陽は沈み、百鬼は駆ける④
「『〝悪夢の喰腕〟』」
幾千の妖魔の海を黒く蠢く影が貫く…その元には一人の少年が、その顔を真剣な物に変えて己の〝変異した腕〟を伸ばし妖魔を無数の口で喰らう。
「『※※※※※※!?!?!?(不満の意)』」
「騒ぐな〝ジャック〟、腹が減ったって言うから食わせてるんだろ!?」
その腕の悍ましい不定形の〝ソレ〟を元に戻すと、その口の複数からそんな声とも音とも分からない〝鳴き声〟が響く…ソレに対してソレの主たる〝ビーク〟はそう言い言い返すとその悍ましい腕から生えた口は妖魔の食い掛けを吐き出して更に鳴く。
「『※※※※!!!』」
「不味いだって!?――文句言うなッ、唯でさえ大飯喰らい何だからせめて量で満足しろッ、お前の餌を用意するのに何度死にかけたと思ってる!?」
「『※※※※※!(〝知るか!〟と言う意)』」
「この野郎……」
そう言い触腕と啀み合うトンチキな二人のやり取りが続く中、妖魔の群れの中から何処か怒りを孕んだ様な声が響く。
「――ちょっとビーク!?――何サボってるのさッ、流石に僕一人じゃ抑えられないよ!?」
「ッ――!?…すみませんジャックさんッ、一度退路を作ります!」
その声にビークは冷静さを取り戻すと、今度は地面の闇に剣を突き刺して言葉を紡ぐ。
「『〝悪夢の獣〟!――〝行け〟!』」
「『※※※!!!(〝チクショーッ!〟の意)』」
するとその瞬間、無数の触手を伸ばし闇の中から這い出るように現れては妖魔を貪り喰らう悍ましい化物が現れ、妖魔の波に踊り掛かる…。
「ナイスだよッ!――でもアレ使えるならもっと速く出来なかったかなぁ!?」
「無茶言わんで下さいよッ、彼奴が出てる間自分の魔力ゴリゴリに減るんですからッ!」
「ってかアレって君の仲間なの!?」
「半分はッ…ハデスに掛けられた呪いで出て来る敵を殺してたら何時の間にか僕と共存してました…彼奴を手懐けるのに苦労したんですよ…飯は馬鹿程食べるわその癖無駄にグルメだわ…稼いだ側からお金が減ってくんです…」
「最後の方は知らないよ!?――でも一応仲間なんだね!?――じゃあ何とか――」
怨恨に塗れて忌々しげに暴れる相棒を血涙と共に睨みながらそう言うビークにジャックがツッコミを入れ、活路を見出した時。
「――ッいや、厳しいですジャックさん」
「へッ!?ドユコト!?」
ビークがそう言いその顔を苦々しげに染める、その言葉にジャックが振り向き問うと、ビークが言葉を続ける。
「〝妖魔達〟の途切れが見えない…ウェーブ形式で来るのかと思ってましたが違うッ、多分〝現在進行系〟で妖魔達が増えて来てるッ」
「ハァ!?」
ビークの推測にジャックが驚きと焦りを浮かべて居ると、その時空から羽が一枚舞い落ちる……その空には鴉が数羽羽撃き、その鳴き声を〝人の物〟に変えて言葉を綴る。
「『アーッ、アーッ…イベントギミックについて一定ラインの条件を満たした者が現れたので情報開示を行おうと思う、心して聞く様に♪』」
その声は笑みを堪える様に声を浮つかせて紡がれる〝怨敵の声〟…その声の主は己の声へ湧き上がる警戒を華麗にスルーし言葉を続ける。
「『この〝妖魔の波〟は大きな括りで見れば〝獣災〟と同じだが、獣災の中でも特殊なケースだ』」
「『と言うのもこの獣災の元は〝妖魔〟…魔物と言う自然の中で進化した奴等と違いその発生源は俺や…広く見れば〝神〟等の〝人間、生命の意思〟によって生まれた存在だ…分かるか、この意味が』」
鴉から響く声は何処か挑発するようにそう言うも数拍の間を置いて言葉を続ける。
