陽は沈み、百鬼は駆ける⑪
凍える雪は暖かく、見える月夜は美しい。
ただ一夜に己が身を委ね、一時至極の夢を見た。
如何なる苦痛も、その夢の対価に値せず…ただそれだけが無念であった。
――記録保管サーバー〝追憶〟より抜粋――
――ヒュンッ、ヒュンッ…――
「その身体で良く動く物だ」
「そう思うなら少しは加減してくれよッ…此方は本調子じゃないんだからさぁッ!?」
吹き飛ばした屋敷の天井を月も星も見えない夜が蓋をする、暗闇の下では灯火に照らされながら天狗が放つ高速の剣技を俺は避けていた。
「ハッ……巫山戯た冗談だな」
俺の言葉をそう切り捨てて天狗は鼻で笑う…人の命乞いを何だと思ってんだ?
――ズバンッ――
「あ……避け忘れた」
と、油断も許されない闘争の最中に余計な事を考えていたのが悪かった…一瞬で間合いを詰めた萩之助はその刃で俺の首を一瞬で刈取り、空へ跳ね飛ばす……その光景を俺はそう言い眼下の我が肉体に目を向ける。
――ゴプッ――
――ガシッ――
「ッ!?」
「じゃあ取り敢えず、御返しだ♪」
その瞬間、此方へ視線を向けた天狗の腕を俺の身体が掴む……その肉体は醜く膨張し、やがて身体に詰め込まれた骨を砕き折り、ソレを散弾の如く破裂させて自爆する。
――トプッ――
「ヒュウッ…〝汚え花火〟って奴だな…さて――」
影から伸びた腕が俺の身体を掴み…そのまま新しい身体を作り其処に頭を嵌める……何首を繋げるなんざ朝飯前だ、何百回と経験してるからな…。
「――で、俺としてはこのまま終われば実に順調で有り難いんだが――」
――ポタッ…ポタッ…――
「イカレが…」
俺はそう言い爆散した肉体の先を見る……其処には一人の人影がおり、その身体から液体を垂れ流して肩で息をしていた。
「だよなぁ……そう簡単に終わりゃ苦労はしねぇよなぁ……しっかし素晴らしい判断力だな…〝腕を切り落とした〟とは」
その正体は萩之助であり、その肩の先に本来ある筈の〝腕〟を何処かへ落としたのか、本来は手に巡るはずだった血液を垂れ流していた…。
「大体はコレやるとパニックに成って仕留められるんだが…流石は妖魔の中でも一際長く生きた個体、この程度では動じないか……まぁ、その様子じゃ腕を生やす薬か術かは持ってるらしいが」
「こんな物〝天狗の湯〟に浸かればソレで終いよ…貴様こそ他者の血肉を己へ作り変える等…気色の悪い事をする」
「そんな罵るなよ悲しくなるぞ?……まぁ別に気にはせんが…ソレにそもそもテメェ等も人様獣様の血肉食らって己のものにしてんだろ、形式は違えど他者を喰らい糧にすると言う点で俺とお前等は同類だぜ?――テメェ等が喰らう獲物に感謝する様に俺も喰らう骸に感謝して無駄無く使ってるんだ、文句を言われる筋合いは…まぁ有るか」
おっと行けない…相変わらず己のレールの緩さには困り物だな…で。
「――そろそろ落ち着いたか?…流石に回復出来るとは言え自分で腕を切り落としたんだ…〝動揺〟もやむ無しってもんさ」
「……良く分かったな」
「そりゃあ――」
俺の思い遣りに無愛想にそう返す萩之助に俺は言葉を紡ぎ迫る。
――ギリィンッ――
「俺も特殊な〝眼〟が有るもんで……交換するか?大歓迎だぞ?」
「要らん」
「俺も」
――ヒュンッ――
――ガッ――
「生憎身体能力は何処かの誰かさんに抑えられてるんで、お前との肉弾戦は出来ないんだが……まぁ、〝コレ〟ならどうかね?」
俺はそう言い剣を振るう萩之助の腕を掴み、その勢いを利用して背負い投げ飛ばす。
――パチンッ――
しかし投げ飛ばされた萩之助は俺の指が鳴ると共に己の足元に現れる。
「ッ!?――何ッ」
「〝破撃〟」
ソレへ足に魔術を纏い踏み出すと、混乱から回復した萩之助が頭を横へ避けその攻撃を躱す。
――ドゴォン――
その一撃は地面に軽いクレーターを作り、広範囲に破壊の亀裂を生み出す……チッ、潰れたトマトにゃ成らないか…残念だ。
「〝転移〟に〝奇っ怪な体術〟…多芸よのう…」
「器用貧乏とも言うがね…ソレよかやっぱりその〝眼〟狡いな…人の力一瞬で看破するなよ泣くぞ?」
俺と萩之助がそう言い合い互いに思案する。
「――このまま行けば〝千日手〟か?」
「互いが互いに決め手が無いのは確かだな」
「俺としちゃあの楔の女を殺しゃ終わりだが、ソレはお前が許さんのだろう?」
「無論よ」
「ッ――と成りゃあ互いに〝本気〟を出さねば成らない…訳だがソレをそう安々と赦しちゃくれん」
何より俺のは〝時間が掛かる〟……。
「――て訳でだ…♪」
――バサッ――
俺はそう言い翼を作り広げ天井を抜ける。
「追い掛っ子にでも興じるか?」
「下らん…そんな物に我が乗るとでも?」
「あぁ♪――」
――ゴオォォォッ――
「〝こうすれば〟…お前は乗らざるを得ないだろう?」
そう言い俺は背後から熱を受け萩之助を見下ろす……萩之助はその顔を初めて驚きと焦りに染めて翼を広げる……そしてそのまま俺へ向かって突き進んでくる――いや、より正確に言えば――。
「〝天ノ理〟…〝十六符〟…!」
「ッ―〝地を焦がす硫黄の炎空〟」
空一面、天狗達の住まう街を覆う様に空から落ちてくる炎へ進む…と言ったほうが正しいか?
