怨嗟溺れる者、怨嗟嘲笑う者
「ん……何処だ此処?」
視界の暗転が収まり、目を見開くと……其処は、何とも不気味そうな空間だった、壁は赤黒く胎動し、床は踏みしめども硬さと柔らかさを帯びて、何処にも目は無いはずなのに何処からか視線を感じ、遠くからうめき声が響く、そのどれもが常人に恐怖を植え付ける様な声で、仕草で、絶えず流れる。
「んと?……ステータスに異常無し」
現時点で俺のステータスはこうなっている。
――――――
【ハデス】LV:13
【人間】
【死霊術師】
生命力:700
魔力 :910
筋力 :360
速力 :360
物耐 :360
魔耐 :650
信仰 :150
器用 :450
幸運 :360
【保有能力】
〈鑑定〉LV:3
〈死霊術〉LV:3
〈闇魔術〉LV:2
〈気配察知〉LV2
〈魔力察知〉LV:3
【保有称号】
〈禁忌を破る者〉、〈外道〉、〈殺人鬼〉
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――――――
〈殺人鬼〉
数多の人を私利私欲の為に殺した者へ与えられる称号
効果:通常NPCの好感度低下
――――――
「ほ〜う?こう見ると成長してるのだなぁ……さて?」
――グチョリ、グチョリ……――
「痛い、痛い痛い痛い痛いッ!?」
「よくも!ヨクモ弟ヲォ……」
「ユルサナイ、ユルサナイユルサナイユルサナイ……絶対に、絶対ニ殺してやるゾォ……」
「うわぁ、何アレキモ」
遠くからのそりのそりと現れる肉塊……其処に無数の子供の顔と、憎悪、恐怖、悲哀、憤怒、絶望……その他諸々の負の感情を垂れ流す、そんな異形と俺は相対する。
「「「オ前、モ死ネ!」」」
俺を認識したのと同時に、その肉塊は俺へ無数の手を伸ばす。
「おぉ、怖え怖え……触れたらどうなんのかねぇ?」
(ふぅむ、初速はそこそこ、継続速度は中の下……無数の角度から奇襲は厄介だが、すべて避けられる……さて)
「お前を殺せば良いのかねぇ?」
――バコンッ――
「ギヒィィ!?!?」
肉塊に浮き出た顔を杖で殴り飛ばす……う〜ん、しょっぱいな。
「流石にそろそろ武器新調を考えねば……なぁ!」
「来るな、来るなクルナクルナァ!!!」
「おおぅ、ダメージ受けたら凶暴化かよ……面倒臭」
肉塊から飛び出た鋭利な触手を躱す、躱す。
「奴さんの体力は……おっふ、まだまだ全然あるじゃん、減ってないのか?」
視界に映る奴の体力バー、それは依然緑であり、体力はミリも減らない。
「よっ、ほっ……邪魔臭い!」
――バババッ!――
避けても避けても生やしてくる触手がうざったい……すべて叩きおる……ん?
「あ、俺ってば闇魔術あるじゃん……〝闇槍〟」
魔法を起動し、黒い槍を浮かべ、奴に投擲する。
「「「※※※※※!?!?!?」」」
「う〜ん……? 駄目ぽいね、全然減ってない、一応それなりに魔力込めてんのよ? どうなってんのキミィ?」
痛みに喚き触手を振り回すそれ……って多い多いわ!避けさせる気あんのかテメェ!?
――ドシュッ――
「チィッ!……あん?」
無茶苦茶に触手を生やしポケ◯ンの某毛むくじゃら見てぇな、もっと言えばジ◯リの祟神見てぇなフォルムに成ったソレの触手が俺の腕を貫く。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」」
「………あ"ぁ"?」
杖で触手を叩き潰す……体力は……減ってない?