「『察しの良い連中は分かったと思うが、この〝獣災〟は殆ど無尽蔵と言っても良い…何せ元が人の〝負の意思〟から生まれた連中だからな』」
「『人は夜を拒絶した…灯りが闇を打ち払い、隔てる壁が人々に安心を与えていた…平穏故人の心は豊かに成ったが同時に少しの変化に人は怯える様にも成った…この戦火だ、当然ながら街の連中も何が起きてるかは分かっている』」
「『〝殺し合い〟、それも相手は〝妖魔〟…たとえお前達が居たとしても〝もしかすれば〟と街の人間は恐れている』」
「『強い恐れは妖魔を生み、途切れること無い〝厄災〟と化してまた恐れを生む……だから〝無尽蔵に現れる〟』」
ハデスの言葉に、多くの守護者、退魔師達が言葉を失う…たった今齎された〝絶望的な情報〟に…。
「『――オイオイ、恐れるのか?…お前達が恐れればまた妖魔は生まれるぞ?…そうすれば更に厄災は大きくなる…良いのかソレで、自らの手で首を絞めて死にたくないと言ってるようなもんだぞ?』」
ハデスの至極尤もな言葉に焦燥を帯びながらも惑う者達が戦線に復帰する…しかしその心に芽生えた恐怖は晴れることはない…。
「『――案ずるな!〝我が民〟、〝我が兵〟よ!』」
しかし、その時……ふと彼等へ声が届く…その声は気高く、堂々とし、欠片の恐怖も焦燥も帯びていない〝主の声〟…。
「『恐れは妖魔の源である、己の心を律し、我を信じろ!』」
――カッ――
そして、その声が響くと同時に空に巨大な五芒星が街の頭上に現れ、其処から生じる淡い光の膜が街を覆い、妖魔達を焼く。
「『お前達の背には〝我〟が居る、我が居る限りお前達に〝敗北は無い〟!』」
その陽の光は妖魔達を焼き尽くすには至らないが、その波の動きは見て分かる程に弱まり、弱い妖魔達の中にはその光に耐え切れず塵に帰る者達も居た。
「『汝等に〝陽天の加護〟を与える、その加護を以て妖魔達を討滅せよ!』」
そして、声の主…〝天光稲穂〟はそう命ずると、声は消える……その直後。
――『ウオォォォッ!!!』――
轟く…〝人の雄叫び〟、〝希望に満ちた戦意〟が…。
「銃列隊は面制圧を続けろッ」
「前衛は壁外にて隊列を組み、妖魔を迎え撃てッ!」
先程までは絶望に打ちひしがれていた者達が希望に満ちた表情で指示を出し合う…傾いていた戦局が見る間に均衡を取り戻し、更には人間達が押し始める…。
たった一度の〝鼓舞〟と〝圧倒的な力〟が人間達に生命を吹き込んだ…。
「――クフフッ、フハッハハハッ!」
ソレを何処かの〝ソレ〟は愉しげに笑いながら腹を抱えていた…。
「ッハッハハハ♪――やるなぁ〝稲穂〟…してやられたなぁ♪」
ソレは街々の頭上に現れた五芒星を見て、その目を笑みに歪めて、〝とある人物〟を思い出す。
「〝プロフェス〟の術だな?…道理で姿形も見えない訳だ、指揮する声も聞こえぬ訳だ…此度のお前の役割は〝ソレ〟か♪」
〝大規模魔術〟と〝符術〟による各地へのサポート。
「厄介だな…プロフェスの頭脳と技術が有れば下手な雑兵も不死身無敵の軍隊に様変わる…ソレが百戦錬磨の守護者なら最早たった一人が1つの要塞と言っても過言では無いだろう…」
まさに酒が毒酒に変わった気分だ…酷く手痛い反撃だったなァ……。
「―やはり、〝戦〟はこうで無ければ♪」
全て上手く行く等つまらん…張り合いの有る〝強敵〟が居てこそ〝勝負〟は燃える物だ♪
「――結構、大いに結構♪…ならば此方もそろそろ〝仕込み〟を叩き起こそうか♪」
何…此処までやってくれたんだ…俺の仕込みの1つや2つ、お前達なら〝乗り越えてくれる〟だろう?…。




