黒雨を降らす鳥
「さぁさぁ、もう夜は短い…手早く……だが濃密に愉しもう♪ベクター、ヴィル……露払いは頼むぞ?……くれぐれも、〝見つかるな〟」
「「了解、我が主」」
ベクターは姿を消し、ヴィルは静かに、しかし愉しげに己が相棒を肩に掛ける。
「さぁ、俺は俺で……」
――ヒュオォォォッ――
『ボスエリアへ侵入しました、【風襲の大鴉】、〝黒雨のグルーヴ〟戦を開始します』
「グルルル」
「……フフッ♪」
山の天辺で、たった一つ枯れ果てた木の上で俺を睥睨する大鴉と見合う……見て分かる異様な気配、今の今までさんざ俺達へ飛び掛かった鳥畜生とは訳が違う……明確な強者で有り、その瞳の奥に垣間見える〝魔物の誇り〟、故に。
「良いなァ、お前♪……なぁ、お前」
「………」
「俺の配下になれ、悪い様にせんぞ?」
「…………」
「コレから俺が色々と〝遊ぶ〟時……お前や残り三方に散らばった長は〝使える〟、コレは〝交渉〟では無い……〝脅迫〟だ♪」
「 」
――ヒュンッ――
「良いな、益々気に入った♪」
――バキンッ――
俺が言い終わると同時に飛来した黒い羽の弾丸、それは影から現れた骨肉の壁によって防がれる。
「是非、力尽くでも欲しいな」
「キィィィィッ!!!」
――ガサッ――
大鴉が消えた、なんて事はない、飛び上がった……しかし空を探せど姿は見えない、ならば下かと目を凝らすもやはり姿は見つからない。
――ヒュンッ――
「ん?」
一瞬、ほんの一瞬月夜の空が陰った、その瞬間、空から黒い羽が飛来する。
――バシュンッ――
「さっきも思ったが……威力が高いな」
分断された腕に目もくれず、地面に突き刺さった羽をちらりと見てそう告げる。
「ほぉ、魔力を流せば硬くなるのか……面白い性質の羽だ…強度は地面を穿ち、骨を容易く断ち切れる程と来た……中々どうして」
――グチュグチュッ――
「ッ!?」
「止まったな?」
その瞬間、ハデスの腕が元に戻るのを直視し、その異様さに一瞬立ち止まった瞬間……大鴉とハデスは目が合った。
――ヒュンッ――
――ガキンッ――
「ふむ、硬い割に飛ぶのに労は無いのか……羨ましい羽だ――」
「クッ!?」
「――なぁ?」
大鴉の目から突如姿を消した男、しかしその声は大鴉の耳に確かに聞こえた……耳元で。
――ドゴンッ――
「――ッ!?」
衝撃が上から来る……その強烈な一撃に姿勢を変える間もなく、大鴉は地に落ちた。
「本当はもう少し遊びたいのだが、そうも言ってられんでなぁ………〝鳥籠の中でやろうか〟」
――トントンッ――
その声を皮切りに影が伸び、其処から骨が伸びてゆく……それは円形の細長いドームを造ると、骨を肉が覆っていく。
「キツイキツイ……こうも魔力消費が多いとは、俺でなければ扱えん代物だな……今度は低燃費の攻撃を考えるべきか」
何時の間にやら肉の羽を閉じて薄く笑う男を、大鴉は忌々しげに睨む。
「クルルッ!」
――ヒュオォォッ!――
大鴉が鳴くと同時に鳥籠の中に風が渦巻く……引き付ける台風程では無いが、少しの抵抗を感じる強風が。
「風を操る……成る程、そうか、そうだな……お前のスタイルを鑑みればそれは最善だろうな」
――ドドドッ――
――ドドドッ――
風を遮断するように配置された屍の壁、その瞬間、壁を突き破る程の速度を以て黒い羽が飛来する、貫かれ目鼻寸前で止まったソレを、男は愉しげに見やる。
「さて、俺の屍を大量に消費したのだ……是が非でも調伏し仲間としよう」
(屍の鳥籠のお陰で出る気配は薄いが、魔力も七割減った状態での大技は無理……辛うじて籠を贄に冥界の化物を喚ぶのは可能だが……それは〝つまらん〟)
冥界の化物を喚ぶ術理、それは俺が見つけた技術で有り、ソレを俺の力と言い行使するのは間違ってはない……しかしそれは最善手で有って正解では無い
「やはりたかだか冥界の化物如きに、俺の獲物を横取りされるのは癪だ……此処は一つ」
死霊術と俺の単純スペックのみでやり合おう。
「キィィィ!」
――ビュオンッ――
「ハッハッハッ!無茶苦茶か!?」
風を薙ぎ、その軌道を無茶苦茶に変える大鴉……しかしてその攻撃は精確無比、寸分の狂い無く俺へ迫る黒の弾丸は前から、右から、左から、後ろから……上からも迫りくる。
「さぁて、どうしたモノか……」
まるでシェルターの様に壁を建て、俺は思案する、壁に生えた無数の目玉を自身に繋げ戦況を確認する、しかしその尽くを数瞬で潰す大鴉。
「このままでは不利……屍の残量も残り3割……」
現舞台は敵の独壇場、下手に動けば死ぬが、そろそろ夜明け……光への耐性と攻撃性と機動力を極端に下げた鳥籠、相手を閉じ込め、内外からの物理的干渉を跳ね除けるこの鳥籠も陽が昇れば焼き消える……そうなれば詰みだ。
