獣の軍靴と強欲者③
『やべぇぞアーサー!彼奴等数が多過ぎる!』
「クソッ!どうなってるんだ!」
――カチカチカチカチッ――
戦場を蟲が覆う、羽音を鳴らし、顎を鳴らし、飢えを満たさんと雪崩の如く迫る、切っても斬っても、湧いて出る蟲、空を飛翔し獲物を求めて荒れ狂う大波に、戦線は混沌の様相を見せた。
「数が多過ぎるッ、持ち堪えられないッ!?」
『アーサー君ッ!この戦線は無理だ!後方部隊を下げて住民の避難場所の守りを固めたまえ!』
「ッ!?――クソッ!」
もはや、生きている住民を護る、それだけしか残されてはいなかった。
「GIGIGIGI……」
空を舞う、大きな異形……至る箇所に目を生やし、〝不気味な蝿〟としか形容出来ない様な姿で、大地を、空を、常に見ている……〝恐れる〟様に。
「『全軍退却!急いで城壁内へ撤退し!市街地の避難所の護りを固めろ!』……クソッ……届かない」
北方戦線、崩壊……。
○●○●○●
「チィィッ!あの野郎巫山戯た真似をッ!」
蜘蛛の群れ、悍ましく、醜い蜘蛛の形をした異形の群れが大地を埋め尽くさんばかりに駆ける、踏み潰し、斬り殺し、薙ぎ払ってもその数は減らない。
『全軍退却!急いで城壁内へ撤退し!市街地の護りを固めろ!』
「………それしか無いか……なら」
――俺は此処で数を減らす――
城壁との距離はかなり離れている……コレでは敵を中へ侵入させてしまうだろう、ソレ故の〝選択〟、生きている内に出来得る限り斬り殺し、敵戦力を削ぐ。
「さて――」
「「「「ボス〜!!!」」」」
――ブチブチブチッ――
車輪の音、踏み潰される蟲の音を響かせ、怒号とも取れる叫び声が響く。
「俺達も残るぜぇ!」
「スティーブ!テメェ等は帰れ!移動手段が殺されるのは御免だぞ!?」
「言われなくても帰るわ!蟲共に俺のテイル達を食わせてたまるか!」
5人の馬鹿がチャリオットから降り立ち、思い思いに暴れ始める。
「テメェ等ァ!さっさと戻って街の護りに行って――」
「「「「巫山戯んな!アンタだけにこんな美味しい所奪わせるか!」」」」
「俺達の秘策ゥ! ソレをお見舞いして派手に帰るのよぉ!」
「ほらよボス!アンタも道連れだァ!」
「「「「「皆殺しだァ!」」」」」
6人の狂戦士が戦場を暴れる……1を踏み潰し、十を斬り殺し、百を叩き潰す、しかし如何に頑張ろうと万を超える敵には無力、見る間に傷を増やし、6人は身体を削られる。
「クッ……此処までかッ」
「アッヒャッヒャッ!準備完了ゥッ!」
「テメェ等腹ァ括れよ!?」
――バサッ――
――カチッ――
「「「「「アバァ――ッ!?」」」」」
「もっとマシな叫び声ねぇのか?」
――ドオォォンッ――
西の大地に6つの爆炎が放たれた。
●○●○●○
「リーダー、配置完了しました」
「よろしい……それでは情報を整理しようか」
避難所の1つ、……窓という窓をバリケードで塞ぎ、要塞と化した教会、その至る所に配置された守護者達の司令塔、プロフェスはいつの間にか取り出したホワイトボードに情報を書き足していく。
「避難所は3つ、教会、円卓本拠、そして領主館……真ん中に領主館、そして教会は東方の此処、円卓本拠はこの位置、此処が避難所に指定されたのは単純に避難所に足る収容能力、距離が近く、援護がしやすい立地……とまぁ、こんな所だ、次に相手の情報」
――カッ――
「まず、前座の獣災、単純に数が多く、弱い魔物でさえ十分な脅威となる、コレはそれ程脅威では無い、問題なのは後に現れた〝異形〟だ」
――ペラッ――
「名を〝貪食寄生蟲獣〟、この時点では緩慢な動きに軽い攻撃しか出せない、生命力が高いただの寄生キメラだが、コレの進化……というより変異だろう、その個体が危険だ」
悍ましい姿を一転、完全に蟲の様な形と成って空を舞う一匹の蟲。
