北方の蛇神
「――と、言う訳で行方不明の原因は悪魔の仕業でした」
アレから暫くして、漸く地上に帰還した我々は現在、ギルドマスターの室内で報告を済ませていた…我等がリーダー、リリーの言葉にドドットが目尻を抓む。
「悪魔に…古代の遺跡ねぇ?……どーすっかな〜コレ…上に報告するべきか……」
「下手に彼処を知らせると目の眩んだ馬鹿が利用しようとするだろうね……遺跡の周辺には鉱脈も何も無い、それに悪魔の仕掛けた罠は埋めておいたから侵入経路は完全に封鎖しておいた…」
「……」
「〝君が〟何も語らなければ真相は闇の中…遺跡は忘却と共に塵に変わるだろうな」
(((脅し…)))
「あぁ…分かった」
俺の言葉に理解してくれたらしいドドットが冷や汗を滲ませそう告げる、さて。
「それじゃあ依頼の報酬を頂こう」
「応、報酬は受付の方で受け取れ…何はともあれ、こうしてこの街の悩みの種が1つ解決した事は感謝するぜ」
「仕事だからね…それじゃあそろそろ、我々も御暇させてもらうよ、次の旅に備えなければ」
「何処に行くんだ?」
「〝竜の荒野〟」
――ピキンッ――
俺の言葉にドドットがティーカップの取手を壊す。
「……は?…悪い、もう一回言ってくれるか?」
「〝竜の荒野〟」
「…本気?」
「本気」
「…冗談―」
「では無いね」
「「……」」
室内に重い沈黙が流れる、まぁそうだろうな…常人からしてみれば竜の荒野はトップレベルに危険なエリア、其処に足を踏み入れるのは余程の命知らずくらいだろう。
「……武器は問題無いだろうな」
「そうだねぇ、暫くは荒野に籠もるだろうから食料と回復薬、後は竜の炎の対策に〝耐火〟の魔導具何かが有れば嬉しいねぇ」
「……となると、上等な素材が要るな」
「〝岩喰らいの胆石〟と、後は高水準な〝水の魔石〟が要るかな」
「……〝岩喰らい〟の胆石の在庫は少ねえな、魔石の方はもっと少ねえ……岩喰らいは近い所だとカトベルの西側の洞窟くらいか?…魔石の方はこっからかなり南に進んで、其処の主を狩るか…後は精霊からどうにか調達するかしかねぇな」
「う〜ん……そうか、困ったねぇ」
「……一応、後1個何とか出来るアテは有るんだが……かなり用意が居るな」
「ん?……どういう事だい?」
俺はどうやらもう一つ候補が有るらしいドドットへ問い掛ける、するとドドットはかなり難しい顔をして答える。
「北方の山の奥にな……〝大蛇山〟って所が有る……山と山の中に有る所何だが……其処に居る〝蛇神〟サマに頼るのはどうだ?」
「……蛇神?」
何やら妙に仰々しい名前が出てきたので思わず問い返す。
「そうだ…俺の爺さんから聞いた話だ…何でも其処にゃ馬鹿デケェ蛇の神さんが居て、其処に供物を捧げりゃ欲しい物を対価に与えるってな……北の方以外にも3匹居るんで、〝四蛇神〟何て言い方もされてるなァ」
「……」
知らぬ間に神様になってるんだけどあの子達……いやまぁ〝想定通り〟何だけどさ。
「まぁ、取り敢えずそこ蛇神に会いに行って供物を捧げたら良いんだね?……供物は何が良いかな?」
「取り敢えず、テメェ等が乱獲した〝剛角牛〟を持ってきゃ文句ねぇだろ」
「それもそうだね……耳寄りな情報をどうも……御礼に私行き付けの〝アップルパイ〟をプレゼントしよう…このクッキーは職員達にでも上げると良い」
――フワッ――
「おぉ、良い匂いだな……ッ!…コリャ絶品だなぁ、相当の腕前だ」
「フフフ、そうだろうそうだろう」
――カチャッ――
「それじゃあまた今度(死なない様にね)」
「ん?おう、また今度も持ってきてくれ!」
ドドットの声を軽く聞き流して冒険者ギルドを出る……道中美しい受付嬢が凄まじい執念を放ちながら階段を駆け上って行ったが…何か有ったのかな?」
「さ、噂の蛇神様を拝みに行こうか♪」
そして、我々は解体場に置かれている剛角牛をインベントリに押し込み、馬車に乗り込んだ。