「〝大清界隔閉域〟!!!」
その炎へ天狗が一人突き進む……そしてソレと同時に炎全てを包む巨大な結界が空に現れ…その中で萩之助ただ一人と炎が荒れ狂っていた……。
○●○●○●
「ヌゥッ、見事なり剣の娘よ!」
「……貴方も、良い」
赤鬼と細雪の少女が武器を振るう……大柄な鬼と、小柄な少女が武器を振るい、躱して攻めるその様はさながら〝牛若丸と弁慶〟の様に1つの芸術と言って差し支えない程優美な舞いだった…。
「貴様の師はあの剣の鬼か?」
「ん……私のお祖父ちゃん」
「ほう?…成る程…道理で太刀筋も似通う理由よ」
――ドゴォンッ――
二人は言葉を交わす……敵同士で有りながら互いに楽しげに。
ニノは心地良さに身を委ね、紅天童もまたその〝心地良さ〟に驚きを隠せないで居た。
互いに持つ物は違えど戦いを愛する者同士似通う物でも有ったのか?…否、それだけでは無い事を二人は静かに感じ取る。
〝互いに退屈に憂いていた〟からこそ、二人は此処までの親近感を抱いていた……片や己の剣技を振るえる者は一人しか居らず、片や求める闘争の機会に恵まれない…。
〝生命を奪い合う〟と言う強い闘争に恵まれなかった故に、その心は片時の癒しと常に渇く渇望に苛まれていた。
……ソレを感じ取った…。
「小娘……いや、〝ニノ〟よ」
「ん……何、〝紅天童〟?」
「……楽しいなぁ」
「……ん、楽しい」
だから二人はこの闘争が心地良い…己等が待ち望んだ相手が、時が堪らなく心地良い…その退屈を、乾かぬ〝孤独〟を理解してくれる者が居ることが何よりも〝嬉しい〟…。
そして二人はその剣と金棒を振るう…振るう振るう振るう、己の身体が壊れるまで、目の前の敵が壊れるまで、加減の知らぬ童の様に楽しげに、乱暴に有るがままに〝享受する〟…。
――ザシュッ――
「ッ――ハハハッ!」
――ドゴォッ――
――メキッ――
「ッ――♪」
そして二人は距離を取り、相対する……その顔に走る刀の痛みに笑い、その砕けた腕に走る鈍い痛みに笑み…赤く輝く骸の月の下で笑う。
「――あぁ、終わってしまう……ずっと続けていたいと思える闘争が、焦がれた夜が終わる…」
「……終わるのは寂しい」
「あぁ…だが、終わらねばまた始まりは来ない……永劫に続けたくとも続かない、不条理で寂しく、憎たらしい〝終わり〟と〝変化〟こそが世の習いよ」
「うん……だから」
「あぁ…だからこそ」
――ズオォォッ――
刀が白く染まる…少女の身体が凍える冷気を纏い、紅の鬼はその金棒を黒く染めて立ち構える…。
「「〝全力で終わらせる〟」」
二人はそう言い、その身体を沈ませる……弾丸の様にその身体を高速で駆動させて…草原を踏み進む。
「〝鬼月流〟…〝居合〟……」
「シィィィッ――」
――ザッ――
互いに間合いに入り…そしてその技を振るう…鞘から刀を抜き、金棒を振り下ろす……。
「〝音去〟」
「〝紅潰〟」
そしてその技は互いに打つかり合い……〝一瞬の抵抗〟を見せる……だが。
「――おぉ」
「――……」
紅天童はその光景に感嘆の声を漏らす……打つかり合う刀と棍棒…一瞬の触れ合い、その刹那……己の棍棒を〝切り裂き迫る〟…ニノの刀、その美しさに。
――ドサッ――
「――見事ッ」
迫る刀の美しい死に、紅天童は笑う……その死に顔は、酷く安らいだ、心地良い眠りの様に。
「――ありがとう…楽しかった」
ニノはそう言い倒れる鬼へそう言葉を口にする……その顔は儚く、寂しげで…とても穏やかな物だった…。




