微睡む眠り、或いは目覚めの再誕①
――キュィィィンッ――
『―――♪』
『――――』
祈りの祝詞、湧き出す白い魔力が3つの手脚に干渉する…しかし。
――ゾォォォッ――
ソレを拒む様に〝ソレ〟は白い魔力を打ち消してゆく…最善を尽くしている、数十人による純粋な祈り、対を成す聖の魔力を以て尚も〝生きる屍肢〟は世界にへばり付いていた。
「……」
静寂と困惑、アリステラと司祭達の当惑と焦燥が顔を見ずとも伝わって来る…それに自ずと守護者達も固唾を呑み、見守っている…。
「……ッ!―皆様敵襲です!」
『ッ!』
そんな最中、アリステラが叫ぶ様にそう告げる…その声に皆の緊急が高まる。
「〝眷属〟かい?」
アリステラに向けてプロフェスが問うと、アリステラは顔を重く下げる。
「恐らくは…5つの強力な気配が高速で迫っています…今すぐ住民を避難させます」
「了解した、皆戦闘準備を―」
プロフェスがそう言い皆へ指示を出した…その時。
――ピピピピッ、ピピピピッ――
「――どうしたッ」
アーサーの緊迫した声、その問いに対して相手もまた緊迫した声で叫ぶ様に報告する。
「『アーサーさん!〝獣災〟だ!複数の街に獣災が迫ってる!』」
「対処出来るか?」
「『無理だッ、魔物の量が多過ぎて処理が間に合わないッ応援をくれ!』」
それは、歴戦の戦士である彼等でさえも手に余ると言う嘆きの声…しかもそれが複数箇所で同時的に起こっている…つまりは…。
「成る程…戦力を減らしに来たな…」
プロフェスの言葉に全員が首肯する…片やコッチへ攻め入る少数精鋭、片や複数同時襲撃の物量作戦…コレが偶然で済むのなら神など要らんだろう。
「――で?…どーすんだプロフェス?…俺としちゃあ少数精鋭の方を――」
悩める彼へ、俺はそう言うとプロフェスが首を横に振る…。
「いや、君は獣災の処理に回ってくれ…リリーはソロモンと別の獣災を頼む…出来るだろう?」
俺の目をプロフェスが覗き込む…相変わらず何を考えてるか分からない目だ…。
「…あいあい、りょーかい♪…それじゃリリー、ソッチはソッチで頑張れよ?」
「ッはい!」
リリーのハツラツとした返事を聞いて駆け出す…。
「私は此処で作業を続ける、悪いが各々で獣災と眷属達の対処をしてくれ」
『了解』
背後で響く声を耳にしながら、俺は転移門へと急いだ…。
「……着いてきてるなァ?」
俺の背後をコソコソと追従する〝監視者〟達と共に。
●○●○●○
伽藍堂の祭祀場でアリステラと数十人の森人達は彼等を見送り…そしてプロフェスは沈黙の中思考を回していた。
(強く引き下がらなかったか…諦めた?…いや、それは無い)
脳裏に浮かぶはあの男、〝ソロモン〟…影を操り、召喚師と呼ぶには異端な戦い方をする規格外、僅か一ヶ月半ばで上位プレイヤーへ上り詰めた〝特異点〟の〝参謀〟…そして、今現在三つ巴でしのぎを削り合う戦争の発端にして、〝ハデスの魂を持つ者〟として最も警戒されている男。
そんな男の行動から出た一つの選択肢を、プロフェスは否定する…。
彼は知っている、あの男は殊更〝諦め〟を嫌う事を…だからこそ奇妙だった。
(眷属を信頼しているからこそ?…いや、腑に落ちない)
眷属の腕を信頼しているのはそうだろう、だが少し引っ掛かる…ハデスと言う存在の性質から考えると、少し違和感を感じるからだ。
「儀式を再開します」
「……あぁ、頼むよアリステラ殿」
空返事にそう返すプロフェスを置いて、封印の儀式が再度始まる…。
「――アリステラ殿、貴殿の母上からハデスに関して何か聞いていないか?」
「ハデスについて…ですか?……母上から聞いたのは、アレが死霊を束ねる魔王である事、余興に人を弄ぶ残忍な性格である事と…そして、〝空洞の心〟を持つと聞きました」
「……〝空洞の心〟?」
アリステラからの言葉に、プロフェスは眉を顰めて問い返すと、アリステラが頷き続ける。
「はい、以前…500年前の闘技大会の時にハデスと遭遇したと母様から聞きました…上位の精霊ですら狂気に落とす〝混沌の心〟を持つ厄災と…」
「上位の精霊ですら、狂ってしまう心?――ッ!」
その時、プロフェスの中で何かが弾けた。
もし仮にハデスがアリステラの言う〝混沌の心〟を持ち、精霊を狂わせられると言うのなら、何故アリステラの精霊は無事なのか?
