大いなる悪魔の前座①
――ズオォォッ――
戦意が街々を包み覆う…群雄割拠が揃い踏み、来る脅威へ彼等の鼓動は高く鳴る。
「……」
誰一人と声を発さず、誰一人と油断は無い…。
備えた、神からの託宣を受けて…石垣を更に堅牢にし、持ち得る物全てを己の強化に使い、商会から消え去る程に癒やす術を集め、最早〝戦争〟とすら言える程の準備をしてきた…。
守護者も人も例外なく、全ての命が〝ソレ〟を討つ為に備えた……たった〝独り〟…。
――ズオォォッ――
『ッ!』
「『――〝やぁ…久し振りだね、守護者と人間の諸君♪〟』」
たった一人の〝悪魔〟の為に。
空へ浮かぶ黒い瘴気が投影するその男は、その顔に〝道化の面〟を付けて恭しく頭を下げる。
「『さぁ、何から話そうか…先ずはそうだね、私の〝演目〟に加わってくれた事へ格別の感謝を述べよう…君達が居るお陰で、私は私の舞台の終わりへ手を伸ばせる…ソレは素晴らしい事だ…〝劇の終わり〟は、享楽を求める者には苦痛だろう、寂しいものだ…しかし』」
ハデスはそう言葉を紡ぎながら身振り手振りで彼等を魅せる…その声は冷静に、だが燻る熱を感じさせる。
「『〝終わらない歌〟は最早〝雑音〟だ、〝終わらない物語〟などただの〝停滞〟だ…始まった物語は何れ終わらねばならない…ソレは〝私〟も変わらない……私がお前達へ与えた〝これまで〟が〝私の終わり〟を導き…私は〝私の舞台〟から去るだろう……その時の私が〝幸福〟に満ちているか、或いは〝諦念〟に覆われているかは分からないが…』」
初めは皆へ向けて語っていたその道化は、次第に自身へそう〝言い付ける〟様にその言葉の向きを変え…そしてソレに気付いたのか、道化は困った様な仕草と申し訳無さそうな仕草をすると彼等へ向き直る。
「『――あぁいや…コレは失敬…何、人間の言う〝感傷〟って奴さ…だが〝主催〟が〝参加者〟を差し置いて一人夢中になるのは良くなかったね…反省しよう』」
そして、道化は先程とは打って変わって楽しげで煽る様な声で高らかに述べる。
「『さぁ!…長々と私の言葉を聞くのは疲れただろう!…それではそろそろ、私の〝ゲーム〟…〝終幕の前座〟を始めるとしよう!』」
――パチンッ――
そして道化が指を鳴らす……その瞬間、彼等へ瘴気の雨が降り…瘴気が彼等へ入り込む。
その雨に充てられた守護者達は、その〝脳に映り込んだ光景〟に目を見開く。
「タイトルを名付けるなら〝地の底より這い上がる者達〟とでもしようか…?」
其処は真っ黒で巨大な〝結界〟に包まれた草原……その中心で、ハデスはまるで己等を目の前に相対しているかの様にその姿を此方へ向けて仮面越しに顔を歪める。
「ゲームの内容は簡単だ……私が開く〝冥府の穴〟から這い出す冥府の〝獣〟を倒しながら、この結界の〝要〟である私を倒せ♪……でなければ――」
――『『『『※※※※※※※!?!?!?』』』』――
ハデスの言葉と、ほぼ同時に、その穴から何十何百の〝蟲〟と〝獣〟が溢れ出す…。
「この穴が現世へ〝固定〟され、此処から無尽蔵に溢れ出す冥府の獣がお前たちの世界を食い漁るぞ?」
其処に居たのは以前日出で見た巨大な大百足を小さくした様な、だがそれでも大きな百足達。
或いは、白く揺らめく霧の身体をした霧の獣。
地面を駆ける何れも現世とは異なる怨念に囚われた異形の獣達が方方に散り、草を喰む蟻の群れの様に飢えと殺意を溢れさせて進軍する。
「――そして、此処でもう一つ……コレはお前達とは別口の参加者への、ちょっとした〝調整〟だ…ゲームの開始は公平に…だろう?」
そうしてハデスがそう言うと、今度は視界が移り変わり…1つの街が〝滅ぶ〟様を魅せられる。
「〝無法都市ロウドロスト〟…其処は悪党、悪人、殺人鬼に狂人が入り乱れ、邪淫に堕落、薬に奴隷が入り乱れる〝現代のソドムとゴモラ〟だ♪…私が神ならば、潔く硫黄と炎で燃やし尽くして終わらせるが……〝生憎〟私は神ではない…ただの〝悪魔〟だ♪」
其処に居たのは街を蠢く屍肉の化物……骨はねじれ曲がり、腹に大口の様なものを作り、顔は肉腫で膨れ上がり、長い舌は地面にまにまで届き…その様は醜悪極まる化物であり、それ故に〝人々〟は恐怖するだろう。
何せ五体満足な人間が、そんな〝化物〟へ作り変えられ、藻掻き苦しむ様を見せ付けられたのだから…。
「今〝もしかすればこの街も…〟と思ったか?…残念ながらソレは出来ない、アレを創るには相当な手間を掛けたんだ…無論冥府の穴を作るのにもな…精々があの程度しか用意出来ない代物だ…まぁ彼処はお前達には関係無い…精々〝時間稼ぎ〟だ…」
ハデスはそう言うと、その結界に作られた骨屍の山、その上の玉座に座り、その仮面を片手に微笑みかける。
「私は此処、この中でしか動けない…それ故にこの結界を生み出せた……この結界は〝欺く〟結界…お前達の侵入を拒むものでは無いとだけ伝えておこう……それじゃあ、そろそろ眠りから覚め給え…次会う時は現世の生身で♪」
ハデスがそう言い終えると同時に、浮遊感に襲われ、引き戻される感覚が彼等を運ぶ……そして。
『※※※※※※!!!!』
獣の慟哭、災厄の雄叫びが守護者達を出迎えた……遥か遠くから凄まじい速度で此方へ迫る〝姿〟を移して……。
「――テメェ等、全員戦闘態勢に入れ!…射撃部隊は壁上からの弾幕射撃、柔けぇ奴を叩け!」
黒い結界の最も近く見える街にて、ダルカンがそう叫び命令する。
「補給部隊は回復準備、戦線復帰のサポートをしろ!――〝魔術師〟部隊は衝突前に結界を張り、防壁への負荷を抑えろ、その隙に工作部隊は防壁の修理だ!――そして、〝前衛部隊〟…お前達は敵の動きが緩んだ瞬間に突撃するぞ、付いてこい!」
『『『『応!』』』』
その命令を皮切りに、街は騒然とし始める…その光景を尻目に、ダルカンはあの黒い結界を見て呟く。
「取り敢えずは〝様子見〟だな」
と…ソレから凡そ20分程して……その獣の足音が鳴り響き地面を揺らす…そして、戦争の火蓋は切って落とされた…。