「名称不明、分かっているのは異常な繁殖力、成虫と成り、溜め込んだ栄養を元に万を超える蟲の群れを産み出した、大きさは中型犬程、特別な能力は無い、死骸を女王へ運び、繁殖を補助する役割を持つ、攻撃性も硬さも、再生能力を除いた性能は平均的な魔物よりもやや上」
「結論から言うと今回の獣災は敵戦力の削る為、そして労せず〝餌〟を確保する為の罠だった……この罠によって現在の状況に陥っているわけだ」
拝聴していた面々が顔を暗くする、プロフェスは真顔で更に続ける。
「四方に存在する女王種を討伐せねば我々はジリ貧、街は滅び人々は息絶え、蟲の波が世界を襲うだろう……ソレを阻止してこそ、此度のイベントは終着となる、そう睨んでいる」
「……現在、最高戦力筆頭のアーサー、そして南方面で無類の強さを誇った〝老鬼〟殿が各所を守護している、ダルカン殿は西方面で仲間と共に遅滞戦闘、その後に自爆により西方面の敵を出来得る限り減らした……結果、西方面の敵の入りは少ない」
「狙うならば西方面からだ」
○●○●○●
「ハァ……ハァ……」
戦場と化した市街地……其処の小さな喫茶店、出来る限りの防御を施した簡素な砦の中で息を潜め、少女は気配を殺していた。
「お父さん……お母さん……絶対に、店は守るから」
彼女は胸元のロケットを握り締め、そう呟く……〝白鳥の羽休め〟、亡き父と母が遺した、彼女の家、幼い頃から過ごした家、それだけが彼女に残された唯一の拠り所だった、故に、避難もせず、店の使えるものを片っ端から用いて、未完成な砦を作って静かに息を潜めていた。
――ブブブブブッ――
羽音が響く……閉じ切られた扉をガタガタと揺らして、その行為は彼女の恐怖を更に掻き立てる。
――ガタガタガタッ――
扉が揺れる……何度も、何度も……やがて音は止まり、彼女が安堵したその時。
――バカンッ――
扉が強引に開け放たれ、2匹の蟲が部屋へ入っていく。
『ッ!?』
心臓が跳ねる、漏れそうになる吐息を抑え込み、少女は影に身を潜める……蟲はフラフラと周囲を回り、やがて1つの場所へ飛んでいく。
『あッ!』
それは台所に置かれたアップルパイ、蟲はソレを見つけると顎を開き、口へ運ぶ……やがてソレを餌と認識したのか、アップルパイの入った籠を掴み、外へ出ようとする。
「駄目ッ!……あッ」
その光景を見て、思わずと言ったように、蟲に棒を投げる少女……その行為の後に、自分の仕出かした愚行を理解し、顔を青くする。
「GIGIGIGI……」
――ブブブブブッ!――
「ヒッ!?」
生きた餌を認識したもう一匹が少女へ迫る、そしてその顎を開き、少女の首を食い千切ろうと近付き。
――バキャッ――
「GIGI……GI」
「オイオイ、人のお気に入りに何してんだ?」
何処からか響く人の声、その聞き覚えの有る声に、目を閉じていたリーアは目を見開く。
「ぁ……ぇ?…テス……さん?」
異様な光景だった……黒い綺麗な服を来た、知り合いが、蟲の頭を〝鈎爪〟で千切り飛ばしたのだから。
――グチュグチュッ……――
「はぁ……リーア嬢、何故避難所に行かなかった?」
「……テスさん、ソレは」
「答えろリーア」
「……此処…は、お父さんとお母さんの店、だから」
「……」
「此処を壊させる訳には行かないの、此処は私に遺された、最後の家、だから」
「………ハァ、お前一人で護り切れる訳無いだろうが」
「……テスさん、貴方は」
――ブブブブブッ――
「屍人、生命の冒涜者、人ならざる悪意、人類の敵対者……悪魔を騙る者、不死者〝ハデス〟、それが俺の名前だ」
――ズブズブズブッ――
影から、肉の槍が飛び出る……ソレは店へ侵入した蟲を塵芥の如く粉砕した。
「悪魔……?」
「正確には悪魔に近い不死者だ」
そう付け足し、蟲から籠を奪い取るハデス。
「………ねぇ、テス、ハデスさん」
「ん? 何だ?」
籠を手に、振り返るハデスに、少女は真っ直ぐ見据えて告げる。
「私と……取引してくれる?」
「………ほぉ? 取引?」




