醜悪たる逆上の私怨
どうも皆様泥陀羅没地です。
2本目投稿デス、ちょいと長め。
――カチャッ――
「――飲み物は水で良かったかな?」
「んん…ありがとう旦那さん」
湯上がりに纏う湯気を衣から漂わせる遊女へ水を渡し、宿の者から受け取った冷水を喉に通す…時刻は午前10時頃…色の街は少しはその色情を萎えさせ、日の中に色も知らぬ純白の童を散らして普通の街の様相を見せる……いや、普通では無いな、〝そう言う店〟の玄関先には禁を破った者、金を払わなかった者が顔を腫れさせ出禁の文字と罪状を書いた板を首にかけて正座させられている…その中には上等な身なりの者も居る事から、この街の人々の強さに思わず笑みを零してしまう。
「さて…私達もそろそろ潮時ですね…」
「……そうやね…淋しい物やなぁ旦那さん」
「物の終わりに寂れは付き物だろう…ソレに、このまま貴女を〝買えば〟…貴女が壊れてしまうのでは?」
俺の言葉に昨夜を思い出したのか、遊女は…顔を朱に染めて恨みがましく上目に睨む。
「イケずやなぁ…」
「気に入った方にはついつい意地悪をしてしまう、難儀な癖が有りまして…」
そう言い遊女の前に立ち、頬に口付けをして別れを告げる。
「また何時か…この街に立ち寄った時は宜しくお願いしますよ、可愛らしい〝お嬢さん〟…宿は後1泊分取って居ますので、今日一日は身体を休めて下さい♪」
襖を締める直前に飛んで来た枕が襖にぶつかる音を聞き、俺は宿を出る…。
「さて……起き抜けに〝釣り〟の釣果を報告するとは…社会人の恐怖を煽ってきやがる…アッチは〝土〟を見つけたか…ならば此方も合流しよう…何せ」
俺は進みながら耳を澄ませる……道行く人々、犬の呼吸、虫の羽鳴愚者の後悔…その奥底から響く〝ソレの音〟…。
『百合姫め、僕という者が居ながら浮気なんて…許さない、許さない許さない許さない』
「此方も良い土を見つけたからな♪」
此方へ唆る殺意を惜しげ無く注ぎ、ぶつくさと小声で呪詛を吐き付かず離れずを進む〝ソレ〟…そしてその背中に見える何十人もの〝女の顔〟と〝男の顔〟を背負いながら此方へ血走った目を向けてくれる〝執狂〟を見て…俺は軽く微笑む…煮凝り固まり、濃縮された劇物…その怨嗟は素晴らしく己にとって都合が良かった…。
「後は〝種〟を植えて待つだけだ♪」
○●○●○●
「ハァッ……疲れたわぁ♪…」
美しい顔、魅惑の香りを振り撒きながら…妖婦は進む…その顔は疲労していると言う割には欠片も疲れた風には見えず、その顔は薄ら笑みが美しい傾国の美女の様だった……。
――カンッ…カンッ…――
進む、進む…人の中を…その美しさは目を引くが、その美貌を見るのは時折目が合う男だけ、その美貌も香りも其処にある…なのに誰も気付くことはない…そして、その妖婦は何を思ったか、大通りを外れて裏道を進む。
「――酷い匂いねぇ?」
その顔は不快そうに歪む…散乱するは生ゴミ生肉、毒病にやられ、脳も肉も腐り落ちた骸を漁るのは飢えた犬か猫達だけ…凡そ、人気の無い路地裏を進み、妖婦は行き止まりに首を傾げる。
「あら…行き止まり…仕方ないわね……引き返すと――あら?」
そして行き止まりを反転し、何処かへ向かおうかとしたその時……行き止まりの唯一の退路へ立ち塞がる〝何者か〟に妖婦は顔をコテンと傾げる。
「どうかしたのかしら?……そんな所に立って……私に何か用かしら?」
そう言い近付く妖婦の言葉に、ソレは返さない……その黒く汚れた服と、荒れた髪、血走った目と荒い息を吐いて…ソレは立つ……そして。
――カランッ――
妖婦の靴が小気味良く鳴り響いた……その時、その立ち塞がるだけだった何者かは放たれた矢の様に駆け出し、その顔を怒りと嘲りに歪ませて迫る。
「キヒィッヒッヒッヒッ!」
その瞬間、その手に持っていた液体を妖婦の顔に掛け、そう狂い笑いを出す〝女〟はその醜悪な顔を更に歪めて、手に持った血濡れたナイフで妖婦の顔へ傷を付ける……。
「この汚れた淫売婦めッ、お前なんか顔を溶かして性病で苦しめば良いッ!」
そう嘲り、並々ならぬ憎悪と殺意に包まれた言葉を吐き、倒れた妖婦を蹴ってそう叫ぶ狂った女…しかし、その女は直ぐにその異変に気付くだろう。
「?…」
〝静寂〟……この女はこの静寂に大きな違和感を抱く……顔を溶かす〝毒液〟も、〝梅毒〟に侵された物の糞尿を塗り込んだナイフも、その何方かを喰らった者は必ず痛みと刺すような激痛に藻掻き、叫び苦しんでいた筈だった。
女だけでは無い…売女に鼻の下を伸ばす男も、己を醜いと蔑んだ子供も皆叫び散らしていた筈だった……なのに、この女は〝声を上げない〟…。
――バサバサバサッ――
違和感……ソレは大きな違和感と小さな〝恐怖〟…。
未知への恐怖、予想を上回る何かが〝起きた〟のかと言う様な恐怖…ソレは徐々に狂った女の身体を蝕み、その静寂に女は息を呑む…。
――ベチャアッ――
