止められぬ暴君
――フッ――
――チラ……ギィィ――
「……ん、フフッ♪」
現在北の山、其処で未だ建築途中の本殿の横に有る仮住まいの椅子に腰掛け、手元に有る〝赤く揺らめく魂〟を見て薄く笑う。
――〝好きにしな〟――
――ガンッ――
「主様!?」
「んぁ?おぉベクター……すまんが茶菓子と紅茶を持ってきてくれ、さっきから頭が腐って思考が纏まらん」
「は、ハッ!只今!」
「ガッハッハッ!何してんだよ主ィ!」
杖を頭に振り下ろして居るとベクターが戻る、ついでにヴィルもそんな俺を見て笑い転げる。
「いや、少し前から妙にあの顔が頭に染み付いてな、思考が乱れるんで直せるか試してた」
「にしてもやり方が可笑しいだろ、せめて冷水に浸かるなりしろよ、急に頭ぶっ叩くとかイカれのやる事だぞ?」
「あぁ、それもそうだな」
戻ってきたベクターに礼を良い早速紅茶を飲む……気を利かせたのかハーブティーの香りが心を穏やかにし落ち着く。
「悪いなベクター、少し冷静さに欠けた……さて、今回の一件で人間の死骸と魂が一千程手に入れた訳なんだが……次の目標を進めようと思う」
「ってこたぁ〝長の従属〟か? 俺ぁ役に立てねぇし本殿の建築しとくかね」
「そうだな、俺とベクターが長の魂集めしてくるから、俺達が留守の間にヴィルが本殿の建設してくれ」
「了解任せな」
「ベクターは支度を頼む」
「御意」
それじゃ、予定も立てたし〝行くか〟。
「時は廻る、長き針は人の歩み、短い針は魂の歩み、長く短く、時は流れ、生は死を見上げる大地、死は生を照らす太陽、人の一時を、獣の一時を、屍は思ふ……」
歌を歌いながら、脚を進める。
――ギィィッ――
「……素晴らしい、流石ヴィルに無茶言って造らせただけはあるな」
建設現場をひた歩き、造りかけの階段を過ぎ、その影に造られた扉を進む……石階段を進み、鉄扉を開く……薄暗闇に火の色が照らす……無機質な石壁、石机の上に並べられた様々な器具……此処は俺の〝玩具箱〟。
「〝死霊作成〟」
〝悪魔〟の〝作る〟、悍ましい〝研究所〟である。
〜〜〜〜〜〜〜
――パカラッ、パカラッ、パカラッ――
「ベクター、此処の長の情報プリーズ」
「御意、このエリアは〝猪突の草原〟、読んで字の如く〝突進猪〟が主に生息する猪達の縄張りです、今回相手するのは其処の長、〝暴牙のバリッド〟、凶暴で獰猛、巨躯で相手を轢き潰し、殺した獲物を捕食する〝暴君〟です」
「ふぅん、グルーヴよりは単純ぽいな」
――ザリッ――
「スレイ、アンヴァー、離れてろ……其の辺の魔物と人は殺して構わん」
「「ヒィン」」
「ベクター、お前はどうする?」
「……随伴するのも一興ですが、何れ部下にするのならば主様が単独で相手するのが効果的でしょう、私も周囲の露払いに致します」
「そうか、なら頼んだぞ」
スレイ達の蹄の音を背後に、平原を進む。
「ブルル」
『ボスエリアに侵入しました!【暴進巨猪】、〝暴牙のバリッド〟との戦闘を開始します』
「広い……な、しかも人っ子一人、獣の一匹居やしない、お前どんだけ暴れたんだ?」
――ドスンッ――
「目測十五メートル、地面が陥没する筋力に、鋭い槍の様な牙、そして」
――バコンッ――
「尋常で無い速度、ヒットアンドアウェイ?一撃必殺?理に適った戦い方だな」
「グ?」
俺の居た場所を一瞬で過ぎ去ったソイツは、突如走った痛みに疑問符を浮かべる、それは脚に着けられた線、其処から流れ出る赤の雫は即ち、一つの結論をソイツの頭に叩き込んだ。
――傷を付けられた――
「……」
――ブチッ――
「ブガアァァァァァ!?!?!?」
「お〜怖、一撃食らっただけで切れ過ぎだろ、牛乳飲め牛乳………そ・れ・と・も・〜?」
俺は顔を赤くする豚野郎に嘲笑の言葉を吐く
「〝今まで無傷無敗だった己〟と言う矜持が汚された事が許し難いかぁ?」
――ドンッ――
――ブシャァッ――
「単純単純……単純過ぎて眠くなりそうだ♪」
「ブガァァァ!?」
――ドンッ――
――ブシャ――
猪が駆れば傷が増える、何度やろうと、より早く動こうと、餌には当たらず、自分だけが傷付く……なぁ?
