悪夢の劇場に狂騒は奏でられる①
商業都市ブルエナは……否、新たに守護者が移転した各四都市は、その活気は鳴りを潜め、ピリピリとした重低な雰囲気に満ちていた、ここ数日、街の至る所に守護者が常駐し、あらゆる行動を観察している、犯罪者は勿論の事、住民の中にも不安が膨れていた。
事の発端は2週間程前、彼等の情報共有の場に現れた、〝忌むべき敵〟、守護者の裏切り者が、宣言したからだ。
――2週間後、各四都市を襲撃する、と――
第一陣の者達は、ソレを聞き四都市の護りを固め、ソレを知った第二陣も同じく進出を始めた。
「……いよいよだな」
「……そうだな」
「うわ〜、街の人も皆武装してるね」
「……」
ピリついた空気に四人の男女が言葉を交わす……内1人は終始無言だったが。
「テスさんは居なかったね〜」
「だな、残念だ」
――ゴーン、ゴーン、ゴーン――
正午を告げる鐘の音色、その音色に守護者は少し反応を示す、そして。
――ヒュゥゥゥッ――
「ッ!? 何か来たッ!」
――ズドォォォンッ――
数人の、斥候がそう告げた瞬間、広場に〝何か〟衝突した。
瞬間、全ての守護者、戦闘員が武器を取り、広場を警戒する。
――グチュ……グチュ……――
「ヒッ……」
「ウッ!?……な、んだよ…アレ」
「人?」
心の臓が弱い者、精神が弱い者がその光景に目を逸らせず、後退る……土埃の中より、現れた〝棒〟の様な物を、冒涜的な悍ましい物ヲ見て。
「『※※※※』」
それは蠢く肉であり、脈動する臓腑、幾つもの目を忙しなく動かし、多くの口から世を呪わんとする様な呪詛を垂れ流していた。
――ゴポッ……ゴポポッ――
「『アー……あ、あ〜……おぉ、オーケーオーケー、ちゃんと繋がったらしい、視野も良好、お前達の呆けた顔がよく見える』」
口から、少年の、少女の、老婆の、翁の声が響く……酷く無機質で、だが何処か愉しげなチグハグな言の葉が。
「『よく知る者は久し振り、知らぬ者も始めまして、いや〜準備期間を設けたとは言え、良く此処まで鍛えたねぇ……コレなら勝率は6:4かな?……私の側が少し不利かな?』」
そつ声を上げながら1人ケラケラと笑う声の主、その挙動から攻撃の様相は無く、緊張だけが燻ぶっていた。
「『クフフ……あぁ、済まない、少し楽しくなってしまった……さて、君達も待ち遠しいだろう、早速今回の〝舞台〟のルール説明と行こうか……っとその前に……〝享楽の破滅、怠惰たる泡沫の幻、夢幻と現理の狭間、誘うは破滅の夢引き〟………〝隔性結界:夢微睡む悪夢の劇場〟』」
不意に放たれた呪詛、ソレに反応したその瞬間に、世界が罅割れる……朝日は消え、赤い空に黒い月が登り、狂える様な鐘の音が響く。
「『ようこそ、此度の舞台へ……あぁ焦るな焦るな、説明がまだだ』」
突然の世界の豹変に彼等が動く事の出来なかった中、恐らく何処か別の街で起きたハプニングを対処したのであろう声が響いた。
「『此処は、〝非現実〟、より正確には現実と精神世界の中間点……此度のゲーム会場で有り、君達を逃さない為の鳥籠でも在る―――おっと気を付け給え、この結界を壊せばそのまま此処で死んだ者も死ぬぞ?』」
『ッ!?』
その告白に、全員が息を呑む……そして収まったのかまた声が響いた。