そしてその時、ふと空から何かが降った……見ればソレは〝鴉の骸〟…肉は腐り、目は淀み、しかし未だ命の鼓動を止めない〝骸〟…そして漸くその女は己の理解を越えた何かが居ると悟り、後退る……。
――ガシッ――
しかし、ソレは眼前の女…己が手に掛けた女の腕によって妨げられる…。
「酷いなぁ…人の顔を溶かす何て…女の顔は武器なのヨ?」
ヌラリと、ソレは起き上がる……その顔を此方へ向けながら…ソレを見たその女はその顔を恐怖に染めて思わず叫ぶ。
「ヒイィッ!?」
「あラ、酷いわねエ…貴女ガ、やった事でショう?」
――ゴプッ、グチュグチュッ――
その顔は見るも悍ましい化物の様に鼓動していた…肉は蠢き皮は歪み、無数の目が傷付き溶けた目と入れ替わりその顔を新たに作り直してゆく……。
「ンンン……ちょっと鼻が高いかしら?…後目もちょっとバランスが悪いわね」
妖婦の化物はそう言い両手で己の目と鼻を押さえる……ソレを見た女は叫び逃げ出そうと踵を返した…その時だった…。
――ギヤアァァァッ!?!?――
路地裏に、そんな男の絶叫が木霊する……その声を聞いたとほぼ同時に、突き当りから一人の男が後退り、尻餅をついて己の背後を見る…。
「ば、化物めッ…何だ…何なんだよお前ェッ!?」
「『ナンダ、ナニモノダ?』――酷いな〝人間〟…お前の所為でこう成ったのに」
叫ぶ男の前に立つのは頭の形をグネグネと異形に揺らめかせる男、その複眼は男を見ていたが、此方の存在を認めるとその異形の頭を美しい美男へ変えて笑みを浮かべる。
「お〜お、此処に居たかぁ、〝私〟」
「来るのが遅いわよ、〝私〟」
――ドサッ――
二人の化物はそう言い各々の前の人間を投げるとその顔の笑みを深くしてジリジリと歩む。
「いやぁ…中々良い土を見つけて来たな♪……〝女への憎しみ〟…〝子を持つ者への憎悪〟…〝己を捨てた男への怒り〟…ソレもコレも何もかもが常人以上の物だ♪」
「ソッチも良いじゃない…〝一方的な狂愛〟…〝妄想と逆上〟…〝復讐心〟…私はソッチの土の方が好きね」
「俺はその土を気に入ったがな……ヴィルに無理言わせて作った〝例の物〟にピッタリじゃ無いか♪」
二人は背中合わせに恐怖に震える……常人には理解し得ない得体の知れない化物の問答に恐怖し、過去の己へ怒りを抱く様を二人は滑稽そうに見下ろしていた。
「必要なのは〝感情〟と〝器〟だけだ…無駄な自我は必要無い」
「そろそろ始めるの?」
「何、まだ準備の最中だよ準備の最中…まだ一ヶ月は始まったばっかりだ♪」
そうケラケラと笑いながら、男は女は、懐から二枚の木面を出すと、ソレを二人に近付ける。
――バシュンッ――
「「ッ〜〜〜!?!?!?」」
「なぁに、腕なら後で生えて来る……あぁ、その時は既に〝人じゃ無いか♪〟」
両手が切り飛ばされ、男女は呻く…ソレを面白そうに笑いながら二人は仮面をゆっくりと近付けて行く…恐怖を煽る様に。
「〝逆上の妄執には邪鬼の面を〟」
「〝幸妬む者には真蛇の面を〟」
「「〝憎み恨み、妬みて爾、人ならざる者と成らん〟」」
その呪詛を紡ぎ、二人は仮面を人間へ被せる……瞬間。
――ズオォォッ――
身体中を黒が奔る…ソレは二人の身体を這い回り、声に成らない悲鳴を上げさせながら、その姿を変えてゆく…その光景を二人は笑ってみていた。
「まさかまさかだな♪――コレだけの〝呪詛〟を腹に溜めて居ながら狂うだけだったとは!」
「人として居たかった…何て滑稽な理由でしょうね♪」
――ズブズブッ――
「「〝馬鹿め〟…〝大馬鹿共め〟」――人の道を外れた癖に何をしがみついている」
「「ッ※※※※※!!!!」」
「お前達は人を手に掛けた時点で〝化物〟なんだよ…後は奈落に転げ落ち、人から化け物へ成るだけしか無いんだ…今更しがみつくな♪」
二人を…否、二匹を嘲り笑いながら…男は懐から〝ソレ〟を出す。
「さぁ始めまして化け物共……お前達は俺の駒に過ぎない…そして、俺はお前達に命令を下そう……〝コレ〟を完成に導け、そして一月も有るのだ…〝最悪〟を作り出せ……やり方は分かるだろう?」
そう言い、男はソレを投げる…瞬間、ソレを掴み二匹は一瞬にしてその場所から消え去る……。
「先ずは1つ…しかしまだまだ足りやしない」
次は何を〝用意しようか〟?…。
男は路地裏の闇に消える……その場所には、何も残らず、ただ地面に染み付いて離れない、2つの〝人の形〟をした染みが嘆く様に其処に有った……。
コソッと裏話…。
本来女の方に付ける仮面は〝般若〟のつもりだったんですが…ふと気分転換に動画鑑賞をしていると〝般若〟に付いての解説が有り、見れば般若は進化途上と言うでは有りませんか。
コレは面白いと解説を聞き、般若よりもより妖怪へ変化した者の面、本成の〝真蛇〟の面に変更しました。
いやぁ気分転換に面白い〝知識〟が手に入り、作者は狂喜乱舞しましたね…心の中で。