「アリステラ殿ッ、精霊は此処に集まった者全員を観ていたのか!?」
「?…はい、数名邪気が有りましたが気にする程では無いと――」
その声を聞き、頭脳に散りばめられたパズルの穴が高速で埋まる…狂わない精霊、この場から引き離す行為を受け入れた意味…そして、現在、作り出された伽藍堂の祭祀場。
其処まで行き着いた、その瞬間。
――コンコンコンッ――
「〝失礼するよ〟…〝プロフェス〟」
疑念を突き破り、確信へ至った己の前に…抜け抜けと扉を開け放って〝ソレ〟は現れる。
「ハデス…ッ」
「流石プロフェス…ずば抜けた観察眼と判断、推測能力は例えるならばシャーロック・ホームズ探偵へ迫れる物だろう…だが、しかし…私というモリアーティへ至るには少し遅かったみたいだね?」
満面の笑みで、嘲りでは無く…挑発的にそう言ってのける…〝冥府の抜け殻〟が立っていた。
○●○●○●
――ザッ――
「……来たな」
アーサーがそう呟く…その刹那、遠くへ見える防壁は見事に砕け散り、土煙を突き破り5つの影が現れた。
「フウゥッ…タラトの〝仕込み〟が有って助かったぜ…」
一人は大柄で厳つい顔をした、赤髪の大男、その顎に猪の様な牙を生やし赤く脈打つ肉肉しい大剣を肩に掛け、〝バリッド〟が現れる…。
「だろ〜?…まぁアレ作るのにかなり死肉と時間が掛かるんだけどね?」
バリッドの言葉に誇らしげに胸を張りながら、白衣を来た紫髪の美女はそう言い、そして肩を窄める。
「それよりも、数が多いですわねぇ?……1、2、3…8人居ますわ!」
そして、タラトの横の黒いドレスを纏った金色の髪を靡かせるグルーヴは、そう言いその美しい黒翼を動かす。
「おう、テメェ等一人ずつで、私が4人で平等だな!」
その横では、戦意を滾らせ愉しそうな笑みを浮かべて赤髪を揺らしガントレットを鳴らす、セレーネが居た。
皆々が既に知る強敵に警戒し、そして最後の一人に目を向ける。
「も〜〜皆で分け合わないと不公平だよ〜?」
しかし、その声と…其処に現れる存在を見て、皆瞠目し…思わず口にする…。
『子供?…』
「誰が子供さ!?…コレでも500年生きてるんだぞコノヤロー!?」
そう言い地団駄を踏みムキーッと言いながら、可愛らしく怒るのは、黒い可愛らしい服を着てスカートを揺らす、黒い髪に赤い瞳を持つ少女…背格好は似ているが、その姿は彼等の知るディヴォンとは程遠かった…。
「ムゥゥッ、ディヴォンにもそう言われるし、弟達は私を追い越してあんなにデカくなるし……って、今はそれは良いや!」
何かブツブツと恨み言を吐いていた少女はそう言い顔を笑顔に染めると――。
――シュンッ――
「始めまして〝守護者〟の皆!…私の名前は〝アジィ〟って言うんだよ!…宜しくね?」
全員の目の前に現れ、そう言いニコリと笑う。
「ッおいアジィ、私の獲物は取るなよ?」
「わーかってるってセレー姉、でもちゃんと挨拶しなきゃ、コレから遊ぶんだから最低限私の事は教えないとでしょ?」
「つってもお前が下手に本気で暴れりゃ全部壊れるだろうが」
「ダイジョーブだって!ちゃんと力は抑えてるし、守護者の皆が倒せる位に落としてるよ!」
一瞬で現れ、そして分身しておいて事も無げにセレーネと話を続けるアジィ達…しかし。
「ッ――ディヴォンは!」
「あ、バレちゃった…」
唯一此処に居ない〝ソイツ〟へ皆が意識する…そして、この中で最も索敵能力の高いジャックが己の背後を見る。
「ッ居た!」
「ッあ、バレちゃった」
ジャックの言葉に、全員が振り返り、そして一目散に仕留めようとした……その瞬間。
「「駄目だよ(駄目だよ〜)」」
守護者とディヴォンの間に薄く硬い障壁が挟まれ、ソレを生み出したタラトとアジィがそう言う。
「それじゃあいってらっしゃい〝ディヴォン〟!〝ベクターさん〟!」
「ホッホッホッ…折角隠れて居たのにバラすのは無しですよアジィ?…それはさておき、行きますよディヴォン?」
「あ、ハイ…ヒューッ、死ぬかと思った」
結界の外に立つ、白髪の少年と壮年の黒い服を着た執事の男はそう言い結界を背にして世界樹へ向けて駆け出した。
「さて、コレで計画通りに行った…後は…」
「殺るだけだな!」
結界の中に、凄まじい魔力が立ち籠める…そして、次の瞬間、その光景は。
汎ゆる情景を混ぜ込んだ、異質な空間へ様変わった。




