夜明けに見えるは屍か未来か⑨
「オイオイ…彼奴凄えの持ってきたなァ!?」
――ギィィンッ――
己の視界に映る山を這い回る大百足を見ながら酒吞はそう言い驚愕と興味を半々にそう叫ぶ。
「ッ――〝居合抜刀〟」
「ッ!」
稲穂が紡ぎ構える一刀を見て、酒吞はソチラに意識を戻す…其処には先程と同じ構えで此方を睨む苛立ちを顔に浮かべた稲穂が居た。
「〝名残り雨〟!」
稲穂の俊足が酒吞へ迫る……そして酒吞と稲穂が交差する、その刹那。
――ジャリンッ――
「ッ!?」
「チィッ……クソッ、半分食らっちまうか……速えなぁテメェ、鍛えられてんなァ」
己の剣を防ぎながら、腕に受けた三つの切り傷を見て、酒吞がニヤリと笑う。
「馬鹿な…そんな直ぐに対応出来るわけが――」
「オイオイ、隙だらけだ…ぜ!」
「ッ!?」
――ドゴォッ――
立ち止まる稲穂の顔に酒吞が拳を振るい、稲穂は吹き飛ぶ……。
「技は面白えが動きが単調すぎらぁ…コレならまだ〝稲穂〟の方がマシだぜ?」
「ガフッ!?…ガァッ…何を言ってるんだ貴様…頭でも腐ったか…稲穂は私だ――」
「んなわけねぇだろ、テメェの目ぇ見りゃテメェが偽物だってのは分からぁな…所詮禁術の副作用で出て来た不純物だろ」
酒吞が呆れた様にそう言うと稲穂の顔が怒りに歪む、ソレを鼻で笑いながら酒吞は胡座をかき、欠伸をして頬杖を突くと稲穂の方へ目を向ける。
「何時までも寝てんじゃねぇよ阿呆…さっさと起きて続きしようぜ?」
「巫山戯るなッ!!!」
そう言い無防備に待ちぼうける酒吞の動きに稲穂が叫びその地面を駆けて斬り掛かる…その時だった。
――ドクンッ――
駆け出した稲穂が崩れ落ちて膝と手を突きその息を荒げる、脂汗と冷や汗が身体中を伝い、その異変に困惑を覚える。
「な、んだ……頭が、割れる…ッ!?――ぐおっ!?――ガッ…アァァッ!?」
その途端頭蓋に生じた痛みを受けて稲穂が大地を転がる……人目を憚らず転げ回る様を晒しながら叫び回る…しかし、ソレも束の間、稲穂はその身体をビクリと震わせると、その身体を脱力させる…。
●○●○●○
――此処は何処だろう?――
緩慢な意識で暗闇を見る……何も無い、何も見えない、ただ沈む様な感覚だけが私を唯一何処かに居ることを教えてくれる。
――私は……何だった?――
思い出そうと己を考える…確か、人…確か人だった筈だ……何かを守ろうとしていた筈だ。
――思い出さないと…――
しかし、幾ら頭を捻っても己の意識が己の過去を思い出すことはない…いや、そもそも私に過去等有ったのか?…。
そう思考していると、ふと〝何かが触れた〟…。
「『思い出せ、お前は――』」
そして〝誰か〟がそう声を私へ投げる……その瞬間。
――ドゴッ――
「『――あ〜居た居た♪』」
誰かがそんな楽しげな声を紡ぐと同時に、私の身体を引っ張り出す……。
その声の主と、引っ張り出された先の方を見る……その瞬間。
――ドクンッ――
〝思い出した〟……己が何なのか、何をしていたか…目の前の男が…〝何者〟だったのか。
「ッハデス!」
「お?…活きが良いねぇ、オーケー完璧、ちゃんと自己意識は保てたらしい♪…いや良かったよ、後数分遅かったら君〝死んでたよ〟?」
私の攻撃をヒラリと躱しながら情報の洪水を浴びせて来る男、その言葉と同時に私は崩れ落ちる…。
「な…に?」
「あ〜うん、まぁそうだよなぁ…そんだけ〝溶かされりゃ〟流石に動けんか…仕方無い、ほら肩を貸してやるよ」
「……」
「安心しろよ、確かに私は邪だが…事、今のお前にとっては唯一の〝協力者〟だぞ?」
ハデスはそう言いクスクス笑うとその手を此方へ差し出す……その様子は面白がっては居るが敵意は無く…私は渋々手を差し出すと、その手を引き上げ私の手を肩に回し、ハデスは歩く。
「色々疑問は有るだろうね…まぁ取り敢えず、君が今考える事はこの〝精神の檻〟から脱出する事と、君の身体…いや、君の肉体を〝妖魔の君〟から取り戻す事だ…オーケー?」
「……分かった」
「結構……じゃあ質問どうぞ、ある程度なら答えるよ」
その暗い道を進みながらハデスはそう言い私を見る…その言葉に直ぐに疑問を投げかける。
「お前は〝ハデス〟か?」
「そうでも有るしそうでも無い…俺は確かにハデスだが、本物は僕を知覚も認識もしていない、飽く迄も吾は君の中の私さ」
「……分かり辛いぞ」
「遊び心は大事だろ?…まぁつまる所私は〝ハデス〟だが、私の存在はつまりお前の中で得たハデスの知識を参考に作られた偽物さ…そして、〝彼等〟もまた同じくね♪」
ハデスがそう言い後ろを向く、その視線に釣られて私も背後を見る…その瞬間。
「「「「「コロセ、妖魔ヲ、コロセ、コロセ!」」」」」
其処には死んでいった己の民を…己へ血肉を捧げた者達の成れの果てがいた。
「彼等はもう人じゃ無く成った悪霊の様な物だよ、その存在は飽く迄も模造品だが…僕含めたこの世界の模造品は〝君〟をこの檻の中へ押し留めるために…いいや、〝君を完全に妖魔に堕とす〟為に作られた〝悪意の罠〟だ」
その言葉に私が身を強張らせると、ハデスはその顔を薄く笑みに変えて此方を見る…そして、背後の方へ振り向き、成れ果てた民を一瞥する。
「『失せろ』」
ハデスの放つたった一言だけで、背後から此方へ呪詛を吐いていた民達が苦悶と恐怖を浮かべて消える。
「安心しなよ、僕は確かに君を堕とす為に作られたけど君を〝戻しに来た〟だけさ……でなきゃ消え行く君を助けるかな?」
「……ならば、何故助けた?…貴様の行動は貴様の生まれた意味とは真逆の行為だろう?」
私の言葉にハデスはその戯けた様な、巫山戯た様子を少し薄めて語る。
「君の言う通り、僕は確かに君を殺す為に作られた…でも、僕自身が君を殺そうとするかは別問題だよ、この檻は君にとって不都合な存在、君の弱みに成り得る存在を好んで生成するが、ソレは飽く迄も君本体が持つ記憶からだ…君が記憶する私は〝自分本位の享楽主義〟で〝自分の悦楽の為ならどんな使命もかなぐり捨てる〟存在と記憶してたんだろうね?」
ハデスはそう言うと、その腕を1つ…進む先に指さす…その方向には〝光〟が有った。
「彼処を見るといい……彼処がこの檻の脱出、その通過点…君の〝始まり〟だ…」
ハデスはそう言うと、その足を進める……その瞬間、光が私達を包み、暗闇を消し去ると1つの情景を生み出した……。




