不浄の掌
――ザッ……ザッ……ザッ……――
陽の昇る早朝……影を踏み、静かに進軍する者達が居た……統一感のない、凡そ軍とは呼べぬ者達、しかしその胸元には剣の形に掘られたバッチが着けられている。
「コチラ〝パーシヴァル〟、目標を認識した」
『了解、其処で待機、他の配置を待て』
「了解……どうだニア、何か分かるか?」
「パーシー、此処ヤバイよ、凄い〝汚れてる〟、日中なのに不死者が沢山出過ぎてる」
「成る程……此処に居ると思うか?」
「多分……あの教会の中が特に濃い」
多分居ると思う……その声を聞いて、皆の顔に緊張が宿る、相手は円卓で最も戦闘能力の高いガラハドすらも下した化物、ソレを考えれば当然だ。
『コチラ〝アーサー〟、全部隊の配置が整った、作戦を前進させる』
開始の声が皆の前に響く、とうとう始まる、殲滅戦が、掃討戦が、或いは死戦が……そして待つ。
『〝討伐軍〟、進軍せよ、〝魔術部隊〟、〝結界展開〟』
――ザッザッザッザッ!――
そして、そしてとうとう、人と人ならざる悪意の第一の戦争が始まった。
――ジ〜〜〜――
『ウェルカム?歓迎するよ、人間達』
●○●○●○
現実でアレコレとやる事やって、ログインした後。
――カチャッ――
「ん……美味い、相変わらずの良い腕だなベクター」
「恐縮に御座います」
「プファッ!こりゃ美味い、酒以外に美味いと感じたのは初めてじゃ!」
西の廃教会、其処に作られた新たな部屋で俺とベクター、ヴィルはお茶会をしていた……眼の前に照らされた映像を見ながら。
「包囲陣による掃討……警戒心が強いのか、中々入ってこんなぁ?」
「相手もどうやら結界を展開している様です、我々を逃さぬ気かと」
「つっても、俺等はそもそも〝本体〟じゃねぇがな!」
そう、俺達のコレは本体じゃ無い……死霊術で創り出した〝肉人形〟だ、能力は1/10に制限されるが、大した問題ではあるまい。
「雑魚は散らしたか……そろそろ中に入るかね?」
「楽しみだなぁ!俺と主が造った〝合作〟、奴さんはどうするかねぇ?」
「それでは、私が彼等を歓迎しましょうか」
「おう、行って来い」
――パチンッ――
「さてさて、〝不死者の舞台〟へようこそ」
ウェルカム? 歓迎するよ人間達。
○●○●○●
――バンッ――
「ッ!?コレは……」
蹴破る様に廃教会の扉へ飛び込んだ彼等……〝アーサー一行〟はその異様に目を見張る。
「どうなってる……?」
見渡すは古くおどろおどろしい石壁、それ自体は何ら問題は無い……しかし〝広い〟、明らかに入口の構造と矛盾したその場所に、トッププレイヤーと優秀な冒険者の皆は警戒を強める。
「ようこそお越し下さいました、〝円卓〟及び〝冒険者ギルド〟の皆様」
――ッ!?――
声が響くと同時に、全員が攻撃を放つ。
「おやおや、コレは失礼、気が立っている事を失念していました」
「ッ!?お前はガラハドが会った」
「テメェ!」
攻撃と共に砂埃が舞う……だが、それは標的の男に当たることはなく、その男は静かに後ろで佇んでいた。
「ガラハド……あぁ、私が敗北した男ですか、成る程、ガラハドと言うのですか……その節はどうも、っと……申し遅れました、私は〝ベクター〟、至高の主である我が主へ仕える〝執事〟で御座います」
そう恭しく礼をするベクター、しかしアーサーは敵意を込めて問う。
「貴様等の目的は何だ?」
「〝人類を減らす〟事……と言うのは建前ですね、我が主の目的は〝愉しむ事〟です」
「何?」
人類を減らす……そう聞いた瞬間、全員が殺気立つ……しかしその後に続いた言葉に、皆が怪訝な顔をする。
「言葉通り、主様はこの世界を愉しむ事を目的としています、世界に破滅と混乱を撒き、その中で起きる悲劇、喜劇、惨劇、破滅、復讐……その物語を楽しむ、それが主様の目的」
「巫山戯るな、そんな事を許すと思うのか?」
「許す許さないではなく、行うのですよ、円卓の長、アーサー殿……さて、挨拶も程々に、私は消えるとしましょう、それでは人間の皆様、どうぞこの〝不死者の舞台〟をお楽しみ下さい」
「ッ待て!」
その言葉は、既に消え去ったベクターに届く事は無かった。
「………リアナ、通信は?」
「申し訳ありません団長、妨害され外部との通信が取れません」
「ッ!おい!入口がねぇ!」
その声に殆どの者が背後を見やる、其処には入口として有った筈の扉が消え、薄暗い石壁だけが存在していた。
「進むしかない、行くぞ」
唯一冷静さを保っていたアーサーが指示を出す……こうして、彼等の地獄は始まった。
●○●○●○
「よ〜し、1000人ちゃんと入ったな……」
何十ものパーティーの映像を流し見て紅茶を啜る……現在は俺以外は出払っており、二人が二人のやり方で彼等を殺していく。
「ま、此処に入った時点で詰みなんだがね?」
後はこの肉人形を壊すだけでこの異常空間……改め〝無有融合領域型死霊〟(ヴィル命名)は崩壊し、天井や地面が崩れ、全生命を押し潰す……ソレをしないのは単につまらないからだ。
「まぁ俺達は死なんが………精々彼等の絆を見させて貰おうか♪」
「願わくば、俺の元まで辿り着いて欲しいがね」
○●○●○●
「チッ!どうなってんだよ此処はッ」
「駄目だ、やはり外への発信は出来ない」
四人組のパーティーが、通路を進む……薄暗闇に仄明るい照明を頼りに。
「ボスとの通信は?」
「駄目だ、どうやったか知らねぇが、誰とも連絡が取れない」
――ドコンッ――
「ッし!壁は硬くねぇぞ、コレなら外……へ?」
話し合いの最中、一人がその剛剣を壁に押し付けた……その刹那壁は破砕音と共に砕け、砂埃を舞わせる、それを見た男は口角を吊り上げて進もうと足を伸ばし……その後の光景に眼を奪われてしまう。
――ギロォッ――
――グチュチュッ――
壁の先は……暗い闇と、悍ましい肉が有った……其処から彼等を見つめる一つの眼が、じっと、じぃっと彼等を見据えていた。
「『器物破損とは関心しないな?』」
影が蠢き、口を造る……すると口はその言葉を紡いだ。
「『それに立ち尽くすのも悪手だな、ベクター』」
――トンッ――
「主様、既に終わっております」
背後から響いた男の声、それを聞き、振り返ろうとした瞬間。
――ドスッ――
喉を貫く刃に、男は倒れ伏した。
〜〜〜〜〜
「さて、初めの脱落者が出たな……コレで此処の事も少しはバレるか」
まぁその程度は大した事ではない、で……ヴィル……は……?
