陽は沈み、百鬼は駆ける⑥
戦に燃える商いの街、悪鬼が向かうは富の摩天楼。
ソレは小物だが狡猾で、小悪党だが度胸は無く、無才な癖に傲慢で、商う者に値しない。
何処までも凡人でしか無かった男は、過ぎた欲故に悪魔の〝駒〟に成り下がった。
――とある男の日記より抜粋――
――ドゴォンッ――
死の音がする…闘争の声がする…白く淡く輝く繭の中で、〝尼倉〟の人等は外の闘争を恐れていた…。
「母ちゃん…」
「大丈夫、大丈夫だよ…きっと退魔師様達が勝つさッ」
怯える子を母は包み、そう諭す…その言葉に子は何とか笑みを作り恐怖を幾らか薄れさせる…。
しかし、その希望は長くは続かなかった…。
「ッ!?――ガッ、アガッ!?」
突如、街の外で一人の男が悶え始めた…否、男だけでは無い…その場で闘争の音色を聞いていた者達の数人がその身体を押さえて膝を突き、苦しむ声を上げる。
「な、んだ……ガヒッ!?」
「お、おい…大丈夫かアンタ――」
苦しむ男に、一人の男が困惑と心配混じりに躙り寄った…その瞬間。
「ガァァッ!?――に、ニゲロッ…クルナァッ!!!」
男はそう叫ぶと近寄って来た男を突き飛ばす…そして、その姿を見る間に異形へ変えて行く…。
――バキッ…ゴチュッ…グシャッ…――
骨は捻じれ曲がり、肉は膨張する…その身体は強靭な筋力で覆われ肌は真っ黒な影の様に変わり、その額には角を持ち、その顔は地獄の悪鬼の如く憎悪と怒りに満ちた顔をしていた…。
その男だけでは無い…その街尼倉に居た百人程の人間が突如としてその鬼に変わり、〝動き始めた〟…。
「アァァァッ!!!!」
その黒い刀を揺らしながら人々の元へ足を伸ばし、その刀を以て斬り殺す…家々を漁り、火をつけて回り、やがて尼倉は火の海となる…その光景を、〝男〟は見て居た。
――パチッ…パチッ…――
「な、何だあの〝化物〟は!?」
己の牙城、摩天楼の商会の上でそう叫び、街を火の海に変える鬼どもを見て男は蹲る。
「どうなってる、安全な筈じゃ無かったのか!?」
小男はそう言いその顔を恐怖に歪めて叫ぶ……その声に惹かれてか、或いはまた別の理由か、簒奪殺戮を終えた鬼共はその標的を民家では無く商会へと定め、その足を進ませる…。
「ヒイィィッ、不味いッ不味い不味い不味いッ!?…ど、どうする、にげるか…ッ、だが金がッ!?」
――『バキッ』――
「ッ!?…もう入ってきたのか!?」
そして男が悩むのを捨て置き、鬼達が等々侵入する…。
――ギシ…ギシ…――
階段を鬼達が登る……その音を聞き、小男は己の寝具の下に隠れ潜むと、その顔を焦りと恐怖に彩り、息を殺して鬼達をやり過ごそうとする。
――バリッ――
「ッ!?」
部屋の襖が蹴破られ、中に鬼共が押し入る……そして一瞥するとその中から金に成り得る物を片端から奪い、悪鬼共は金を喰らう…。
「ッ〜〜〜!?」
その光景に小男は悲鳴を上げて口を押さえる…その光景の恐ろしさに。
――ゴリッ、バリバリッ――
己が蓄え、集めて来た富を食い尽くされて行く…一月の努力が水泡に帰した事への絶望が身体の奥底を染め上げてゆく…。
やがて見窄らしく変わり果てたその室内から鬼共はまるで興味を失った様に去る…それから暫くして小男がその寝具から出て来ると、叫ぶ。
「クソガァァァッ、何故俺だけがこんな目に遭うッ、俺の金が、商会がァッ!」
絶望、憤怒、恐怖、憎悪が胸中に駆け巡り、小男が目を血走らせて指を噛む…其処へ、1人の声が響き渡った…。
「あぁ…此処に居たんですか〝商会長〟」
「ッ!?」
その声に肩を震わせ物凄い勢いで振り向く……其処には黒髪の眼鏡を掛けた美女が、その冷たい顔を此方へ向けて佇んでいた。
「〝ヴァイン〟ッ生きてたか!」
その顔を見ると男はその顔を幾らかの安堵に染める。
「えぇまぁ」
「良し、ヴァインッ商会長の命令だ、俺を逃がす隙を作れ!」
そして1人盛り上がると、そんな素っ頓狂な言葉を己の秘書に投げ掛ける…。
「はぁ?……何を言ってるんです?」
「どうした早く行けッ、俺を殺す気か!?」
ヴァインの呆れた声に男はふんぞり返りそう騒ぐ……するとヴァインはその顔を呆れと同時に〝嘲笑〟を含ませて吹き出す。
「プフッ……アハッハハハッ…まだ分からないのですね…何処まで頭が鈍いんですか貴方は?」
ヴァインはそう言いその顔を笑みに歪めてそう言う…そして、眼下に見える鬼共の蹂躙を見て続ける。
「貴方は分からないでしょうね……何せ金だけを見て、商品の管理は全て私に丸投げしてたんですから…まぁソレは良いです…今は別件で此方へ赴きました♪」
