大いなる悪魔の前座②
――ドドドドドッ――
――ブシュウゥッ――
闘争の色香が濃くなる程に、騒乱はより勢いを増してゆく…ものの数十分もすれば冥府から這い出した化物共は最寄りの街へ突貫し、人々を千切り食らわんと脈動する…しかし流石は百戦錬磨、勇猛果敢な守護者達…精錬され、鉄心を業火で燃やされ、叩き精錬された〝刃〟達は、その地獄を何事も無いように、極めて冷静に対応する…。
或いは銃で、或いは刃で…魔術を紡ぎ、使役した人造生物や、同じ獣を用いて。
退路なく、死ぬ迄獣を殺し死しては蘇り…その戦いは苛烈を極め、最早人の戦いとは言えない程に非人道なやり口だった……。
「……」
その光景を渋く見つめ、〝プロフェス〟は背後の己の秘書へ言葉を掛ける。
「――突出した個は居なくとも、この状況なら戦線は安定している…集めた物資の減りも想定より少ない…この調子なら丸一日は殺れるね……問題は」
「――〝防衛〟だけにしか手が回せない事、ですね」
プロフェスは言葉を先に告げる〝アリアナ〟へ目を向けて頷く。
「そうだ、相手の数が多い…死にはせずとも、相手の残存兵数の把握も出来ないし、何よりも〝ハデス〟を倒すと言うゲームの勝利条件が満たせない」
其処まで言うと、プロフェスはアリアナに見えるよう、その指を眼下の化物達へ向ける。
「アレそのものは比較的弱い…我々やアーサー、ダルカンやガチタンにとっては無視出来る程度の敵だ…だが中堅所の守護者にとっては多少苦戦する程度に強い……此処で、私は一つ仮説を立てた……コレは〝ハデスからの誘い罠〟だと」
「……」
「恐らく彼は、我々…守護者の〝上澄み〟を集める事が目的なのでは無いか?…と…事実今、我々はこうして手を出す必要が無い程度に彼等で対応出来ているらしい…強ちハズレとも言えないだろう?」
プロフェスがそう言い終えるのを待ち、アリアナはプロフェスへ返す。
「それで…どう動くのですか?…遥か遠方のハデスへ向けて、魔物の群れを倒しながら向かうのはハデスとの戦いで相当のリスクに成るでしょう、空へ飛べるのは貴方やリリー、テスト様だけ…その飛行もリソースの消費は遥かに高い……そんな現状で、プロフェス様、貴方はどうするつもりなのですか?」
ソレは尤もな指摘で有った…確かに、幾ら己等にとってはどうでも良い獲物でも、そのまま連戦しハデスの元へ向かうと言うなら、少なくとも万全を期して挑む事は出来ない、空からだとしても同じだ、先ず空を飛べるプレイヤーがほとんど居ない、魔術による飛行も継続的な魔力消費が起きる、たどり着けても魔力は空に成るだろう。
「そうだ……だからこそ、其処をどうするのか何とか考えねば成らない…」
プロフェスはそう言い、既に幾つも考えた策を生み出しては取り消し手を繰り返し唸る……。
ソレはプロフェスですら苦労する〝難問〟……前提条件として、先ず必要なのはハデスに対抗し得る戦力…つまりは守護者の上位ランカー達を輸送しなければ成らない、陸路は障害も多く道も決められた場所しか使えない…空から向かうには魔力リソースと輸送力が足りない。
カタパルト…以前ダルカンが行った輸送法だが、アレは論外だ…そもそもアレは一定を超える硬さが前提で、ダルカンだからこそ何とか成ったが、か弱い骨身の己がやれば一刹の間すら無く潰れたトマトに早変わりだろう。
求められるのは〝輸送力〟と〝己等のリソースを削らない方法〟を……そう考えたその時。
――ピロンッ――