「どんな気持ちだぁ?暴君?」
「ブガァァァ!」
――ドンッ――
――グサッ――
幾度目かの猛進の構え、その直後世界が半分消えた……それは猪の少ない脳みそを破壊するに十分な衝撃だった。
「威力は上々、人間の屍一つで十本のコスパ、守護者共が其の辺から湧いてくる事を考えれば完璧に近い性能だな」
低燃費で殺るなら武器化がベストか?……ただなぁ。
――バキンッ――
「攻撃に振り切り過ぎて脆いんだよなぁ、消耗品と考えるべきか」
効果的な威力を得る代わりに脆弱にするか、耐久を増す代わりに火力が下がるか……前者だな。
「あ〜暴れるな暴れるな」
「ブギィッ!?」
――ズズズッ――
無茶苦茶に暴れる豚を影の腕で押さえつける……コイツ抑え込むのにそれなりに魔力食うな、グルーヴの2倍か。
「単純に肉体スペックはバリッドの方が強いのか、まぁこの図体だしなぁ」
「ブガ――」
――ズコンッ――
騒ぎ立てる豚の口に屍槍を貫き通す。
「さて……さて………馬鹿げた体力、物理耐久を持ったボス、能力の検証に丁度良い奴が最初とは運が良い♪」
「―――ッ!?――ッ!!!」
「騒ぐな騒ぐな……なに、お前の肉も魂も俺が有効に使ってやる……ただその前に、ちょっとした実験に協力してくれ、なに肉を抉ったり臓物を引き摺り出すだけさね、安心したまえ」
――頑張って生きてくれ――
「手始めにこの剣!耐久中!火力中のバランス型!」
――ザシュンッ――
「――ッ!?!?」
「致命傷にはならないが有効打、次」
「短剣!耐久大火力小!」
――ザクザクザクッ――
「――!」
「浅いな、柔らかい急所を突くか毒を使えば使えるか?」
そして戦闘という名の〝蹂躙〟が始まった。
〜〜〜〜〜〜
「次!大剣!耐久小火力大! ロマンってのは偉大だよなぁ!」
――ズガァンッ――
「――」
「お〜!素晴らしい火力、だが使えるのは2度までか……ッは!?」
『ワールドアナウンスを通達致します』
『〝暴牙〟のバリッドが討伐されました!』
『レベルが上がりました!』
『死霊術のレベルが上がりました!』
「あ”〜ックソ!?やり過ぎたぁ〜!?」
首を断ち切られた猪を見て、俺は膝を付く……至る所に傷を作り血塗れな身体、その猪の顔はやけに安らかな顔をしている。
「ミスった!ミスった!?まだ試したい事も有ったのに!?クソッ〜!?馬鹿野郎!?」
いや、いやまて!此処は冷静に考えよう!うん!ボスの魂が手に入ったし万々歳!そういう事にしよう!しろ!