「ドドットの話だと、この辺りに〝大蛇山〟が有るらしいが……」
そして、現在…夕暮れに空が染まり始めた頃、山の奥深くに我々は居た。
「あ!彼処じゃ無いですか!?」
キョロキョロと辺りを見渡して居たその時、リリーの声にソチラを向く。
「コレは……何だ?」
「oh…西洋の街に似つかわしく無い建造物発見…」
「「…〝社〟 (ですね)」」
「ヤシロ?」
「そうそう、東洋における神聖な場所への通過門って所かな?…そして、社を抜けた先には神を祀る神社…〝教会〟の様な物が有ったり、或いは其処に偶像が有ったり……巨大な岩が祀られてたりするんだよ」
「成る程……なら此処が蛇神様の居る山なのか?」
「多分ね……後は行ってみれば分かるんじゃないかな?」
皆を引き連れて、社へ進む……そして、その社を潜った瞬間。
――ザッ――
「「「「ッ!?」」」」
我々は薄暗い土の中に居た。
「コレはコレは……〝転移〟の様だね」
『来訪者とは、久しいな』
私の声に反応してか、脳裏に威圧感の有る声が響き渡る……それと同時に洞窟の奥から〝ソレ〟が現れる。
それは蛇の顔だった……作りも形も何もかも…寸分の狂いなくそれは蛇だった……唯一通常の蛇と違う点はその巨躯だろう。
「な、文献に有るバジリスク以上だぞ!?」
「アレは全長が50メートル位だったかな?…私の見立てだと顔の大きさから推測するに……優に〝1km〟は有りそうだ」
バジリスクが蛇の王で有るならば、それの何十倍の体躯を誇る彼の姿なら、確かに蛇の神と言い表して何ら問題は無いだろう。
『我は〝対価の蛇〟……此処へ来たと言う事は、汝等もまた我が取引を享受しに来たと言う事なのだろう』
「そうだね……早速で悪いが、我々は〝岩喰らいの胆石〟と、高純度の〝水の魔石〟を欲している……対価としてだが、〝剛角牛〟の肉はどうかな?」
インベントリから剛角牛の死骸を地面に積んでゆく、蛇の神はその光景をじっと見ていた。
『良かろう…では代償を頂戴する』
一通り死骸を吐き出すと、蛇はそう言い、躯の山を一飲みに喰らう。
『対価には代償を…〝理〟に則り、汝等に〝対価〟を与えよう』
全てを腹の中に納め終えると、蛇の神は口から〝ソレ〟を吐き出す。
――――――
【岩喰らいの胆石】
岩石喰らいの胆石、優れた防具や強力な魔導具を作る際に用いられる高級品。
――――――
――――――
【水精霊の魔力結晶】
中位精霊が丹精込めて創り上げた魔力結晶、通常の魔石とは比較にならない純度をしており、精霊が信頼している者にしか与えない。
――――――
『さぁ、続き望みを言うが良い』
「へ?……え、でももうお供え物はないですよ?」
『汝等の供物は充分過ぎる程に受け取った』
「……要は〝供え物に対する対価にはまだ足りないから他の望みを言え〟…って事か?」
『然り』
「ほぇ〜……律儀な神様だね〜」
『求める対価は何でも良い、物でも、形無き物でも、我が知り得る限りは叶えよう』
「ほう?情報も支払うのか?」
『対価に見合えば、であるがな』
コレはコレは……中々面白い事を考えるね。
「そうだね〜……では――」
「〝ハデスの肉体〟の場所は何処ですか!?」
『……ハデス……五百年前に生まれた〝屍王〟…その欠片……一つは、〝汝〟の腹の中に』
蛇の目が俺を見る、そして。
『我に感じられる気配は2つ……一つは西、もう一つは東……場所は分からぬ、しかし屍王の血肉を求め、屍肉と不浄は押し寄せるであろう、それが強大な屍肉の城を創り上げるであろう』
「取り敢えず、西と東……そして、ハデスの肉体に惹きつけられた魔物が集まって巨大な〝迷宮〟を生成している…って事かな?」
『然り』
「ほほう……ソレは中々嬉しい情報だ」
「……あ!まだ質問良いですか!」
『構わん』
「それじゃあ―」
そしてその後リリーが放った言葉、己の人生以来これ程己の忍耐を称えた事は無い。
「〝ハデス〟は何処に居ますか!」




