竜狩り①
「此処が竜の荒野……」
「ど、ドキドキしますね…」
「空気が重いな…」
カラカラと車輪を回しながら、荒野の中程に進む、そろそろ飛竜達の縄張りに入るな。
「さぁ、そろそろ始めようか」
「始めるつっても飛竜は居ねぇぞ?」
「そうだね、だから〝呼ぶんだよ〟」
――ゾォッ――
馬車から離れ、魔力を放出する…。
「ふぅ……コレで良し、竜は縄張り意識が強くてね、脅威にならない者は滅多に襲わない……まぁ、好んで襲う個体も居るけどね…取り敢えず、魔力を放出する事で我々の来訪を教えた訳だ…ホラ」
己の行動の意味を教えながら、遠くに見える影を指差す。
其処には、蜥蜴と呼ぶにはあまりに攻撃的な見た目の、蝙蝠の羽をはためかせ此方へ猛進する〝竜の群れ〟が居た。
「ひぃふぅみぃ……5匹か、一人一殺……二匹は私が相手しようか?」
「え?出来るんですか?」
「まぁね、それなりに体力は削れると思うけど…死ぬ事は無いだろうね」
「なら任せるぜ、悪いが初めての竜との戦いで二匹も同時に相手出来ねぇわ」
「構わないとも……それはそうと、こうも空を飛ぶれちゃ私とリリーはともかく、リヒトとウェイブが戦えないね」
――ゴポゴポッ――
――バサッ――
「それじゃあ二匹は落としてくるから、油断しないでくれよ?」
そして俺は荒野の空へ羽ばたいた。
●○●○●○
「ガァガァッ」
「グルゥッ」
空を進みながら、5匹の竜は鳴き声を上げる、その目には〝好奇心〟と底意地の悪い〝下劣な悪意〟を宿して。
偶然にも、この5匹はほんの一瞬の〝魔力〟を感じ取り、こうして共に同じ場所へ進んでいるのだ。
竜は総じて己を上位種と信じて疑わない……事実そうだ、特殊な例外を除き、竜が竜、或いは龍以外に負ける事は無い。
他の生物の追随を許さない〝身体能力〟…並外れた〝魔力〟……其れ等が竜達の高慢とも言える態度の原因だった。
故に、理解していない…或いは若い龍も同じだろう、ほんの一瞬感じた魔力の〝意味〟…。
コレが少しの経験を積んだ龍達ならば、その余りの違和感に警戒心を抱くだろう。
〝何故急に魔力が膨れたか?〟……と。
――ヒラッ――
「グルルル?」
ふと、一匹の飛竜の顔に黒い羽が舞い落ちる……それは竜の物と言うには柔らかく、美しい黒い鳥の羽。
――……――
そして、急に空が陰った…空には〝雲の一つも無い〟のに。
竜達が気付くよりも早く、眼の前の竜へ、空から〝影〟が落ちて来る。
――ドゴォッ――
「「グルァ!?」」
「「「ッ!?」」」
――ガシッ――
「ようこそ蜥蜴、少し付き合え♪」
その影は楽しそうにそう言うと、二匹を地面に叩き落とす……その先には二匹の人間が居た。
「「「グルルッ…」」」
「〝警戒〟…〝敵意〟…〝困惑〟……ソレを抱くには、些か遅すぎたな」
――ヒュンッ――
「※※※※※!?」
風を切る音と共に、竜の羽に炎の矢が突き刺さる。
「……」
その矢の奥には、炎の弓を持った少女が居た。
「さぁ、コレでマッチアップは終了、リヒト&ウェイブ対飛竜二匹、リリー対飛竜、そして俺とお前達」
その男は脳に染みるようなくすぐったい声で、無邪気な子供のような純粋な笑顔で、しかし、その眼には確かな狂気を乗せて、そう言い睥睨していた。
「あぁ、竜と踊るのは久し振りだ」
○●○●○●
「ふぅぅ……良し、覚悟完了ッ」
「警戒は怠るなよウェイブ」
「ったりめーよ!」
荒野に立ち昇る土煙を前に、二人は冷や汗を一筋垂らし、油断無く眼を煙へ向ける。
決してその奥に居る存在を見逃さない様に…二人がその黒い影を認識した瞬間。
――グオォォォン!!!――
「ヤッベェ、すげぇド迫力だァ」
「……」
ウェイブの言葉にリヒトは答えない、無言と言う答えが帰って来る。
「リリーは大丈夫かね?」
「問題無いだろう……彼女の能力は、ソロモンよりも火力に秀でている」
「そうだな」
「それに正直な話、リリーを心配する程、余裕が無い」
「…それもそうだな」
土煙から暴れ出てくるのは、目を血走らせた竜……その顔は憤怒に塗れ、空の上の〝黒〟を睨んでいた。
「グルルルルッ―」
「「させるかッ!」」
羽搏き、空へ翔ぼうとする竜へ二人が肉薄する……そして、その剣が飛竜の羽を斬り裂いた。
「おぉ、通った!」
「竜種の翼は総じて他よりも柔らかいッ」
2匹の竜がまた叫ぶ……そして、今度は明確に二人を睨んだ。
「本格的に始まるか」
「それじゃあ二手に分かれて戦おう」
「んだな!」
二人が竜を見てそう言うと、左右に分かれて大地を駆ける、その瞬間、飛竜は蜥蜴の様に地面を踏み砕いて二人を追い駆けた。
一方では。
●○●○●○
「うひゃぁ…結構カワイイ顔?」
リリーは呑気に、己の方へ飛翔する竜の事を認識しながらそう呟く。
何も現状を理解していない訳では無い、十二分に理解し、緊張も恐怖も感じている……だが、それでも心に余裕が有るのだ。
「私の魔術でもダメージは与えられる」
それは今まで積み重ねた己の研鑽が通じた事が起因か?…そうだろう、しかしそれ以上にリリーは理解していた、この余裕の正体は。
「ソロモンさんが殺れるって言ってたからね!」
ソロモンの言葉、普段は怪しげで飄々とした不思議な男だが、事戦いや困難な事態に対しては誰よりも優れた能力を持つ…そんな男が自分達に〝期待〟している。
「だから、殺れる!」
事実、竜もリリーに対して酷く警戒を募らせていた。
炎の息吹を持つ飛竜にも耐え難い炎を操り、己へダメージを与えた存在なのだから、警戒も当然だろう。
(私の炎でもちゃんと殺れる……でもやっぱりただ魔術を使うだけじゃ駄目だね…)
リリーは竜の胸部を見ながら、極めて冷静にそう判断する。
――シュウゥゥゥッ――
其処には焼き抉れた胸部の傷が徐々に、ゆっくりでは有るが〝修復〟されている光景が有った。
(軽い再生能力、確か魔力で細胞を強制的に活性化させて傷口を修復してるんだったかな…うん、大体分かった)
――コンッ――
――ゴォォォッ――
リリーが杖を突くと同時に炎が噴き出す。
「つまり、再生が追い付かない程のダメージを与えれば良い!」
そして、その炎は幾百幾千の炎の武器と成って飛翔する。
その空では2匹の竜と1人の影が悠々と空を泳いでいた。