ふと、プロフェスのメッセージボックスに一通のメッセージが届いた…この緊急時に何者かから送られたメッセージに、プロフェスは急いで目を通す……メッセージの送り主は、己のクランの構成員…それへ疑問を浮かべ、プロフェスはそのメッセージを読み進め、その顔を大きな驚きに変えてアリアナへ告げる。
「アリアナ…測らずも偶然にだが、この難問は解決しそうだ」
「?……」
突如プロフェスが突拍子もない事を告げる…普段からソレは変わらないがこの緊急時にこの様な事を抜かす事へアリアナは疑問を浮かべ、そしてプロフェスに言われるままそのメッセージを読み進める……其処には。
――――――
プロフェスさんへ。
急ぎロックドロアへ来て下さい、〝アカネ〟さんから皆さんを集める様伝達が有りました。
『このままじゃジリ貧に成る、その前に皆でハデスを叩いて欲しい…空から皆を送る』との事です。
既に〝アーサー〟や〝ダルカン〟達へ連絡はしています、強力な戦力を長い間置いておくのは危険なので、急ぎ参集して下さい。
真理の開拓者
〝情報伝達局長アセロラ〟より。
――――――
「まさに我々が求めていた〝手段〟を、アカネ君は用意出来るらしい…こうしちゃ居られない、早く向かおうじゃないか!」
プロフェスの言葉が天を突く……その言葉は青く輝く空を駆け、そして砕き溶けて空の一部に変わって行った……。
○●○●○●
――ベチャッ…ドチャッ…――
其処はかつて人の〝街〟であった場所、今や化物はびこる地獄の別荘にて、亡者共が暴れ回る……物を壊し、食料を貪り喰らい…己の本能を、欲望を満たす為に動き続ける化物達。
偶然か、或いは〝何者かの罠〟だろうか?……そんな化物の街を、数人の少女達が駆ける……その身は襤褸布を纏い、薄汚れて居た……恐らくは連れ去られ、奴隷にされたのだろう少女達は、本来嵌められる奴隷の〝枷〟も、逆らえぬ様刻まれる〝紋様〟も無く逃げ惑っていた。
「お姉ちゃん!」
「早く行って!…隠れなさい!」
先頭を進む少女が背後の、己の姉を見て叫ぶ…姉と呼ばれた少女は、先頭の妹へ向けてそう言いながら、呼吸に痛む胸を抑えて苦しげに、呻く…。
長く続く奴隷の悪環境に、姉は薄らと病に掛かり、その身体を侵されていた…そんな身体では、如何に若くとも、何の枷がなくとも逃げる事はままならなかった……。
『ヴアァァァァ!!!』
すったもんだを繰り返し、互いに譲らずに居た為か、化物達が道端の少女達へ気付いてしまう…。
「ッ!?…お姉ちゃ―」
「ッ!?…ッ」
包囲され、少女達は壁際へ寄る……化物達は生きた〝餌〟に心做しか高揚した様な気配を醸して、進む。
「メル…!」
病弱な姉が、妹を背に追いやり…化物達へ睨む…だが、その足は震え、目は恐怖に歪み、鼓動は死への危機感に大きく鳴り響いていた……。
何も持たない少女達は、抵抗の意を示すも、知恵無き獣にソレは通じず、とうとうその手が二人へ迫り、掴まれそうになった……その時。
――ボジュウゥゥゥッ――
目を閉じた少女達の耳に、そんな…何かが溶け消える様な音が響いた……目を開けると、煙と共に、己へ迫っていた化物が消えていた…そして。
――ボジュウゥゥゥッ――
――ボジュウゥゥゥッ――
と、見るも刹那に化物達は空から迫る光の雨によって溶かし滅せられ…二人はその光景に呆然とし、天を見上げる……そして。
「「……天使…様?」」
二人は見た……空高くの光を背に、此方へ舞い降りる白翼の天の使いを。
『もう大丈夫』
その声と共に、二人は光に包まれる……そして、その街から消え去ると、天使は誰かと何かを言い合うと、肩を竦め街に蔓延る化物共を、その光で焼き尽くし始める……。
その天使の背の白翼は…まるで〝欠けた〟様に半分だけ消えていた……。