「『〝大規模魔術陣〟による街全ての生命を対象にした〝隔離結界〟、前のイベントで見た〝真理の開拓者〟の大規模魔術、それを解析して創った代物で、まだまだ改良の余地は有るが、性能は保証するとも……あぁ、長々と苦労話をして悪かった、続きを始めよう……簡単な話〝ケイドロ〟だよ、君達が逃げて、鬼が追う……しかし、その鬼に殺された者はそこで死に、鬼の中に取り込まれる……助ける方法はその鬼を殺さねばならない、タイムリミットは2時間、それまでに脱出の鍵を見つけ、結界を解けば、君達の生還を保証しよう、しかしタイムリミットに間に合わなければそのまま、この世界ごと皆死亡する、無論力技で結界を壊そうとすれば、ルール違反と見なし、住民も皆殺しだ、ヒントは各地に配置した、しっかりと探索し、情報を擦り合わせ、頑張って脱出を目指してくれ……それじゃあ、君達羊を追う〝狼〟の登場と行こうか』」
――パンパンッ――
「ッ!? 何処だ此処はッ!?」
男の手を叩く音、それと共に1人の男が現れる。
「『説明しようか、東の街ブルエナの鬼はコイツ……千人余りの人を私欲で殺し、殺人に快楽を見出した変態殺人鬼こと、〝ケニドック〟』」
「『次〜、南の街ガルムの街、貪欲によって左遷され、反省すらせず多くの金品を巻き上げる虚栄の修道女、〝ニヒア〟』」
「『西……清き森の民? 否、創作の様な美しく清廉な種族とは程遠い、一体だれが森人に悪人が居ないと決めた? 要塞都市を束ねる森人の長、しかしその実態は他種族を見下し、秘密裏に拷問して遊ぶ選民思想の腐れ外道、〝アーサトル〟』」
「『北はこのデブ、肥えた腹は堕落の証、口から出るのは悪意の狂言、殺した人間は数知れず、しかしその手は綺麗なまんま……堕落した統治者〝ヨーリス〟』」
声と共に、映し出される四人の虚像……其処に居る本人達は出鱈目だと喚いていたが、それは突如豹変する。
「ッ!? アギィァァァ!?!?!? な、何だ……コレはァァァ!?!?」
苦しみ出した眼の前の外道に、全員が目を見張る。
「テメエ……オイ……俺……を助けろ……」
「『助ける、か』」
突如始まった一人芝居……しかし、その様相はまるで異質だった、必死に声を絞り出す男、かと思えばまるで何とも無い様な冷徹で無機質な声。
「助けた後なら、何でもやる……だから、俺を――」
「『…フ、フヒャヒャヒャヒャッ! まだ気付かないのか? とんだ馬鹿な所有者だ』」
豹変する男に、全員が身構える、その男は無機質さから一転、腹を抱え、醜い狂笑を浮かべる。
「『主の計画に都合の良い駒、我等の餌として貴様等を選んだが、此処まで愚かとは……予定通りとは言え滑稽過ぎて笑えてくる』」
「な……にを」
「『貴様等の行い、そして貴様等から溢れ出た〝悪意〟、実に甘露で、食い応えの有った供物だった……しかし、貴様はもう用済みなのだ、餌』」
――バキッ……ボコッ……――
「や、やめ――」
「『なぁに、助かりたいのだろう? 助けてやるとも、助けてやれるほどの力をお前に与えてやる、ほら頑張れ、でなければ死ぬぞ?』」
「ギィ※※※※」
命乞いを踏みにじり、男は声を掻き消され、その姿を変える……膨れ上がり、蠢き、胎動する〝繭〟へと。
「『さぁ、役者は揃った、鬼の放出は3分後、それまでになるべく離れて脱出の糸口を掴め、死にたければ話は別だが♪』」
――ドクンッ――
「『逃げ惑え』」
その声が引き金となり、住民達は一斉に逃げる、守護者達も大多数が逃げてゆく。
こうして、悪魔の遊びは始まった。
――ドクンッ――
〝彼等〟は、人に非ず、獣に非ず、生命に非ず……悪意に〝生まれし〟、忌まわれる〝災禍〟で在る。
欲の前に現れ、喰らい、己の力を増す、全ては人を滅ぼす為に、そう在れと創られたが故に、人の災いは生まれた。
邪悦、虚栄心、堕落、妄信の、〝人災〟として。
対価の指輪……否、〝悪欲の災〟として。