(何だ?まさかコレ戦闘じゃねぇのか?……となると何だ?ギミック?封印……否、コイツは俺の強化に使う、封印は無し、浄化?…否、浄化の魔法等持ってもいないし使う気もない、破壊、調伏、支配、簒奪……支配か簒奪……〝力を奪う〟、コレだな)
「それじゃあ、行ってみよう」
――ドドドドッ――
――バキバキバキバキッ――
「〝闇槍〟」
槍を形成し投げる……ソレと同時に駆ける、触手を叩き潰し、弾き伏せ、散らしながら。
「ダメージは無くても痛いんだろ?……なら、なぁ?」
――ザシュッ――
「殴るより斬りつけた方が痛いだろう?」
インベントリから取り出した短剣を振り下ろす……肉塊を抉りながら、何度も、何度も……迫る触手を無視して。
「お前は俺を取り込みたい、俺はお前の力を奪いたい、さぁ、さぁさぁ、双方にダメージだけが通らないこの空間で、後はどうするのか?……何方かの精神が擦り切れるまで、我慢比べと行こうか♪」
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
「フハッ♪フフフッ♪アハッハハハッ!!!」
肉を抉る、再生する、邪魔な触手だけを切り払い、只管に刺し抉り、突き引く……血飛沫も、肉片も骨片も避けず、ただ、ただただただ殺す、壊す、鏖す。
――ドシュッ、ドシュッ…ブチブチブチッ!――
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『新たな能力〈杖術〉を獲得しました!』
「痛い……痛い痛い痛い」
「〜〜♪……あ?何だ、もう壊れたのか?まだ2時間しか遊んでないだろう?」
「従う……俺のまけを認める、だからやめて、やめて下さい」
「従う?俺が欲しいのはお前の力だ。ならサッサと寄越せ」
俺の言葉を聞き、肉塊が脈動する……と、内側から、例の心臓が現れた。
――――――――
【偽悪魔の呪心臓】
とある、狂気者が永劫の生命を求め、創った冒涜の呪物、幼子の肉と心臓を使い、生きたままに永劫苦痛の牢獄に囚われ続ける事で、溢れんばかりの魔力を生み出す……その者は願った、悪魔の如き力と、その無限の生命を、その二人の悪魔は焼き殺される寸前までそう願い続けた
――――――――
「狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え狂え』
「煩いな心臓擬き、ぶち殺すぞ?」
「狂え――ッ!?」
俺が触れた瞬間、肉塊の声とは違う2つの声が響く……十中八九、記載に有ったあの人間共だろう。
「もう消えて良いぞ肉塊共、俺はこの心臓君とお話があるのでな」
「「「……」」」
「……去ね」
俺が殺意を込めて肉塊を睨むと、ビクリと震えた後、肉塊は溶け消える。
「さぁ、心臓……いやさ、外道神父とイカレ修道女の魂共、塵芥のゴミにしては中々良い品を創ったものだ」
「「コレは私が造った物だ!還せ、返せ、カエセェ!」」
「断る♪」
瘴気を放出し取り殺さんと俺へ差し向ける塵に魔力を流し返す。
「肉塊共の精神は未成熟でなぁ、例え苦痛を与えても餓鬼相応の瘴気しか練り出せない……ソレは非効率極まるだろう?」
心臓に押し込められた無数の魂を総て解き放ち、回収する。
「この餓鬼共はまた今度俺が有効に使うとして……暫くの間は、お前達に賄ってもらう……更なる苦痛と、恐怖によって」
――ブチッ――
ナイフを自身の胸に突き立てる…胸を開き、心臓を抜き取る。
「なぁに、お前達二人だけだと寂しかろう、今後良い燃料が見つかれば取り込んで送ってやるさね、精々頑張れ♪……〝狂い壊れる事は許さん、ただ万死の苦痛と、悍ましい恐怖に晒され、悠久の時を過ごせ〟……貴様らの望んだ力と生命だ♪精々愉しめ♪」
「「ギィィッ!?痛いッ!?痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い助けて痛い痛い痛い痛い痛い痛い怖い痛い痛い痛い痛いやめ痛い痛い痛いごめん痛い痛い痛い」」
――ズプッ――
――シュウゥゥゥ――
「……自分の身体を切り開くのは初めてだな」
――ドクンッ――
――ドクンッ――
――ドクンッ――
『個体名:ハデスの種族が変化します』
『個体名:ハデスの進化候補が変化します』
『個体名:ハデスは人間から〝偽悪魔〟へ進化します』
『新たな能力〈呪術〉を獲得』
『新たな称号〈悪魔を騙る者〉を獲得』
『新たな称号〈狂気を嗤う者〉を獲得』
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【ハデス】 LV:1
【偽悪魔】
【死霊術師】
生命力:1000
魔力 :1000
筋力 :500
速力 :500
物耐 :500
魔耐 :500
信仰 :50
器用 :500
幸運 :500
【保有能力】
〈鑑定〉:LV2
〈死霊術〉LV:3
〈闇魔術〉LV:3
〈気配察知〉LV:2
〈魔力察知〉LV:2
〈呪術〉LV:1
〈杖術〉LV:1
〈状態異常無効〉LV:MAX
【保有称号】
〈禁忌を破る者〉〈外道〉〈殺人鬼〉〈悪魔を騙る者〉〈狂気を嗤う者〉