「………フフッ、それじゃあ…〝こうしよう〟」
俺は地面に手を置いた。
●○●○●○
――ドドドッ――
「クキィィィィ!!!」
アレから十数分、只管に攻撃してきた……自分の羽は、自分を狩りに来た人間を容易く撃ち殺し、切断できる強力な武器だ、自信を持ってそう言える……何時か何度も来た人間、その中で最も重く、硬いソレすらも成す術無く殺した……なのにだ。
――何故壊れない?――
その肉の壁は異様に硬く、柔らかい……壁へ深く抉り込んでも瞬く間に〝治る〟、どれだけ深くとも、どれだけ来ようとも、必ず壁に阻まれ、再生される。
いっその事自分の爪で斬り飛ばそうか。
そう考え始めた瞬間。
――ボシュウゥゥッ――
空から光が差す……ソレと同時に陽の光が差し込んだ。
――出られる!――
そう感じた瞬間……今まで散々攻撃を耐えてきた壁から穴が空き……〝ソイツ〟が飛び出した。
「ッ!」
その瞬間、反射的に風を薙ぎ、ソイツに羽の雨を降らせた……〝降らせてしまった〟。
「………」
――ドシュドシュドシュドシュッ――
肉が絶たれ血が吹き出す、何度も、何度も、何度も……無我夢中で羽を飛ばす……何時しか肉の壁が大きく崩れ、天井が消え去った時……〝ソイツ〟は、元の形も分からぬ〝肉片〟へ変わった。
「クルル……」
今まで感じたことのない優越感を感じ、地面へ降りる……そしてその肉片へ嘴を突き付け――。
――ボシャアッ――
「おぉ、怖い、怖いねぇ?」
「ク……ケ?」
ようとした瞬間背後から胸を貫かれる……そして耳元で、あの忌々しい声を聞いた。
「不思議そうな顔だな、『信じられない、自分は殺した筈、なのに何故?何故生きている?』……そう言いたげな顔だ」
男は声を吐くと同時に、顔を吊り上げる。
「お前が殺した〝ソレ〟は〝偽者〟だよ……俺が肉を捏ねて、俺を模写させた死霊……中々良く出来てたろう?……もはや見る影も無いがね?」
――ペチャ……ペチャッ……――
血溜まりを歩き、自分の顔を覗き込むその男は……〝人間〟では無かった。
「さて?さぁて?……大鴉改め〝黒雨のグルーヴ〟、俺の話は覚えているか?」
その目から放たれる威圧感、まるで世界全てを憎む様な〝黒く重い泥〟の様な悪意が、己の〝ソレ〟が、まだ深淵すら覗けない、〝薄く小さい水〟の如き悪意だと思い知らされた。
「〝俺の部下になれ〟…異議も異論も反発も認めないし許さん、良いな?」
――グチュチュ――
――ズオォォ――
「それじゃ、また今度♪」
嗚呼、何と……何と〝美しい〟。
○●○●○●
『ワールドアナウンスを通達致します』
『フィールドボス〝黒雨のグルーヴ〟が討伐されました』
『LVが上がりました!』
『〈死霊術〉のレベルが上がりました!』
『〈影魔術〉のレベルが上がりました!』
『〈杖術〉のレベルが上がりました!』
「良し、ちゃんと分けられてるな♪」
討伐後、俺はインベントリから一つの結晶を取り出す。
―――――――
【グルーヴの魂魄】
個として世界に存在したグルーヴという名の魂、その魂は他と一線を画す力を秘め、自在に風を操る力を持っている
――――――
「クフフッ♪……〝ベクター、ヴィル、調子は?〟」
『我が主、特に問題は無く、周囲の魔物の魂は潤沢に回収しています』
『おう!此方も問題ねぇ!ち〜っと人間が来てたがトラップで暗殺した』
「オーケー、此方もやる事は済んだ、帰還してくれ」
『『了解』』
さぁて、御二人さんが合流するまでにステータス確認でもしようかねぇ。
―――――――――
【ハデス】LV:20
【偽悪魔】
【死霊術師】
生命力:3000
魔力 :3000
筋力 :2000
速力 :2500
物耐 :2500
魔耐 :2700
信仰 :1000
器用 :1500
幸運 :2000
【保有能力】
〈鑑定〉LV:5
〈死霊術〉LV:6
〈影魔術〉LV:3
〈呪術〉LV2
〈杖術〉LV:3
〈気配察知〉LV:4
〈魔力察知〉LV:4
〈状態異常無効〉LV:MAX
【保有称号】
〈禁忌を破る者〉〈外道〉〈殺人鬼〉〈悪魔を騙る者〉〈狂気を嗤う者〉〈悪神の祝福〉、〈冥現を繋ぐ者〉、〈魔術を拓く者〉
――――――――
「………嘘ん、強すぎね?」
いや久しぶりに見たら無茶苦茶強くなってるよ……あの悪神の称号効果?にしても上がり過ぎだろ……ってかそれでも倒すのに手間取る初級ボスとか化物かな?
「しかし、最近はちと消耗が激しいな、死霊のコスト削減を考えるか」
物量にモノを言わせる戦い方は大好物だが、流石にそう連発しては身が保たん。
――「お〜い!」――
「あ、来た……早えな」
何にせよ今は拠点移動だな。