そう言い彼女は懐から1枚の紙を見せて男へ渡す…渡された紙を受け取り、男はその内容を読んでゆくとその顔を見る見る内に青くさせる。
「〝契約違反〟!?……馬鹿な、何を言ってるんだ!?」
「何を言ってるんだは此方の台詞ですよ…こうなったのは貴方が契約を果たさなかったからじゃないですか…貴方、期日通りに〝返済の100万z〟を納品しませんでしたよね?」
「ッ!…仕方無いだろう、化物共に奪われたんだッ、化物共が居なければ返済出来ていたッ…少し待ってくれ!…明日には払えるんだ!」
見苦しくもそう言いヴァインへ縋る男の言葉を聞きながら、ヴァインは冷めた目で見下ろし、頭を振る…。
「駄目ですね…そもそも、契約は絶対に遵守と書いていたでしょう?…ソレに己の財産を守るのも商会の長なら当然の事…ソレを怠った貴方の怠慢、此方が譲歩する義理は有りませんよ」
「ッ…クソッ、巫山戯るなよヴァインッ!!!」
かつて秘書だった女の言葉に、その小男は等々怒りを抑えられずに逆上し、その女へ拳を握る…。
「…つくづく、愚かな人ですね」
その光景を見て、ヴァインはその顔色を1つも変えない…そして、その拳は次の瞬間。
「〝1つ〟…〝契約書に記された規約は甲乙共に遵守する事〟」
「ッ!?」
その拳はピタリと止まり、小男はその身体を硬直させる…。
「〝2つ〟…〝甲は乙に商品を卸し、乙は甲へ利益の5%を支払わねば成らない〟」
「な、何だ…身体が…動かないッ!?」
「〝3つ〟…〝乙は甲への負債〝一億z〟を分割で支払い、一月〝100万z〟で返済する事〟」
小男の騒ぐ声を無視してヴァインは淡々と告げる……そしてそのまま動けない男を見て、告げる。
「貴方は以上の契約を反故にした…第三者の介在は関係しない、貴方と〝主〟の契約を貴方は守る事が出来なかった……故に、その代価は強制的に徴収される…その代価は――」
そして、ヴァインはそう言い小男の懐から〝ソレ〟を取り出し、そしてその靭やかな指を男の頭部に触れさせる。
「〝貴方の肉体〟と、その〝魂〟です♪」
「ッ〜〜〜!?!?」
言葉と共に髑髏の目から赤黒い瘴気が立ち上り、その瘴気が男を包む……。
「ヒイィィィッ、やめ、止めてくれッ…待ってくれよッ、必ず金は払うッ、未払いの利益も含めて必ず払うッ、だから止めてくれ!!!」
「……」
「ギイィィッ!?――ガヒュッ!?――やめ、痛イッ、ガッ、グアァッ!?」
その瘴気に包まれ、命乞いを始める小男…その言葉はまるで聞こえないと言う風にヴァインに無視され、その瘴気の中で小男の身体に黒い髑髏が溶け込む……すると命乞いは一転、痛みと恐怖を滲ませながら絶叫が響き渡った…。
「ヤベ、ヤベテクレ……コンナ、コンナ死ニ方ァ…タス、助ケテェ…親父ィ…爺サン…ァァッ、アァァァッ…」
――ドクンッ――
その呻きから数分後、男がか細く呻いていると、一際大きく瘴気が脈打ち…〝声〟が響く。
「『燃えておる、燃えておるなァ…我が城が』」
その声は低く、重く…何よりも威圧感に満ちていた。
「『謀反か?…夜襲か?…否、何方でも構うまい、我等は今混沌の世に、戦乱の世に、戦の場に居るッ!』」
そう叫ぶ〝ソレ〟の言葉と共に、瘴気が吹き飛ぶ……其処にはその姿の影も形も無い、別人と成った〝元小男〟が居た。
ソレは黒い甲冑を着て、その刀を強く握り…黒い髪を長く伸ばした1人の男。
「『お目覚めに成られた様で何よりです…〝ノブナガ〟様』」
「応…いやぁ、あの呪物は窮屈でいかんな…やはり〝人間の身体〟は良い…もうちっとマシな人間を器にすれば儂の顔ももう少しいけめんに出来たんじゃが…」
「今のままでも十分では?……それよりも主様より伝言に御座います」
男…ノブナガはヴァインと言葉を交わしながら、続きを促すと、ヴァインは喉を調節し、その声を発する。
「『〝目覚めはどうだノブナガ、懐かしの人間の身体はさぞ良いものだろう…ソレはおいておいて軽い指示を出す…後はお前の好きにしろ〟……〝街〟を落とせ…そして〝守護者を呼び込み打ち負かせ〟…以上だ…折角呪物として作ってやったんだ、暴れ回って来い』……との事」
「声真似上手いのうお主……しかし、成る程…」
ノブナガは伝えられた文言にそう返し、窓の外を見る……その街を爆走する、守護者等の影を見てその顔を悪辣な笑みに染める。
「キッヒッヒヒッ♪―相分かった…精々派手に暴れ回るとしようかのう♪」
そして、そう言うとその手に瘴気を込めて手を鳴らす…。
「〝参集せよ〟!」
その瘴気は街を駆け回り、全ての悪鬼がその言の葉を感じ取り…燃え盛る炎に包まれた商会の元へ向かい始めた。




