……。
アーサーやガチタン、クオン…そしてハデスと関わりが深い分、何より多分プロフェス自身も持っているからこその言葉なんだろう……でもね。
「この〝戦い〟に…この場所に来て、この〝子〟を使ってる以上…この子自身も〝壊れる覚悟〟を持っているんだよ…コレは戦いなんだから誰かが最悪を〝引く〟のは当たり前に起こるんだ、だったらせめて〝楽しく散ろうよ〟…派手に爆破して、派手に壊れて、誰の目にも焼き付けるくらいド派手に散れば、悔いも何も残らないでしょ?…ねぇ、〝エア〟♪」
私の言葉にエアは応えない…当たり前だよ、口なんて無いんだから…でも、〝感じる〟事は出来る。
『―――』
きっと幻聴かも知れない…この子に意思は芽吹いてないかも知れないけれど、それでも聞こえた気がした――。
「『〝やってやろう〟♪』」
ッて…。
「……有難う」
「うん!……じゃあ、やろうか!」
そして、〝私達〟は指示を出す……〝ハデス〟を倒す為の〝指示〟を。
「『〝全兵装装填〟!…〝魔導障壁解除!〟…〝魔力消費兵装〟は全て停止させて、〝人工魔導炉心〟の出力を全開にして!――艦長命令だよ皆!』」
私の言葉に船の乗組員達が着々と指令を実行する。
「『〝私達〟と一緒に死んでくれる?』」
そして、告げる……私から乗組員への〝問い〟……その問いが船へ響き渡った一瞬の後。
『『『『『応!!!』』』』』
船全体から轟く、乗組員…いや、〝同士〟達の言葉が届いた。
「『――宜しい!…それじゃあ皆、行くよ!』」
そして、私達は反撃の舵を切ったのだった…。