「オイオイ……マジ?」
映し出された複数の映像……至る所に仕掛けられた〝罠〟の山……この広範囲に途轍もない、それも致命的な罠を一人で撒いたのか……。
『見てんだろ?主?中々良く出来てるだろ?』
「『流石だな、ヴィル……其処がお前の狩場か』」
『おう、今から人間が来るのが楽しみだなぁ?』
「『ん〜……おぉ、3組が近くに来てるな、通路通って合流しそうだ』」
『ソイツは良いな、慌てる奴等が楽しみだ!』
●○●○●○
「おい、出口まだかよ〜?」
「うるせぇ!テメェもちゃんと探せよ!」
道を掛ける五人組……彼らの名は〝戦風の狼〟、冒険者ギルドでそこそこの腕を持った〝Cランク〟パーティーであり、討伐軍に報奨金目的で参加したこの世界の人間であった。
「さっきからずっと見られてる……いつ襲われるか分かったもんじゃない……だから討伐の参加は嫌だったんだ」
「あぁ!?俺が悪いってのか!?テメェは何も言わなかっただろうが!?」
凡そ数十分と続く移動、絶えず纏わりつく視線、淀んだ空気と悪臭……そのすべてが少しずつ、少しずつ、彼らの〝理性〟を蝕んでいく、視野は狭まり、冷静さを取り除いていく、憤怒が溜まり、罵声を吐き、さらにストレスを貯める悪循環……故にほんの少しの〝サイン〟を見落とした。
――プッ――
「黙れ!今は早く――」
――バカッ――
「「「ッ!?」」」
罵声は突如、床が開き落ちるという異常によって遮られる……そして。
――ドスッ――
頭蓋を、腕を、腹を、脚を……底に生え並んだ槍によって彼等は悲鳴も、絶望も無く、無情に刹那的に殺されて逝った。
――グチュチュ――
壁は動き、屍を取り込んで行く……開いた穴は埋められ、その場にはまた、悪寒のする不穏な静寂が鎮座していた。
『先ずは一組』
同時刻、またしてももう一組が、その悪意の罠へ捉えられる……。
〜〜〜〜〜〜
「クソッ!?どうなってやがる!?」
「ッ!?声だ!おい!お前等!」
通路を駆け抜け、広場へ出た……今までと異なる状況で、現れ出たのは2組の人間達、守護者の一組と住民の一組。
「無事だったか!」
「ッお前等!」
敵地の真ん中、精神を啄む不変の景色、絶えず響く仲間の悲鳴、そんな最中漸く出会えた生きた仲間、それを見て、互いに安堵の表情を浮かべる。
「俺はクレイル、アンタは?」
「俺はヤクシャダイコン!守護者だ」
互いに合流しながら、情報交換を行う。
「―――……取り敢えず、此処の脱出ないし、此処の支配者の無力化を目的に動く、俺は脱出派だ」
「俺もそれに異論無い……決まりだな」
小休止を終え、皆で残りの通路へ向かう。
○●○●○●
原住民と合流した後、脱出の為に通路を進む……未だ敵性存在が来る事は無いが、徐々に精神が擦り減るのを感じる……早く離脱しなければ。
「アリー、どうだ?」
「クレイル、問題無い、敵の気配も罠の気配も無い……進もう」
原住民の斥候がそう告げる……こう言った場所だとやはり頼りになる、俺達も斥候をパーティーに組み込むべきか?
――カッ……カッ……――
通路を進み暫くして……俺達は脚を止めた。
「行き止まりか……?」
俺達の視線の先には、通路を断つ様に大きな穴が空いていた……とても渡れそうに無い。
「……仕方ない、一度戻――」
――ドンッ――
その瞬間、俺達は背中を押され、崖に身を投げ出した。
「なッ!?」
「悪いな守護者、俺達はこうするしか無いんだ」
冷たく見下ろし、クレイルはそう告げる……どういう事だ?
「守護者は不死身なんだろ? 悪いが生贄になってくれ」
その問いを返す事も出来ず、俺の意識は闇に呑まれた。
――グズズズッ――
「……行くぞ、出口だ」
穴が塞がり、道を進む……その先には、見覚えのある教会の扉が鎮座していた。
仲間が歓喜の声を上げて駆け出す……そして教会の扉に手を掛け、開き、俺達は外へ飛び出した……。
「いやぁ、やはり裏切りはいつ見ても愉快だなぁ?」
その、筈だった。