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〈呪術〉
呪詛を込めて相手を呪う術
〈脚縛の呪い〉
〈鈍力の呪い〉
〈脆弱の呪い〉
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〈悪魔を騙る者〉
外法によって、悪魔の力を借りずに悪魔へ近付いた者、常人からは忌避を、悪魔からは好奇を向けられるだろう
効果:通常NPCへ恐怖を与える
:悪に類する者からの好感度上昇
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〈狂気を嗤う者〉
自身を苛む狂気を嘲笑い、支配し、あまつさえ恐怖させた者へ与えられる称号
お前は既に正常では無い、異常を恐れさせるお前は、既に異常に堕ちている
効果:精神汚染系への抵抗が上昇
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「全く……とんだイカレも居たものだなぁ?」
――ゾワッ――
突如走った威圧感……暗闇の中から、黒髪の女がコチラを見ていた……愉しむように、呆れたように、見てくれは良い、俺の知る中で最も美しい、整い過ぎた目鼻立ち、多くの男を惹きつける肢体、所作の妖艶さ……故に気持ち悪い、完璧過ぎるのだ。
「あ〜……誰だお前?」
「……敬が足りんのう……這え」
女が微笑んだ瞬間、俺を押さえる威圧感が増した……心の芯まで届く荘厳な声だが。
――ゾワッ――
少し不愉快だ。
「あ"?断る」
俺へ更に増した威圧感をぶつけるソレに、俺は真っ直ぐ見返す……それに女の愉悦の眼は少しの驚嘆を宿す。
「ほぉ?私の威圧に耐え、ましてや反発するか……力衰えて尚、貴様程度なら抗えん程のモノだった筈だが………あぁ、狂気を御すその御魂故か……流石、異界の、それも異端の者と言った所か……しかし、そうか、我はそれ程まで衰えたか……些か情けない」
「ん〜?悪いが自己完結は独りでしてくれ、俺はお前に質問したろ?誰?何者……かは言わんで良い、大体分かる」
「ほぅ?当てて見せよ」
「悪神かその類だろう……無駄に傲慢なその態度が神臭い」
「………驚いたな、悪魔の類に間違われるのは良くあったがまさか本当に当てられるとは」
「んで、その悪神が何用だ?俺は色々と忙しいんだよ、要件だけ告げて去ね」
「本当に敬が足りん奴よのう……まぁ良いわ、我は今機嫌が良いでな」
「で?」
「せっかちな奴だ……なに、珍妙なうつけがまた何やら仕出かすのかと覗いてみれば、あの忌み物を従えるどころか取り込みおったのでな、こうして干渉したと言うわけよ」
忌み物……あの心臓か。
「アレで人が造ったにしては一級品、恐らく〝忌呪〟へ至る一歩手前であった物を取り込み、その様に平然と立てる等、本来有り得ぬのよ……故にこうして遊びに来た訳だ♪」
そう言うと悪神が俺へ触れる
「我は今や力の大部分を世界へ与えている……善悪の均衡が崩れつつある今、こうした愚か者を世界より寄越すのだ、それが本来の我々と世界の役目だった」
「ふむ……察するにそのバランスを意図して崩したのが女神とやらか?大方人間に持て囃されて増長したか、単純に自己が正義だと盲信したか、何処の世界も変わらんな」
「まぁ、そういう事だ……貴様以外にも呼び寄せた悪性は幾つか居る、協力するも敵対するも構わんが、ちと頼まれ事を聞いてくれんか?」
「何?」
「貴様の力で人間を間引け、そうさな半分は減らしてもらおうか」
「何だ、その程度か、心配せんでも減らすつもりだったぞ?」
「益々結構……さて、人から魔へ変わったのだ、折角なら久方振りに我の祝福でもくれてやろう」
「俺に益が有るなら構わんぞ」
「なぁに、益なら有る、十二分にな……我と少しの間会話もできるぞ?」
「それはイラネ」
「連れないのぉ」
俺の肩へ腕を回し、俺に顔を近付ける悪神……次の瞬間、ソイツは俺の首筋に接吻した。
『新たな称号〈悪神の祝福〉を獲得しました!』
「フフッ、どうだ?何か変わったか?」
「ふむ……〝全ステータス成長補正〟ね、悪く無い効果だ」
「む、コレでも顔は整っている方だが、つまらんな」
「何だ?餓鬼臭く顔を赤くすれば良いのか?」
「……そう言われるとやはりそのままで良いな」
「だろう?……っと、時間か」
空間が揺れ始める、恐らく崩壊を始めたのだろうな。
「ではな、ハデス……また来るぞ」
「好きにしろ……あ、お前名前は―――」
名前を聞こうとした瞬間、俺の意識はブツリと切れた。
『《ワールドアナウンス》、初めて種族を変化させたプレイヤーが発生しました!』
『コレによりヘルプで《種族進化・変化》が閲覧可能となります』
そんなワールドアナウンスが流れ、全プレイヤーが震撼する中。
「んぁ………おうベクター、どんくらい寝てた?」
「お目覚めですか主様!凡そ2時間程眠って居られました」
「そか「主様、お話が有ります」……ん?」
「正座して下さい」
「はぁ?何で「正座」……いや「正座」………ハイ」
当の本人は部下に正座させられ只管に説教を受けていた、それを見て何処かの神が笑い転げたのは秘密だ。