「………ふぅ、ビークール、俺は冷静沈着、オーケー?……よし落ち着いた」
「〝ベクター、此方終わったぞ〟」
『承知致しました、帰還します』
「〝スレイ、アンヴァー、もう戻ってきて良いぞ〟」
『『ヒィン!』』
「次………は……南行こうか………」
こうして、我々はえもいえぬモヤモヤを抱え、次なる長を討伐しに赴くのだった……。
●○●○●○
「どういう事!?」
「セレーネ姉さんが死んだなんて嘘よ!」
「セレーネ姉さんを返せ!」
場所は〝ファウスト〟の街、冒険者ギルドは混乱の只中にあった……たった2匹の不死者に討伐軍を組み、其処に世界に注目されていた期待の新人〝拳王セレーネ〟が加わった、それだけでも注目が集まっていたというのに、その討伐軍は守護者を含め全滅、不死の力を持った守護者を除いて誰一人と帰らなかった……それは悪い意味で注目を集め、混乱と動揺が各地へ広がった……特にファウストの街のギルドは混乱を極め、混沌と言える様相だった。
「姉さんが負けたなんてあり得ない!」
「きっと生きてる筈よ!」
「探しに行きましょう!」
――ガチャッ――
「お〜い、ギルマスぅ〜!」
混沌の中、シャンと響いた声が場を制する……声の主は浮かれない顔で頭を掻き、しかめっ面の大男へ向かう。
「〝ギルネーデ〟、報告してくれ」
「駄目も駄目駄目、西の廃教会は崩壊して廃墟跡、不死者もバッタリと居なくなって薄い魔力の残滓しか残ってない、追跡も無理だし完全に行方知れずだよ」
「生き残りは?」
「居るわけ無いでしょ、調査記録見たけどあれ殆ど〝迷宮〟でしょ?人力で迷宮モドキを作れる怪物……〝ハデス〟だっけ? あれかなりやり手よ?」
「討伐は?」
「う〜ん……六割、いや五割五分で此方が有利かな、相手に情報が無くて、尚且つ不死者に制限の掛かる昼時なら八割位?でも殺しきれるかは大分怪しい」
「お前のパーティーでもか?」
「いやだってかなり狡猾な相手だよ?不利って思った瞬間逃げるか……あ、でも守護者と同じ体質?なら殺せないね、無理!人類の敵が不死身とか絶望でしょ」
「〝Sランク冒険者〟でもか?」
「……ギルマスさぁ、ちょっと認識甘くなぁい?相手はあのセレーネちゃん殺ったモンスターだよ?僕でも手を焼くセレーネちゃんをだ、一番近くで彼女を見ていたアンタがそんな認識ってどうよ?……あぁ、いやアンタはセレーネちゃん〝は〟見てないか」
ギルネーデと呼ばれた男は冷めた目でギルドマスターに毒づく、ギルドマスターは顔を顰め、黙り込む。
「んでも近くに気配は無いし問題無いでしょ?少なくとも今は」
「………」
「ちょ、ちょっと!そんな簡単に諦めるの!?」
「セレーネ姉さんの仇をとってよ!」
二人の会話を聞いていた中で二人のプレイヤーが口を挟む……彼女達は討伐を諦めているギルネーデを非難する様に声を張り上げる。
「う〜ん……煩いなぁ」
――シャラッ――
「ちょっと黙ろっか、このまま騒ぐと僕、君達殺しちゃいそうだ」
「ヒッ!?」
「なッ!?おいギルネーデ!」
「煩いよギルマスぅ……ぶっちゃけ僕は君も、君達も、守護者も全員どうでも良いの、弱い癖に声だけは達者で、威張り散らして?その癖に手に負えない相手は他者に丸投げ、自分達は安全な場所で、安全を確約した場所で怠けてさぁ……ここ五年でこの街は大分腐ったよねぇ?ギルマスも昔は中々良かったけど今はカスだね、うん……やっぱ良いや、この街」
ギルネーデは鞘を納め、冷たい目で口だけ笑みを作り全員を見据える。
「セレーネちゃんが居るから此処に居たけど、そのセレーネちゃんが居ないなら僕はこの街から消えるよ、ぶっちゃけ滅んでもどうでも良いし、こんな街」
「ッ!?待て!それは―」
ギルドマスターの声を無視して、ギルネーデは扉を開き……去った。
「ん〜……何だかなぁ」
『どうしたのよギル?コレからの事で悩んでるの?』
「いやぁフィリアーナ、な〜んだかね〜……今から言う事に根拠は無いし、突拍子も無い事何だけどさぁ」
『?』
「…セレーネちゃん、多分生きてるよ」
『ッ!ホントに!?それじゃあ!』
「だね〜、多分そのハデス君と居るんじゃな〜い? 彼女退屈してたっぽいし」
『ギル』
「わ〜かってるよ〜、探しに行こっか♪」
ハデス君か〜……どんな人かな〜?




